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【9】恋の天王山は突然に

 *  *  *




「先生。これ、出席簿です」

「おう、ご苦労さん。日誌は?」

「秋野さんが戸締りの後で持ってきます」

「了解。大内もこれから部活か?」

「はい。秋からは引継ぎとか多かったんですけど、やっと落ち着いてきて、練習に専念できるようになりました」

「はー、青春だなぁ。俺にもそんな時代あったんだよなぁ」


なんだか遠い目をした志井田先生がおかしくて、僕が思わず吹き出すと、先生も笑った。

志井田先生は、見た面も実際も、そんな風に言うほどの年齢じゃないと思う。それでも教師として学校という場所に戻って学生と触れ合っていると、その差に唖然とするのだそうだ。なんとなく、言いたいことはわかるような気がした。

そろそろ時間かなと壁にかかった時計を見ると、先生はその視線に気づいてくれたらしい。


「部活なら、秋野にも会うよな。俺はこれから準備室の方で作業するから、日誌はそっちに持ってくるように伝えてくれるか?」

「分かりました。じゃあ先生、失礼します」

「気を付けてな」


僕は一礼して職員室を出ると、部室に向かった。

部室棟へ渡る廊下は簡単な作りで、屋根が申し訳程度にあるだけ。中庭のようになっているところを突っ切るので、遮るもののない空間を風が乱暴に通り抜けて、僕は身震いした。もうすっかり冬になりつつあるなぁ。しみじみそう思ったその時、向かいの方から知った声が聞こえてきた。


「ちょっと、どこ行くんですか」

「いいから黙って付いてこい」

「私まだやることあるんで戻らないと」

「後にしろ」

「あーもう、なに、なんですか!この暴君!」

「なんとでも言え」


近づいてくる声に、僕はやましいことなど何もないのに、とっさに中庭の比較的近くの植え込みに隠れた。踏み込んでから、上靴が土で汚れてしまうことに思い当たる。後でちゃんと拭かないと。

そんなことを考えている間にも、声は近付いてくる。隙間からうかがえば、声の主はやっぱり、部長と部長に引っ張られている秋野さんだった。


「あぁもう、いい加減離してください!」


部長の手を力任せに振り払ったところで、反動で秋野さんは僕がいるのとは反対側の中庭に出た。それを追いかけるように部長が近づくと、秋野さんはその分後ろに下がる。それを見た部長が、僕の方からは後姿しか見えないから多分だけど、ため息をついた。


「俺の用事は、二つだ」

「……わざわざ引っ張ってくるほどのことですか」

「俺は別に、部室でもどこでも良かったぜ。お前が答えにくいと思ったから移動したまでだ」


秋野さんは訝しげな表情だ。多分僕も似たような顔をしていると思う。

しかし、他の人がいる前では話しにくいようなことを今ここでやるっていうのか。最初に変に隠れたりしなければ良かったのに、後悔しても後の祭り。もう出るタイミングなんて失ってしまったみたいだ。なんだか見ようによっては修羅場みたいだけど、これはもう、下品ながら終わるのを待って移動するしかないみたいだ。

今から見聞きすることは誰にも話さないからね、と心の中で二人に誓った。こうなってしまった以上、なんだかんだで聞く気は満々だ。秋野さんも用が済めば解放されると考えたのか、逃げたりする気配はないし。僕はしっかり耳をすませた。


「楓。どうして一昨日はうちに来た?」

「どうしてって。迷惑でしたか」

「そんなことは言っていない」

「じゃあ、今更なんですか」

「……意外だっただけだ。まさか楓一人が来るとは思わなかった」


サプライズの成功が、対象の口から証明された。今のところ、ぜひ眼鏡先輩に聞かせてあげたかったなぁ。一番積極的に裏方をやったのは先輩だし。

だけど、主催はバレていたらしいことを次の低音ボイスで僕は知った。


「一人で行けっていうのは眼鏡の策略だな?」

「それはそうです」

「……まったくあの眼鏡、常識ってもんがねぇのか」


部長は秋野さんが危ない目に合うかもしれなかったことは気になったらしい。多分その頭の中では、眼鏡先輩をどう吊し上げようか何パターンも巡ったに違いない。


「あ、だけど」

「あ?」

「結局、私の意志ですよ。か弱い女子が夜中に一人で出歩くとか、さすがに強制されてやったりしません」

「そうか、なら……いや、良くはないが」


自分でか弱いと言ってしまうあたり、秋野さんてほんとにおもしろいなぁ。

とにかく、優しい秋野さんの口添えのおかげで、どうにか眼鏡先輩の首の皮はつながったようだ。よかったね、眼鏡先輩。

僕がそんなことを思っていると、どうやら二つ目の用事にうつるらしい。こほんと咳払いが聞こえた。


「じゃあ、ここからが本題だ。今のを踏まえて言うが」


部長が一呼吸置く。

僕からは相変わらず部長の背中しか見えないけれど、一瞬で空気が変わったのがわかった。これはまさか!


「俺はお前が好きだ」


時間が止まってしまったかと思った。部外者の僕でもそう感じるくらいで、ぴたりと風も止んでしまったようだった。

うわーうわー!部長、ついに言った!!

もちろん知ってはいたけど、今まではなぜか、みんな触れないようにしてたから。いつか来るこういう日のためだったんだなと僕は変に納得していた。

そうなると、秋野さんの反応が気になる。もはや完全なる出歯亀のような感じだけど、とっくに開き直っている。僕は少し角度を変えて、秋野さんの表情に注目した。秋野さんは、狼狽えてるように見える。無理もない気もするけど。


「な、なにをいきなり言い出すんですか」

「いきなりだと思うか。大内曰く、みんな知ってるらしかったが?」

「だからそんなのは、大内くんの勘違いで……」

「眼鏡もそのつもりでお前一人を寄越したんだろうが」

「そ、それは……」


部長を納得させられるような理由が用意できなかったのか、秋野さんはもごもご口の中でつぶやいたようだった。そして、はっきりしない秋野さんをしばらく黙って待っていた部長の、畳み掛けるような追撃が始まった。


「勘違いでもなんでもない。俺は楓が好きだ。言葉の通りに、恋愛的な意味で、好きだ。だから一昨日も嬉しかった。俺は負ける戦はする主義じゃないが、お前の意志で来たってことは、少しは期待してもいいんだろう?」


一歩、部長が踏み出した。秋野さんが少し、身を引く。そして僕は、ごくりと生唾をのみこんだ。


「楓。俺の彼女になれよ」


あくまでも、部長の口調はいつも通りだった。こんな時でも、仲間内では悪評高い、傲慢不遜な言い方は健在だった。だけどその声色には、リーダー然としたいつもの迫力も、力強い自信も、かけらも感じられなかった。

それはまるで、懇願するような響き。聞いたことのないような、弱い音。

そんな部長の様子に、秋野さんは目を見開いた。と思ったら、眉根を寄せてうつむいてしまった。僕からは見えないけど、一体部長は、どんな表情でいるんだろう。

それがどれだけの間だったのか、わからない。長いように感じた沈黙は、きっと言うほどの時間ではないと思う。それでも二人にとっては、永遠に等しかったんじゃないだろうか。

そしてそれを破ったのは、秋野さんの「どうして」という押し殺すような声だった。


「そんなこと、言っちゃうんですか……聞きたくなかった!」


秋野さんは、最後まで地面に向かったまま言い放つと、来た方へと走り去った。


「……ちっ。くそ!」


部長は吐き捨てるように言って、後を追うかと思いきや、秋野さんとは別の方へと足早に去って行った。その表情は見えなかったけれど、なんとなく想像できる気がした。

はー、なんだかすごいところに居合わせてしまったなぁ。いろんな意味でドキドキした……。

それにしても、どうなるんだろう。

朝の雰囲気では、やだもうそんなことあるわけないじゃん、と口では言っていても、秋野さんのあれは照れの反応だと僕は思ったのにな。あからさまには出さなくても、秋野さんが部長を信頼してるとか、少なくとも嫌ってはないこととかはわかる。そして決定的なのが、あの夜のこと。だから相思相愛なんだ、これはもう秒読みだなと、みんなが思っていたはずだ。だから、これは割と、予想外の展開だった。

どうしてだろうと首をかしげながらも、僕は人気のなくなった渡り廊下から、部室へと向かう。あぁ、そういえば志井田先生に伝言頼まれていたんだっけ。秋野さんと話すことはできるんだろうか。




  *  *  *

勢いのままに放り込んだので、大変なことになってそうです。すみません。

特に誤字脱字報告はウェルカムです。

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