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【5】友達の友達は友達か、それとも?

  *  *  *





「あ」

「あ」


気付いたのはほぼ同時だった。いつもと変わらない仏頂面を見つけたあたしの頬が、知らぬうちにゆるむ。

放課後、帰り道。お母さんに頼まれた買い物をしに、普段ならば寄らない繁華街へ来ていた。自宅からは少し距離があるショッピング街は、夕方から訪れるには少し面倒で、臨時のおこづかいと引き換えに承諾したものだった。でも今なら、さっきまで言っていた文句、全部まとめてチャラにしてもいい。だって学校の外で、しかもお互い一人の時に高野と会えるなんて!かなりラッキーだ。

神様仏様お母様、ありがとう!とこんな時ばかり崇めながら、あたしは思い切って、足を止めた彼に話しかけた。


「高野も買い物?」

「あ、あぁ。ちょっと」

「そうなんだ。あたしはおつかい。高校生も暇じゃないのにねー」

「そうだな」

「だよねー」

「……」

「……」


う、会話が続かない。

なんとか頑張りたいけれど、所詮は顔見知り程度の間柄。多分親友の楓がいなければ、視線すら一方通行なままで、話せるような知り合いになんてなれなかっただろう。今日はその楓がいないから、話が盛り上がらないのも仕方ない。今までも楓が少し席を外せば沈黙で満ちることばかりだったけど、それは二人でいると盛り上がらないとかそんなわけじゃなくて、まだお互いのことをよく知らないだけだからだって思ってる。

つまり、この状況はお互いを知るにはいい機会なんじゃないかってこと。

にしても、何を話していいかわからない。何を買いに来たとか訊くようなタイミングは既に逃してしまったように思える。せっかくの機会なのにと思えば思うほど、焦る。そして今までと同じように、何も出てこない。

向かい合ったまま道端で足を止める私たちを、通り過ぎる人がちらりと見やるのが目に入った。うう、どうしよう。

やっぱりこのまま別れの挨拶をするしかないか、とあきらめかけたその時。


「……あのさ、藍田」

「え?」

「よければ、少し付き合ってくれないか」


目を合わせないまま紡がれた言葉に、思わず胸が高鳴る。そういう意味ではないとはわかっていたけど、それでもこれはそういうものであるからして、乙女心にずきゅんと響いてしまったのは仕方ない。

あたしは当然、すぐに了解の返事をした。断る理由もないし、そんな理由あったところで握りつぶしてやるに決まってる。だって二人で買い物なんて、ワクワクするしかない。盛り上がった気分のままに、高野に尋ねた。


「ところで、どこ行くの?」

「それがわからなくて」

「へ?どういうこと?」

「探してるものがある。だけどどこへ行けばいいかわからない。藍田なら知ってそうだから」


なんだかよくわからないけれど、頼りにされているみたいだ。嬉しくなる。もしも力になれたなら、もっと嬉しい。


「探してるものって?」

「あー、うん、マフラー?」

「マフラー?どんなやつ?」

「マフラーというか、もっと大きくて。首に巻いたりするんだけど。何ていうんだったか」

「もしかしてストールのこと?」

「あぁ、それだ」


よくわかったな、と驚かれて少し気持ちがいい。高野には、やっぱりいい印象を持ってほしいから。そして好きな人の考えていたことが分かったことに、あたし自身も満足してしまった。

聞いたところ女性ものを探すというので、近くのデパートに入っている婦人服の売り場へ向かうことにする。女性もの、と言われた時には複雑だったけれど、彼女がいるなんて噂は聞いたことはない。だから、まだ早いけどクリスマスプレゼント選びしてるんだ、と思い込むことにした。歩き始めて少ししたところで、ふいに「あれ、高野じゃん」と声がかけられる。


「先輩」

「うぃっす」


片手をひょいと上げたのは、赤い髪が目を引くなかなかのイケメンだった。学園のトップをはじめとして、うちの生徒の顔面偏差値が高いのは有名な話だ。どうやら彼は高野の先輩で、よく見れば着崩してはあるけど同じ高校の制服を着ている。あたしは挨拶する高野の横で、失礼にならないよう控えめにイケメンウォッチングしながら、とりあえずぺこりと会釈した。


「買い物ですか」

「あー、まぁね。ちょっとブラブラしに。それよりお前、デート?隅におけねえなぁ」

「は?」

「こっちの子、カノジョだろ?こんにちはー初めましてー。高野と部活が一緒の、宮井といいま-す」

「藍田、です」

「いつも高野がお世話になってまーす。アメいる?」

「え、いや、あの」


宮井先輩は、完全に私を彼女扱いしてマイペースにあいさつをかましてくれた。二人で買い物なんてまるでデートみたい、と内心浮かれていたことは認める。実際に勘違いされて、恋人同士に見えていたのも結構、いやかなり、嬉しい。

でもそれは、勘違いで、誤解だ。浮かれていた気持ちがすぅっと冷えていくのは、あたしがそんなんじゃないのはあたしが一番知っているからだ。それでも自分では否定したくないなんて。

なんて返したらいいのか途方に暮れてうつむきそうになったその時、高野が一歩踏み出した。あたしに高野の影が半分かかる。


「なに言ってんですか先輩。藍田を困らせるのやめてくれます?」

「あれ、高野がかばうなんて。アツいねー」

「ちがいますって。藍田は、」


一瞬、高野が口ごもる。

緊張する。あたしはただの顔見知りだ。楓の友達だから、彼はあたしの顔や名前を知っていたけれど。それだけだ。クラスメイトでもない、ただの知り合い。

高野の背中の向こうには、整った顔でにやにや笑う宮井先輩。アメでも食べているのか、その口元からはカラコロと音がした。


「友達です」


正直に言うと、ほっとした。『友達』。わかってはいたというか、わかってた以上ではあったのに、やっぱり残念でもあった。

複雑な気持ちは微妙な表情となって出ているだろう。ふと半分隠れたままの宮井先輩と目が合ったけど何も言わず、「そっかー」とよくわからないリアクションを高野に返して、じゃあまたね藍田ちゃん、とやっぱりマイペースに去って行った。


「なんか、ごめん。我が道を行く人なんだ」

「うん、あたしもなんとなくそう思ってた。……買い物いこっか」

「あぁ」


気持ちを切り替えたふりをして高野を促すと、デパートの婦人服売り場へ行き、一通り見た。目的の場所のはずなのに微妙な表情をする高野に声を掛けると「実は姉さん用のを探している」と告げられ、もう少し若い人向けのお店に案内した。あたしたちがよく行く小物屋さんで、品ぞろえも豊富だ。ここならお姉さんが使うようなものでも手に入るだろう。

高野の買い物にいちいちくっついて回るのも邪魔かなと思ったあたしは、一人で店内をうろつく。冬の新作のコーナーに心が躍った。冬はふわふわしたもの、キラキラした小物がたくさんで可愛い。意外だと言われるけれど、あたしは断然冬派なのだ。お気に入りのお店に来ると、あれもこれも欲しくなってしまって困る。


そうして、高野に声を掛けられるまで、一人で離れて物色しておけば良かったのにと、後から思った。だってふと目に入ってしまったのは、会計の前に立つ高野。その手には、今あたしたちの間で流行っている柄のストールだった。確かもう社会人のはずの高野のお姉さんには、きっと不似合いなもの。

だけどそれは、私の親友にはよく、似合いそうだった。

いきなり浮かんだ楓の顔に、苦笑が浮かぶ。今日の買い物はそうなんじゃないかとは、薄々思っていたし、気付かないふりをしていた。高野が女性用のストールを探していると聞いて、最初に思い出したのは、楓が去年男からもらったというストールを使いだしたことだったからだ。そして高野の想い人を、あたしは多分知っている。

ふらふらと店を出ると、近くに設置されたソファに腰掛けた。あーもう、あたしったらばかみたい。楽しくもないのに笑えてくる。

だってね。あたしは君が、好きだから。君を見ているから。君が誰を見ているのかなんて、わからないわけがないんだよ。

ただの顔見知りだと言われなくてほっとした。友達だと言ってもらえて、嬉しかった。だけどそれ以上だと紹介されることなんて、きっとない。考えただけでなんだか苦しくなってきて、ぎゅっと手を握りしめてうつむいた。

気付くと、いつの間にか高野の靴が目の前にある。緩慢に顔を上げればいつもの仏頂面と目が合って、逸らしたくなったけど、なんとか耐えた。


「藍田」

「なに?」

「今日はいきなり悪かったな」

「別に。用事は済ませた後で暇だったし、大丈夫だよ」

「そうか。……やる」

「え?なに、これ」

「今日のお礼」


押し付けられるようにして差し出されたのは、手のひらに乗るサイズの袋だった。さっきまで見ていた小物屋さんのロゴが入っている。

戸惑いながらも早速あけてみると、そこには、さっきあたしが見ていたヘアピンが入っていた。買おうかどうか迷ってしまったものだ。まさか見られていたなんて思わなかった。胸が鳴る。


「でもあたし、こんなのもらえるほど大したことしてないよ」

「そんなことない。助かった。……疲れただろ」

「へいき。ほんとに、別にいいのに」

「俺の気が済まない。受け取れ」

「……わかった。ありがと」


返そうにも受け取る気はゼロのようで、あたしはお礼を言って、大人しくもらうことにした。

来る時と同じようになにも話さないまま、デパートを出て、言葉少なに別れのあいさつをして、別方向の帰路に着く。

駅に歩いていく道すがら、一言でいえば、複雑だった。ポケットからさっきもらった袋を街灯にすかすと、中に入ったヘアピンの花のモチーフが影絵のように映る。好きな人からもらえて嬉しいのに。あたしのために選ばれた、あたしの好みのものだと思うのに。どうしても、好きな子への贈り物のついでに思えてしまって、つけられる気がしなかった。

ポケットに突っ込みながらふと、先輩を前にあたしをかばった背中を思い出して、また体の奥が熱くなる。そこではっとして、包みをポケットから出して鞄にしまいなおす。

つけられなくても、手放すことだってできるわけない。なくすわけにもいかない。


「乙女心は複雑なんだよ。ばかやろー」





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