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【6】おにーさんは弟分を可愛がる

 *  *  *







「あ、おかえり!お邪魔してまーす」

「……なんでここにいる」


部活も引退したというのに、俺の従弟くんの帰りは思ったよりも遅かった。ドアを開けて俺の姿をみとめると、分かりやすく眉間にしわが寄る。

母の妹夫婦とその息子が住む、普通よりも大きなこの家は、俺にとっては慣れた家だ。毎週通っていれば当たり前のことだけど。そして俺は主のいない部屋でいつものように、ローテーブルの前に陣取ってケーキを食べながら紅茶を嗜んでいた。

従弟の帰りを、今か今かと待ちながら。


「何って、いつものバイトだけど?」

「今日は家庭教師は頼んでないはずだが」

「それがさ、こっちの予定で次回の都合つかなくなっちゃって、振替に。今日来るって叔母さんには言っといたんだけど」

「……わかった」


どうやら叔母さんは伝え忘れたらしい。従弟くんは仕方なさそうにため息をつくと、自分の机にカバンを下ろした。小さい頃から仲良くしていたから、たまに大人ぶった仕草をされるといまだに違和感が残る。ため息とか、舌打ちとか。

二つだけ年下のこの従弟は、親戚の中でも比較的年齢の近い俺になついていて、あとをよく付いてきたものだった。小学生の夏休みには、一緒に虫を捕りに行った。今思えば、不思議に生意気な時期はなかったな。でも成長するにつれて従兄離れが起きたのか、なんとなく距離が空いてしまった。親戚付き合い以上になったのは同じ高校の同じ部活になってからで、一年くらい前からは家庭教師に雇われているけど、親戚以上先輩後輩以下の距離は保ったまま。男同士だし、そんなものかと思いつつも、少し寂しかったことは否定しない。あの頃は可愛かったのに。

そしてそんな距離を埋めたのは、あの子の話題。

今日はきっと、勉強どころではないだろう。だって俺は、叔母さんから面白い話を聞いてしまったからだ。早速聞き出すことにする。


「調子はどうよ?」

「見ての通り元気だけど」

「違うよ!噂のメープルちゃんが昨日来たんだろ?」

「?!なん、で」

「叔母さんに聞いた」


俺は手元のケーキ皿をしれっと指差した。そこには「昨日の残り物になってしまうけど」と叔母さんが出してくれたケーキがまだ少し残っている。相変わらずここのケーキは美味くて、甘党の俺の舌をうならせる逸品だ。どうして二日目なのにタルトがさくさくなんだろう。

従弟はといえば、しばらく口をあけた間抜け面をさらしていたけど、我に返ったらしい。余計なことを、とかなんとかブツブツ言いながらも、俺の向かいに座った。

メープルちゃんとは、従弟の好きな相手だ。この愛称は、名前を楓ちゃんというらしいので、なんとなく俺が名付けた。いまだに従弟はそうは呼ばない。まぁ当たり前か。

聞いたところ、メープルちゃんは従弟くんの部活の後輩だけど、俺が卒業した後に入ってきたので、直接の面識はない。卒業後にOBとして遊びに行ったこともあるはずだけど、その時にはそんな存在がいることも知らなかったし。

初めて聞いた時は驚いたなぁ、と本棚に飾られた銀色のテープを見る。去年の誕生日パーティーで使ったクラッカーから飛び出たものだ。もちろん、メープルちゃんのクラッカーからである。女々しいと思うより先に、意中の相手からのテープだけを間違いなく回収してしまうほどの情熱?に驚いた。言い訳がましく従弟くんが言うには、他と色が違ったかららしい。恋は盲目という名の輝き補正がかかっているのではないかという疑いは、俺の中ではまだ消えていない。


「それでそれで?」

「……何が知りたいんだよ」


従弟は素直に話すことにしたらしい。おそらく、俺に興味を持たれたからには、どれだけ拒否しようと最終的に喋らされるということを経験上知っているからだ。俺はこいつの頭がいいところが好きだ。ちなみに変な意味ではない。


「来てケーキ食べてったんだろ?そこからすぐ帰ったって聞いたけど、ほんとにそれだけなの?」

「……あぁ」

「ちょっと何、今の沈黙。ほんとにほんと?」

「そうだっつってんだろ」


うーん。ぶっちゃけものすごく怪しい。でも突っ込んで聞くのも骨が折れそうだ。

俺にかかれば喋らせることもできないことはないが、基本的にこいつは口が堅いのを知っている。幼少時、俺の悪戯がちょっとした騒動になった時も、こいつが口を割らなかったからバレずに済んだという恩がある。だから見逃してやることにした。どうせ大したことは起きてないだろう、このヘタレのことだし。


「ていうかそもそもなんで一人で夜中に来たの?」

「知るかよ」

「ただ部長の誕生日を祝いにきただけってことか。しかも元の。今となってはただの先輩の」

「……」


あれ。ぐうのねも出ませんか。

でもそれはそれですごいのかもしれない。部活の知り合いの誕生日に一人でうちまで来るとか。だって平日だぜ?学校で会えたら話は済むはずだし、異性のお宅に一人でってなかなかない。

でも俺の、ほんとに何にもねーのかつまんねーなお前それでも男かよの空気を察したのか、ぶすっとした表情の従弟殿は小声で主張する。


「あのストール、してたぜ」

「ストール?もしかして去年お前があげたやつ?」

「あぁ」

「やったじゃん!実は結構脈ありなんじゃないの?」

「知るか」


ぷいと横を向いた顔が照れている。たまに年下の可愛さが見えるから、俺はこいつにどうしても構いたくなってしまうんだと思うね。

去年の冬のこと。ひどい風邪を引いたという彼女に、誕生日が近いと知った従弟がストールをあげたのはよく知っている。なぜならアドバイザーは俺だから。薦めておいてなんだけど、身に着ける系のプレゼントは賭けではあった。だってよく知らない男からのものを無邪気に着ける女なんているわけがないからだ。彼氏がいれば尚更ということになるしね。

渡す前にも渡した後にも、従弟にはこの話をしなかった。もちろん、彼のやる気を削ぎたくなかったからである。とはいっても少し考えればわかるはずなのに、まだ気付いていないらしい。頭脳明晰で通っているはずのこの男が割と抜けているのは多分、恋愛面に関してだけだ。はたから見る分にはとても楽しいが。


「で、今日は?メープルちゃん昨日のこと何か言ってた?」

「会ってない」

「え、なんで?」

「部活もないし、こんなもんだ」

「えー、だって昨日も折角来てくれたのに。会いに行っちゃえばよかったじゃん」

「……そんなこと、できねぇよ」


今度は拗ねたような顔をした。クールとかなんとか言われているらしいが、実は表情豊かだ。これでも一応、部活では俺の(一代)後を継いで、部長を務めた男だが、そんな従弟が俺の前では素直にそんな顔をする。慕ってくれる弟のような存在は、年上のお兄さんとしては嬉しい物なのだ。弟のいない身だと尚更。

だから基本的に、俺はこいつに甘い。でも、こいつがメープルちゃんに対して本気であるようならば、おにーさんとしては言っておかなくてはならないことがある。


「お前さ、もうすぐ学校冬休みだろ。明けたら、受験生は休みになる。メープルちゃんにもそうそう会えなくなるんだぜ」

「言いたいことはわかってるって」

「いーや、分かってないね。授業はなくても部活に顔出せるとか考えてるなら甘いよ。メープルシロップより甘いよ。だってお前は引退してるんだから。後輩からしたらそんなのにうろちょろされたら邪魔だろ」

「……それは、そうだけど」

「だから今のうちにやれることはやっとけ。後悔する頃には時すでに遅し、なんだから」


言っていて少し、切なくなる。今考えればあれは、甘酸っぱい青春。

過ぎたことだから、今は大切な思い出になった。だけどやり直せるのなら、きっと思い出なんかにはしないだろう。

すると従弟は敏感に俺の感情を嗅ぎ取ったか、顔を上げた。


「それは、年長者としてのアドバイスか?」

「ん?あぁ」


意識して誤魔化そうとしたわけじゃないけど、誰にも話したことがなかったから思わず肯定した。

でも、こいつはきっと、敢えて訊いてきたのだ。

俺が本当のことを言えるのは、なんだかんだ家族同然に思っているこいつだけだ。きっとこいつもそうだろうとは、思う。だからこそ。


「……いや、違う。経験からのアドバイスだ」


俺の否定にきょとんとした顔の後、従弟くんは静かに、そうかとだけ返した。こいつの察しがいいところも実は大好きだ。

勉強に入ろうかとも思ったけど、今日はそういう気分ではないだろうと帰ることにした。結局ケーキごちそうになっただけになってしまったけど、次回頑張ろう。そうだ、次回。


「なぁ、次に俺が来るまでに、会いに行けよ」

「わかってるって」

「がんばれよ」

「おう」


若人よ、恋に悩め。

俺は年長者として、その行方を見守りたい。ましてや可愛い従弟くんの恋路だから、当然。





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