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【8】直撃!噂のあの人

  *  *  *




放課後。オレは今日も部室に来ていた。引退してもまだ居心地はいいままで、机の上の書類にも、相変わらずお菓子で溢れさせている『宮井』のロッカーにも、定位置に座ってみる部室内の備品にも違和感はない。本当は、先輩が部活に顔を出すのは後輩的には邪魔なんだろうけど。

最近は部長の誕生日とかでワイワイやってたけど、引き継ぐ業務なんかないただの一部員のオレに、後輩の指導以外の任務はない。でも今日は特別だ。といっても、今オレにできるのは目の前の微妙な空気を見守ることだけ。口の中にはさっき放り込んだままのガムが入ったままだけど、風船を作る気にはなれない。

今。ここでその不思議な空気の中心にいるのは、秋野だ。


朝、大内が落とした爆弾発言は、あれよあれよという間に広まった。スペックの高さから男子女子教員に至るまで全方向から注目度が高い我が部の元部長様は、もともとは来る者拒まずタイプの遊び人としても名を馳せていた。それがいつからかぱたりとそんな噂がなくなったと思ったら、好きな人がいるらしいということが判明したのだ。部内では周知の事実だったそれは、一歩部活を出れば噂のウの字にも上っていなかった。だから朝ばらまかれたであろうその情報は、休み時間を待たずして、縦にも横にも十分に行き渡ったらしい。そしてもちろんこのオレのところにも、その噂は飛び込んできた。

今まで部活内での密かなオモチャだったはずの恋模様は、半日とかけず学園注目のホットな話題へと進化を遂げたのだ。


今部室内にいるのは、部長を引き継いだ高野と、秋野、二年と一年の部員たち数人。三年はオレしかいない。何をするでもなく様子をみていると、作業中の後輩たちの視線がちらりちらりと秋野へ流れているのがわかる。あの他人に興味のなさそうな高野ですら、秋野を気にしている様子なのが驚きだ。

でもそりゃそうだろう。だってオレのもとへ来た情報といえば『二年の秋野っていう女子が背の高い男子に頼んで廊下であの先輩に告白し、その場でOKをもらってお互いを強く抱きしめていた』というものだからだ。多分他のヤツらが聞いたのも似たようなものだと思うけど、部員なら誰もが話半分に聞いたはずだ。だってあの元部長とこの秋野が、人目のあるところで自分たちの世界に入るとかありえない。噂に尾ひれ背びれが付くのはよくある話だけど、さて、どこから突っ込んでいいやら。背の高い男子っていうのが大内なのは確かなようだが、事実を聞こうにも捕まらなかった。


「あ、そういえば高野くん」


沈黙と変な緊張感が続く中、思い出したように声を上げたのは渦中の秋野だった。その場の全員の耳がダンボになった気がする。そして話しかけられた高野はといえば、肩が縦にはねたように見えた。


「そういえば朝、なんか話あるって言ってたよね」

「あ、あぁ」

「今でもいいけど、なんなら帰りにする?」

「そうだな、その方がいい」

「わかった」


朝、という単語に全員が反応したけど、壁際の棚の方を向いたままだった秋野は気付かなかったようだ。

高野と秋野は別のクラスだったはずだけど、例の一件があったという朝に接触があったのか。でもこの話はそれ以上発展しないらしい。空気がむずむずしているのを感じる。でも一番むずむずしているのは自分だった。だって用もないのにここにいるわけで、その目的は言わずもがな、真相の究明。だからオレは多少強引ながら、自分の気持ちに素直になることにした。後輩たちよ、とくと聞け。オレの活躍を、とくと見よ。


「なぁ秋野」

「ん?なんですか宮井先輩」

「お前さ、朝大内と一緒だったの?」


確実そうなところから攻めようと思ったけど、振り返った秋野の顔にはうんざりという言葉が貼りついていた。今日一日で本人にこの話を持ちかけた強者がたくさんいたことを悟る。


「先輩もあの噂を聞いたんですか」

「まぁね。それで、実際のとこどうなってるわけ?」

「まさかあんなの信じてるんですか?あれ、大体嘘ですよ」

「大体嘘って?どういうこと?」

「私が告白したとか、付き合うことになったとか。あぁ、泣きながら愛の言葉を囁いてたとか、二人で手を取り合って逃避行したらしいとかもありましたね。そんなことあるわけないのに」


なんと、オレが聞いた以上に過激な噂にも発展しているようだ。しかしオレが聞きたいのはそれじゃない。


「噂の大半は嘘だろうなってとこは何となくわかってるんだけどさ。オレは結局何が起きたのか知りたいんだよね」

「何って別に、何も起こってないですけど」

「まっさか。火のないところに煙は立たないって言うじゃん」

「先輩よくそんな難しい言葉知ってましたね」

「ばっか、文系なめんな。てか話逸らすなよ。どうなの?実際のところ」

「……大内くんといたのは事実だし、部長に会ったのも事実ですよ」


秋野がため息をつく。

その場に三人がいたのは、噂の中でも本当の部分だろう。だけどその後は?一体どんな話がなされたのかが知りたい。告白だって、秋野と元部長の二人ならあり得なくもない話で、やっとアイツも頑張ったかと思うだけだ。だけど大内がいる状況となると、話は全く別になってくる。


「三人で何したらそんな噂流れるんだよ」

「大内くんと、例の夜中に部長のおうち行ったよって話してただけですよ」

「本当にそれだけ?ほんとに?」


しつこく聞くと、秋野は「ウザいのは伊達眼鏡だけで充分なのに」とかなんとか呟いたようだ。オレをあのエセ眼鏡と一緒にしないで欲しい。しかし観念したのか、本日二度目のため息をついて、口を開く。


「……大内くんが、部長は私が好きだみたいなことを言ったんですよ。みんなも知ってるって。もうほんと、適当なこと言ってくれちゃって」

「……おぉぉぉ……」


思わず腹の底から声が出た。大内……お前、勇者だな。誰もが触れずにいたせいで、今や遠くから突っつくことしか出来なくなっていたところに、さらっと土足で踏み込むとは。いやでも、あいつ天然なところあるし、単に何も考えてないだけとも考えられる。


「部長は偶然それ聞いたみたいで、固まっちゃってるし」

「ん?アイツとも一緒に話してたんじゃないの?」

「だから、部長はちょうどそのタイミングで会っただけですってば。逃避行どころか告白なんて、全然ですよ。すぐに予鈴鳴っちゃったから、教室まで走ることになったし」

「へぇ」

「部長とも話す時間なくて、結局そのままで。そしたら噂が独り歩きし始めたみたいですね。そのおかげで、もう今日は大変だったんですから」

「なるほどね」


大体把握した。はぁすっきり。

しかし聞いてみれば、元部長よお前、そこがチャンスだっただろ、と思わなくもない。でもヤツにとってこれは、まさしく青天の霹靂だったはずだ。あいつは実際ダダ漏れのくせに、本人にも周囲にもバレていないと信じているのだから。それがまさか、みんな知ってると知らされ、自分が告げる前に他人に秋野に伝えられ。

そうだ、それで秋野はどうするんだろう。


「それで、お前はどう思ってるわけ?」

「どうって?」

「だから、アイツって秋野のこと好きじゃん。秋野はどうなの?」

「どうって言われても。あんなの大内くんが言っただけのことですよ」

「みんな知ってる、って言ったんだろ?アイツは間違いなくお前のこと好きだよ」

「宮井先輩まで何を言い出すんですか、ほんとに」


秋野はため息をついた。三回目。幸せ逃げっぱなしだぞ。


「ないです。ありえない。あの部長ですよ?」

「でも、大内もオレも、眼鏡も、そう思ってるぜ。高野も知ってるよな?」

「知りませんよ、そんなの」

「高野おまえ……」

「ほらね!もう、部長が私を好きだとか、そんなことあるわけじゃないですか」


高野の素っ気ない発言に後押しされて、秋野がヒートアップする。冗談と笑い飛ばそうとするその笑顔は、なんだか怖い。

そしてオレは、その秋野の向こう側、今しがたの秋野の発言を聞いただろうその背後が、口の端を上げるのを見た。


「……そうでもないと言ったら、どうする?」


噂をすれば、なんとやら。

開け放したドアに、元部長様が腕組みをしてもたれかかっていた。なまじスタイルがいいだけに、逆光を背に受けたコントラストはまるで絵みたいだ。

まさかのご本人登場に、部室内が震えた。でも当の本人はそれをものともせず、すたすたと振り返った秋野に近づくと、「行くぞ」と言って秋野の腕を掴み、そのまま秋野を引っ張って出て行ってしまった。オレたちは、それをぽかんと見守るしかできなかった。

二人が去った後、後輩のひとりが、ぽつりとつぶやいた。


「……なんか、すごかったっすね」

「お、おぉ」

「ちょっとドラマみたいだったっす」

「そうだな」


我に返った後輩たちがこれからどこに行ってどんな話をするのかと盛り上がり始めた横で、オレはもしかして、と考えてしまった。

秋野は、必死になって否定した。『そんなことあるわけない』と。だけどさっきのあれは、どうみても、そんなことあって欲しくない、という意味じゃなかったはずだ。

ということはつまり、もしかして。




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