【3】そして、お楽しみの放課後
* * *
「……で?」
決行日の翌日、放課後。オレらがいるのは部室。計画にかかわった部員が尋問よろしく囲んでいるのは、おやつの時間を満喫する昨夜の実行犯、秋野楓だった。
「で、って?」
「だから、タックルかましておめでとー言うまでは計画通りじゃん」
「そうですね」
「そして家に招待された、と」
「その通りですね」
「そこからは?」
「え?」
「え?」
老舗のバウムクーヘン片手にきょとんとした顔を向ける秋野を見て、オレの眼鏡がずり落ちた。何こいつ、ここからがいいところじゃないの?まさかしらばっくれるつもりなの?ずり落ちた眼鏡を元の位置に押し上げて、ため息をつく。ちなみに度は入っていない、オシャレ眼鏡である。
昨日の今日で、仲間たちが秋野の報告を楽しみにしていたのは間違いないが、その中でも最も心待ちにしていたのは自分だと言い切れる。なんたって、計画立案はこのオレなのだ。
元来、イベントやサプライズは好きだ。季節ものや誕生日、何かあればとりあえずの発案をしてきたという自負もある。去年の部長バースデーもまた然り。しかし今回のこれは、去年のものとは比べるべくもない。そんな今年の計画とは、こうである。
『突撃イン部長バースデー』。ネーミングセンスの是非はそっと置いておいてほしい。
ちなみにこれは表向きで、裏向きには『秋野の』が付く。重要なそれは誰もが把握していたが、本人にだけは秘密だった。
去年の部長の誕生日にもサプライズをぶちかましたのは誰の記憶にもくっきり残っており、じゃあ今年はどうしようか、となるのは目に見えていた。そこでひっそりこっそり、方々に手を回しておいた。そのあとで、秋野にこの話題を振った。
まずは、年頃の男が野郎に祝われて嬉しいわけがないじゃん、と説得。
じゃあ秋野含んだマネージャーたち女子に、ということになるが、秋野以外のマネには、その日だけはどうしても外せない用事があり、偶然にも秋野だけが向かうことになってしまう。もちろん本当は必然。全ては仕組まれた計画の内で、仕組んだのは、この参謀である。
ただの女子が行ったところで、実は野郎と大して違いはない。大事なのは、それが秋野であるというところなのだ。
ちなみに、秋野本人以外は全員がその理由を知っており、どうぞどうぞと半笑いで計画を見守っていた。
知る人ぞ知る副題は、『プレゼントはわ・た・し』だったなんて、もう絶対に本人には言えない。
抱きつけとダイレクトに指示するわけにもいかず、タックルをかませと言ったら、さすがに嫌そうな顔はしたものの、『去年だってサプライズだったし』『ぶっちゃけオレ移動途中であいつの脛蹴っちゃったけど怒られなかったし』『あんなでも一応女子には優しいし』とだんだん怪しくなる言葉尻に、秋野はなんだかんだOKサインを出した。その時左手には、オレのあげたシュークリームが握られていた。
でも決行予定日の翌日になって、『最初よりも、最後に祝う人になりたい』と言い出した時には、オレのシュークリームも、皆でカンパしたとろけるプリンも、実はいらなかったんじゃないかと思ったのだ。
だってそんな発想、普通ただの上司(部活動においての、という意味である)の誕生日で、出る?出ないよね。
だからまさか、と思ったのだ。多分他のやつらも、あれっと思ったに違いない。
そして、オレ達は一部始終を見守っていたわけだ。
もちろん前もって打ち合わせしたわけではない。しかし、視界の端にうつるごそごそは段々増えていき、あっちの電信柱にもこっちの植え込みにも知った顔という、ドッキリの裏舞台のようなものがいつの間にか出来上がっていた。ほぼ総出のようで、秋野ひとりに行かせる計画だったはずなのにとちらりと思ってしまったのは事実だが、このドキドキワクワクのリアルタイムエンターテイメントを見守りたい気持ちはみんな一緒だったということだろう。うちの部活の結束は本当に固い。素晴らしい。
そんな衆人環視の中で、タックル、上目使いでの決定打が放たれ、ここで何もしなくちゃ男じゃないぜ、と出歯亀一同の緊張が高まった時、あいつは秋野の手を引いて家の中へ消えた。その背後では無音の歓声が上がるに留まらず、スタンドオベーションまで巻き起こっていた。
しかしそれ以上は野外ステージを見守るという図式も成り立たないわけで、夜も遅いですしねハハハと誰からともなく解散。まさか「実は見てました」なんて告白できるわけもなく、報酬がわりのバウムクーヘンを納めて、秋野に最初から首尾を話させたはいい。が。
「うちに入って、それで?どうしたの?」
「えぇー。ちょっと先輩、近いです。キモい」
「だって秋野が話さないから!」
「いやーだって、報告するようなことじゃないかなって」
「なに、なんなの!先輩には言えないようなことなのですか!」
「そんなことは……ってうわうわ、眼鏡曇ってますよ鼻息で。もうなんか怖い。キモい」
「キモいって言うんじゃありません!三回目には泣くからな!」
重要なところを話そうとしないせいで、キモいと言われた。それなのに、秋野を囲む誰からも助太刀はきそうにない。みんなだってこの続きを待ってるくせに!きっとこの双肩にみんなの期待がかかっているのだと信じなければやってられない。
オレはそこからも粘った。なだめてすかして、自分用に取っておいたバウムクーヘンを捧げ、あとは泣き落とししかないぞと思った頃。
もー、ほんとにそんな大したことじゃないのに、とぶつぶつ言いながら、ついに秋野は観念した。
「わーかりましたって。話します。話しますって。もー先輩しつこいですよ。キ」
「キモいって言うな」
「……。ほんと、どうでもいい話ですからね」
「おう、それで?」
「えーと、ケーキをごちそうになりましたよ」
「……は?」
耳掃除は毎日欠かさずしているはずだが、聞き間違えたのかもしれないな。
「パードゥン?」
「だから、季節のタルトをいただきました。ほら、商店街の角のケーキ屋さん」
「タルト、とな?」
「そうですよ。部長のバースデーケーキの残りだけど、ってママさんが出してくれたんです。はぁーおいしかったなぁ。フルーツ自体ももちろんおいしいんですけど、クリームが絶妙なんですよね。それにタルトがサクサクで!あ、夜中にケーキとか言ったらダメですよ?もうあれはそういう次元の何かではないんですからね!」
じゃあ何だっていうんだよ。秋野のトークスピードが上がる一方で、オレを含める周囲のテンションは下がっていった。
なんでも、玄関でお行儀よくお邪魔しますと声を掛けたところ、息子が出て行ったことに気付いていた部長母と対面を果たしたらしい。夜分にすみませんと頭を下げた秋野に、誕生日に女の子が来るなんて!と居間へ連れて行かれたようだ。
そこで出てきたのが、タルト。部長、部長母、秋野で囲む、深夜の季節のタルト。秋野の目にはケーキしか映っていなかったようだが、その時の部長の気持ちとは如何に。オレの想像力で足りるようなものではないことは確かだ。
その後も止め処なくケーキを褒め称える秋野をもういいと遮って、駄目元で念を押す。
「じゃあ、ごちそう様したあとは?まさかほなさいなら、ってことはないだろ?」
「え、普通に帰りましたけど」
「はぁ?」
「夜遅いから送るって言われたんですけど、自転車だから大丈夫ですって断って、一人で帰りました」
「……本気で?」
「本気と書いてマジと読む勢いですね」
「えぇー……」
「何なんですかほんと。何かダメでしたか」
計画通りにコトは終わったんだからいいじゃないですか、と言われてしまえば、そうですねとしか言いようがない。秋野に過失は多分ない。オレ達が他人の色恋模様に勝手に期待しただけなのである。まさか、もしかして、あわよくば、と。
それにしても、誕生日に気になる女に抱きつかれておいて、コレか。コレだけか。母と出くわすのはアクシデントとしたって、ケーキを食べさせて、気を付けて帰れよなんて、そんな。お前は本当に男か。あれかこれかと楽しい展開を想像していたオレ達に襲い掛かるのは、ただ、身勝手な失望だった。
部室内に口を開く者はいない。けれど分かる。みんなの心に共通して浮かぶものは、ただ一つ。
『今年の部長バースデーは、どうやら失敗のようだ』。
参謀としては、誠に、痛恨の極みである。
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