09話 タンポポとお呼び下さい●
ガイカーイ王国が立ち去った小山付近では、日が暮れるまで負傷者救護が行われた。
ウチウーミ王国は1.5倍の敵に前後から挟撃され、さらには半包囲陣形のまま追撃されて大きな損害を出しており、その日は負傷者の手当てをしながら野営をする事となった。
ところで、ウチウーミ王国の作戦目的は元々小山の調査である。
先んじて小山におり、巫女2人を助けて敵のソレナリカ・モネ将軍と交戦した俺は、ウチウーミ王国から丁重に取調べを受けたのである。
「すると貴殿は、自分の事をまるで覚えていないと?」
「ええ、名前が丹保保男だと言う事くらいは分かるのですが、なぜこのような場所に居たのか。社会常識すら不確かで、万が一にも閣下に非常識な振る舞いをしてしまうのではないかと心配です」
「敵将と交戦して我が国の巫女を守ったとあらば、事情も鑑みましょう。しかし、たん……ぼぼ殿?変わった名ですな。本名ですかな」
「実は、それすら定かではありません」
「ふむ。何にせよ、貴殿はあのソレナリカ・モネ将軍から何度も攻撃を受け、見事に凌ぎ切った猛者。それなりの力を持った術師でしょうな。はっ、まさか!?」
ギール将軍が突如驚きの声を挙げ、俺は適当にでっち上げた嘘がバレたのではないかと一瞬焦った。だが、将軍の口から出てきた言葉は全く予想外の事であった。
「貴殿の記憶喪失、小山出現と関係があるやもしれません。この付近を通行中、天変地異に巻き込まれて記憶を失ったのかも」
「おおっ!」
それだっ!と言いそうになり、慌てて口を噤んだ。
どうやらこちらが説明しなければ、勝手に都合の良いように解釈してくれるらしい。
人間の脳内補完力の、なんと素晴らしいことか。
「なるほど、ギール将軍閣下のご明察のおかげで、私自身も納得がいきました。もしかすると先程のような天変地異に巻き込まれ、頭でも打ったのかもしれません」
「いや、謎が解けて良かった。しかし、たんぼぼ殿も記憶喪失ではお困りでしょう。貴殿、我がウチウーミ王国に来られませんかな」
「ぜひ同行させて下さい。それと、わたしの名が呼び難いのでしたら、せめて『タンポポ』とお呼び下さい」
「タンポポ殿…………ふむ、呼び易い。では貴殿をタンポポ殿と呼ばせて頂くとしよう」
どうやら彼らにとって、ボイド帝国人の苗字は発音し難いらしいようであった。
実は、先に助けた竜の巫女という二人も俺の名前を上手く発音できなかったので、タンポポというあだ名を伝えてみたら上手く言えていたのだ。
この様子だと、もし同期の菊池照男中尉や寿退役した有岩向日葵少尉が居たとしたら、キクやヒマワリが増えていたに違いない。
俺は将軍にタンポポという呼び易い名を提示すると共に、ウチウーミ王国への帰路に同行させてもらう事にした。これでれっきとした正規入国である。
「うむ。ではタンポポ殿を敵将から巫女を守った客人とさせて頂きましょう。国元に戻れば多少の謝礼金も出るであろうし、そこで今後の事を考えられると良いでしょう」
「助かりました。閣下のご配慮に感謝いたします」
「いやいや。では私は次の用件を済ませる故、細かい事は副官に手配するよう伝えておく事にしましょう。では御免」
ヨワス・ギール将軍は立ち上がると、片手を挙げて俺の所から立ち去って行った。
取り調べはこれで終わりである。
(はぁ……立派な人だな。俺みたいな見ず知らずの人間にも丁寧な言葉を使うし。今日は戦争で負けていたけれど、あんなに優れた人でも負けるんだなぁ)
俺が新谷司令を思い出して感慨に耽っていると、ギール将軍と入れ替わるように2人の巫女が近づいて来た。
「ああ、すまんな。今話が終わった」
「時間は沢山あるし、大丈夫よ」
「そうです、そうです。なにしろ貴方は命の恩人ですし」
彼女たちは俺が敵将から助けた巫女たちで、金髪の方がミコナ・ノデス、緑髪の方がマイ・カグラと言う名前だそうだ。
年齢はミコナの方が16歳、マイの方が15歳で、どちらも巫女として10年修行して今回の初派遣に至ったらしい。いきなり殺されかけていたけれど。
ちなみに彼女たちの同僚8人は本当に死んでいる。
「やはり記憶は戻らない。君らを助けるために埋もれてしまった古代遺跡の装置を使ったようだが、一体どうやったのか分からない。無意識だったのか、もしかすると先程の天災で頭でも打って記憶を失ったのか」
「それなら仕方が無いわよね。でも空間転移なんて、クラス3に達した伝説級の術師系冒険者がようやく使える技なのよ。そんな方はウチウーミ王国にもガイカーイ王国にもいないわ。冒険者って覚えてる?」
「おう、覚えているぞ。確か子供がレベル0で、成長して大人になるとレベル1。そしてレベル2から冒険者と呼ばれるんだったな。数値は人間が作ったもので、当然人が基準になっている」
「冒険者と名乗れるのは、一般的にはレベル10からだけどね」
ミコナに間違いを指摘されてしまったが、そんな事を俺が覚えている訳が無い。
惑星ベータに漂着した7月1日から約2ヵ月半の間にソフィーアが世界中から集めた情報で大まかに知っているだけだ。
ミコナは伝説級の術師ならば空間転移が可能だと言った。
俺たちの宇宙で人間単体の瞬間移動が可能になる技術力は第四段階からだ。俺が所属するボイド帝国艦隊が侵攻していた第三段階の銀河連合もその技術は持ち合わせていない。
絡み合った素粒子はそれを記憶する性質がある故に、それ自体をマナで伝送してその場に任意の物体を再現するくらいは出来るだろうが、本当に機械も使わずに人自体が人を送れるというのだろうか。
どうやらこの惑星の技術レベルは、惑星離脱技術の確立を基準とする初期段階にすら到達していないのに、この世界では魔法が科学を置き去りにして地平線の彼方へと突き進んで行ってしまったようだった。ちなみに第四段階とは、誕生銀河と別銀河との間に同一文明を成立されられる技術段階である。
それにソレナリカ・モネ将軍のスキルによる攻撃も、小口径の単式光線銃に匹敵する威力があった。そちらは第三段階の技術力並だ。
俺は、第四段階程度のそれなりに脅威がある惑星に来たと思って行動した方が良いのかもしれない。
(非常識にも程があるな)
「ええと、何か言った?」
「いや。それよりも二人に聞きたいんだが、竜の巫女って何だ。ウチウーミ王国の巫女の極意を聞きたい訳じゃなくて、そもそも竜の巫女とは何かという事で良いんだけど」
「うーん。改めて聞かれると、何て答えたら良いのかしら」
「それじゃあ、あたしが説明しようか?」
「じゃあ頼む」
ミコナが返答に窮したところでマイが名乗り出たので、俺は一つ頷いて肯定した。マイはミコナを見てから説明を始めた。
「竜は最強の生物で、その中でも4角以上の竜はとりわけ高い力と知恵を持っているよ。人との会話も可能。竜の巫女は、そんな4角以上の竜を人が操るための人身御供。操り方は国によってバラバラ」
「ほうほう」
とりあえず頷く。
ちなみに人身御供とは、人間を生贄に奉げる事である。マイは表情も変えず、自分が生贄であると言う事を平然と告げた。
ここでマイが自らの置かれた立場を気にしていないのかと聞くのは愚問だろう。人は誰しも自分の思い通りの人生を歩める訳ではないのだ。
俺だって軍人で戦場に赴き、現在は遠く故郷を離れて異世界で漂流中の身である。現状は俺が望んだ訳ではない。
国とは、人が作る最も大きな群れである。
生物が群れを作るのは、生存の可能性を最大限に高めるためだ。
群れる事で天敵の察知や共同の狩り、高度な役割分担まで多様なメリットが生まれる。群れる事によって個体として損をする者も出るが、全体としては群れないよりも生存の可能性が高まり、ひいては自分たちの子孫繁栄の可能性が高まる。
生物としての本来の目的が『生存し、子孫を残す事』であるとするならば、その可能性を高める行為は生物として正しい。戦争によって敵対する群れから限りある資源を奪う事も、思想信条が対立する者を排除あるいは屈服させて将来の危険を取り除く事も、全て生物としては正しい。
真面目な話をしてしまった。ぎゃふん。
さて、ウチウーミ王国にとって群れから生贄を出す事にはどのようなメリットがあるのだろう。
「そもそも竜の強さはどの程度なんだ?」
「意思疎通が可能な4角の最低で、攻撃力がモネ将軍と同じくらいかな。でも生命力は将軍が2,000なら中位竜は最低でも15万で75倍以上。身体の大きさよりは、マナの凝縮度で強さが変わるの」
「ほほぉ」
「それと、竜はマナ保有量が高いから高威力のスキルが使い放題で、マナを使って飛ぶから早いし、鋭い爪や牙や長い尻尾もあって、ブレスで遠距離攻撃も出来るよ。人が竜を倒す時は、国の力を全部その竜に使わないと難しいかも」
地上戦は良く分からないが、攻撃力が同じ者同士が1対1で戦うのに比べて、2対1なら2倍の速度でダメージを与えられて、こちらが受けるダメージは2分の1になるので戦闘不能まで2倍の時間を持ち堪えられる。つまり2人なら、敵に与える総ダメージは4倍となる。
3対1なら3倍のダメージを与えられて被ダメージは3分の1なので、9倍の体力の相手と争える。4対1なら16倍、5対1なら25倍、6対1なら36倍。
だが、同時に攻撃が出来る人数は6人程度が限界だろう。それ以上は戦闘効率が落ちて、乗算ではなく足し算になりそうだ。だが、もし6人が2グループあれば連戦で体力が72倍の敵と戦える。
いや、その前に空を飛んで逃げられてしまうだろうか。そして空からブレスで一方的に攻撃されてしまう。
「ちなみに竜の大きさはどれくらいなんだ」
「4角竜の平均体長は10メートルくらい。翼を広げると25メートルくらいかな」
身体の大きさは恐竜のティラノサウルス類くらいで、体高と翼の比率は翼竜のケツァルコアトルスくらいと言う訳か。
ちなみに翼面過重(体重÷翼面積)が低いと離陸が楽で、アスペクト比(翼の長さ÷翼の幅)が高いと効率の良い飛行が出来るが、マナを使って飛ぶというのならばマナ凝縮力が優先なのかもしれない。
「水平飛行の速度はどれくらいだ?」
「普通に飛んだら時速100kmくらいかなぁ」
流石に竜の巫女だけあって、竜に関してはスラスラと答えてくれる。
100kmだと鳥類でトップクラスの速度を出せるハヤブサくらいの速度だろうか。
ちなみに鳥類ではグンカンドリ科やアマツバメ科、地上ではチーターなどがそれよりも早い速度を出せるが、大半の生物は竜よりも遅いと言う事になる。
おそらく生物としての進化の過程で時速100kmも出せば地上生物の捕食には充分だと言う結論に達したのだろうが、であれば地上生物は竜から逃れられない。
「寿命とか」
「数千年かも数万年かも分からないよ。だって人はそんなに数えられないし、竜もよく覚えていないし」
おまけにタイムオーバーは無いらしい。
「それじゃあ、竜の巫女が関与する前後の差異はどの程度なんだ」
「人が何もしなければ竜は関わって来ないけど、人が貢物と人身御供を出して竜の気が向けば力を貸してくれるよ」
だいたい分かって来た。
ようするに竜とは人がどう足掻いても抗えない上に、時間切れまで逃げ切る事すら出来ない最強の生物である。そして、そんな国家戦力にも匹敵する竜を味方に出来ればこれほど心強いことも無い。
なるほど、世界に生贄が飛び交う訳である。