出撃、森へ
一番乗りしたのは観測士長官ともうひとりの観測士。
集合場所はギルドの建物の外にある演習場。
ここでギルド軍が訓練したり魔法工学研究者達の作った魔工兵器の試運転なんかをしたりしている。
最近リベルブルクを騒がせているのはギルドが空飛ぶ船をを作ったという噂。
そして、帝国もそれに着手しただろうという噂。
ギルドはあくまで中立だが立地も王国領土内であることや、帝国の傍若無人な政治に敵対勢力になってしまう事が多い。
ギルドの技術者も王国出身者が多い。
もちろん中立のギルドが帝国出身者を雇わないことはない。
帝国出身者としてもギルドで働くにはどうも抵抗があったりする。
とはいえ、一般庶民は普通に帝国領土も王国領土も行き来している。
「すまんのう、遅れて。」
「すみません。」
ロシュトゥムとドルフが現れる。
ロシュトゥムは5人ほどローブを被った従者を連れている。
ドルフも騎士を5人連れている。
「あとはリーネか。」
ロシュトゥムが見回す。
「時間にルーズなのは常日頃から注意しているのに…。」
ドルフがしかめ面をする。
狼の獣人のドルフのしかめ面は怖い。
「まあ、そう言うな。ただでさえ目つきが悪いのにえらい顔になっとるぞ。」
ロシュトゥムがなだめる。
「すみません…。」
素直に従うドルフ。
耳がペタンと折れる。
そのうちリーネが現れる。
「ごめんなさぁーい!!!」
大きな荷物をしょって走ってくるリーネ。
転んだ。
すぐ起き上がって走ってくる。
「ごめんなさい…。」
息を整えるリーネ。
「バカみたいな荷物を持って来おって!必要な訳が無いだろう!」
「備えあれば憂いなしでしょ。」
軽くあしらうリーネ。
「ドルフちゃん怖いよねー。リーネは力持ちになったんだもんねー。」
ロシュトゥムはリーネの頭を撫でてふざけた声をだす。
「お師匠様のおかげです!」
リーネは元気な声で答える。
リーネは貴族の武官の家の生まれで男に生まれていれば王国騎士団としての道を歩む事になっていたが、リーネは女として生を受けた。
リーネにも男子で無かった事を残念がっていることは幼いながら強く感じていた。
そのためかリーネは暗い子供だった。
戦う事が全ての武芸一家でリーネが褒められる事はなかった。
ある時ギルドの大祭で幼いリーネを連れた父親がロシュトゥムに挨拶に来た。
ロシュトゥムはその家柄でリーネという娘がどういう暮らしをしてるかは簡単に想像ついた。
ロシュトゥムは気を紛らわせてあげようと手のひらの上で簡単な魔法をして驚かせようとリーネの顔の前で披露して見せた。
そんなロシュトゥムを幼いリーネは驚愕させる。
リーネはそっくりそのまま真似て見せたのだ。
魔法教育も受けていなかったリーネが、それをしたのはロシュトゥムには衝撃的過ぎた。
ロシュトゥムがして見せたのは、手のひらから小さな氷の柱がでてくるとクルクルと回り出しゆっくり溶けていき、最後に小さく火がボワっと出る…というモノ。
氷と炎という、違う属性を扱った事、クルクル回すという魔法操作の制御能力、これについては氷をゆっくり溶かすという所も共通だ。
ロシュトゥムが頼み込みしばらく魔法を教えるとリーネはみるみる上達し、次第に明るくなって行った。
何か出来れば逐一褒めてくれるロシュトゥムのおかげだろう。
今ではギルド軍のアイドル、天使と言われる存在となった。
笑顔もない、感情をくみ取る事すら難しいあの小さな女の子が皆に元気を分け与える程の明るさを持った事がロシュトゥムは何よりも嬉しいのだ。
「そう言ってくれるのは嬉しいがの、リーネの努力があってこそなんじゃぞ〜?」
ロシュトゥムはまだふざけた声を出している。
「マスター…。」
ドルフがボソリとつぶやく。
リーネはフォルトナーとしての才覚もあった。
一般には信仰の力なんて言われているがヒトの中にある力の一つで、この力だけ個体差が激しい。
魔力もガイストも訓練を重ねれば、成長して行くものだが、フォルトナーの力は全く成長しない者もいれば、訓練で際限なく上がっていく者もいる。
リーネはまさに後者で、ロシュトゥムがフォルトナーの力に気づきフォルトナーの熟練者をつけて訓練させた所、あっという間にその熟練者と同レベルにまで達してしまった。
ちなみにロシュトゥムは全くこの力を使えない。
本人曰く、
「成長するかわからん、事に時間かけてられん。」
との事。
エルフに使えるものが多いのは聖なる雰囲気と関係あるのかないのかはまだ謎のままだ。
フォルトナーの発揮する力もほとんど魔法と変わらないが決定的な違いは消費がない事だ。
神託を受けた者の力なんて呼ばれるのは、魔法との使い勝手が少し違う辺りにある。
魔法で仲間のステータスアップをすることは出来るが、フォルトナーにはそれが出来ない。
自分のステータスアップをさせる事は出来るが、他に恩恵を与える事が出来ないのだ。
フォルトナーの消費がないというものの限界はある。
自分の力の容量が決まっていて、例えば100の力があるとして、自分の筋力上昇に30、反応速度上昇に30、バリアを張るのに30、自己治療に30とすると、
筋力上昇、反応速度上昇、バリア展開しながら回復出来ないという事。
何かを解除して、回復に移らなければならない。
それ故扱いが難しい力である。
「まあ、行くかの…。」
ドルフの視線につつかれて魔法陣を書き出す。
転送魔法の魔法陣だ。
書き終わると魔法陣がぼんやり光りだす。
「みな、乗ってくれ。」
ロシュトゥムのローブの従者がいち早く乗り出す。
光りだした魔法陣は少し浮き上がっている。
各々が乗ると、
「よいか?では行くぞ。」
魔法陣はロシュトゥムの一言が終わると、演習場から消えていく。