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【11.25】番外編:女は度胸、男は素直

街はイルミネーションに彩られ、クリスマスソングが鳴り響き。楽しそうな顔が、たくさん通り過ぎていく。そうだね、現代日本じゃ今日が本番みたいなものだからね。と、わざと他人事のようにあたしは考える。

そんなクリスマス・イブのこと。駅前の待ち合わせスポット、をあえて少しはずして、指定は向かいの書店にした。そこのウィンドウから浮かれた街を見るともなく流すあたしは、おそらく無表情だと思う。

相手は、きっかり五分前行動で来るんじゃないかと予想してた。だからあたしもそれくらいに来ようと思ったはずなのに、眠れなかった割にはとんでもなく早く目が覚めてしまって、なんと待ち合わせ三十分前にはここに着いていたのだから、我ながら驚く。

本当に来るのかな。それとも、来ない?

来ないとしたら、几帳面な彼のことだから、事前に連絡くらいよこすだろう。とは思うものの、やっぱり不安で、緊張して。興味なんかないくせに、一応目の前にあったバイク雑誌をパラパラめくるけど、やっぱり内容なんかまるで頭には入ってこない。だって、外が見えるウィンドウ前に陳列されてたから、手に取っただけだもん。パラパラしつづけながらも、あたしはただ、ポケットに入ったケータイの震えと腕時計の針に神経をとがらせていた。すると。

約束の七分前に、彼が駅から現れた。歩道を渡ったロータリーの向こうなのに姿を見付けちゃうなんて、目ざとい自分に我ながらあきれる。

そして近づいて来るのを見守って、ぴったり五分前。「藍田、早いな。待たせたか」と、書店内に入った彼が声を掛けてきた。

高野くんは、約束通りに現れたのだ。


クリスマスイブのお昼前にお年頃の男女が待ち合わせ。

なーんてどう考えたってクリスマスデートでしょ!というイベントをこなそうとしているあたしたちだけど、付き合っているわけではない。

正直に言ってしまえば、そうだったら良かったのになぁとは思っているし、そうでないのはかなり残念。だってあたしは、高野くんが好きだ。この前までは、あたしの親友が好きな、高野くんが好きだった。だけど今は違うことを、あたしは知っている。

その場に居合わせたのは、ただの偶然だった。

またしてもお母さんに頼まれものをしたあたしは、渋々ながらちょっと離れたモールに向かうつもりで。自転車だしいっか、と薄暗く人気のない小さな公園を横切ろうとしていた。

そこに、自転車をわきに置いてひとり佇む高野くんがいたのだ。

一昨日も買い物ついでに二人でぶらぶらしたばっかりなのに、この遭遇率の高さはどうしたことだ、と浮かれた。お母さんありがとうアゲイン!!とまで思った。

そして声を掛けようとして、彼が見覚えのある袋を目の前のごみ箱に突っ込もうとしていることに気付いたのだった。


「ちょっ、ちょっ、高野くんストーーーーップ!」


女子にあるまじき大声で待ったを掛ければ、勢いよく高野くんが振り返る。

切れかけのような街灯の下でも、いつもは涼しげなその顔がひどい有様なのがわかってしまった。だからあたしは瞬時に、何が起きたのかを悟った。想像にしか過ぎなかったけど、あながち外れてるとも思えなかった。

ひどい女かもしれないけど、なんてラッキーなんだ、と思った。

肉食系女子ではないつもりだけど、逃してなるものかとも思った。

それがたとえ、傷心のその隙間に付け込むような、卑怯な真似だったとしても、だ。あたしの中に芽生まれてしまった恋心を、そのまま消えてしまえとは思えなかったから。

それに、そうしてなんやかんやで約束を取り付けたその時の自分を、今は褒めてあげたい。こうして、片思いでも好きな人とクリスマス・イブという今日を過ごしているんだから。

隣を歩く、というささやかな幸せをかみしめていると、「そういえば」と高野くんが口を開く。


「寒くないか」

「昼間だし、そうでもないけど。どうして?」

「なんかひらひらした格好だから」

「ひらひら……」


今日のあたしは、襟付きのベージュのショートコートの中にふわふわのアンサンブル、裾がひらひら揺れる膝上丈のスカートという、少しらしくないような、かわいらしい装いだ。もちろん、髪にも例のヘアピンを装備中。でもだって、そりゃあ気合いも入っちゃうよ。好きな人とのデート(仮)だもん。これでもぎりぎり友達と出かけるレベルは越していないつもりだけど、セーターからブレザーからコートまでがっつり着込むような防寒対応の制服を見慣れている高野くんには、薄着に見えるらしい。

女心と書いておしゃれと読むこれが、防寒とイコールしてくれないから仕方ないじゃん、と内心言い訳。

ちなみに一方の高野くんは、ダウンジャケットに手袋にマフラーまで身に着けている。暖かそうだけど着ぶくれなんてしてないし、おしゃれだ。私服の高野くんは、イケメン男子に磨きがかかっている……。でも、元から見た目より機能性を重視しそうだな。うん、充分有りうる。


「あたしは女の子だもん、こんなもんだよ」

「女の子だからだろ。首、出てるし」

「襟付いてるから大丈夫だって」

「でも見えてると寒い」

「そう?気にならないけどな」


髪の毛を上げているせいで、確かに首は少し見えてるかもしれない。でも今日は暖かいし、今はまだ昼間だよ。

意外にこだわる高野くんが不思議なような。でも内心、気にかけてくれるのはすごくうれしい。しかし。


「あのストール、使えばいいのに」


高野くんのこの一言により、そんなほくほく気分は即凍り付いた。

確かに、あれはあの時、あたしのものになった。だからお礼というこじつけで今日があるわけで。でもだからって、あれからすぐの今日に、そんな無神経なことができるわけがないっていうのに。


「使わないわけじゃないよ」

「気に入らないなら、引き取ることなかっただろ」

「引き取ったなんて思ってないってば」

「使わないなら、捨てても同じだったな」


高野くん、真面目というか、頑固なんだよねぇ。

なんだかネガティブなことばかり言う高野くんを見ていたら、親友のいつかの言葉がふと浮かんだ。納得。今までそんな印象はなかったけど、それはやっぱり、あたしが彼のことを知らないせいだったんだろう。なんだか悔しい。仕方ないけど、ちょっと寂しいし悲しい。本当に、そんなんじゃないのに。


「違うのに」

「捨てるのはもったいないとか、思ったんだろ」

「だからそうじゃないって!あれは高野くんが……えっと、ちょっと、その」

「なんだ」

「えーと」

「俺がなんだって?」


思わずこぼれた言葉を、流すほど無責任じゃない高野くん。その真面目さはあたしには好ましいんだけど、今ここでは発揮しないでほしい。聞かなかったことにしてほしいのに、もうなんなの、誤魔化せる雰囲気にあらずなんですけど!

高野くんは譲りそうにない。意志の強そうな目元が、あたしを急かしている。

仕方ない。そんなに聞きたいなら、言うよ。降参する。


「……今日はまだ、使いたくなかったんだもん」

「なんで」

「だってまだ、クリスマスだし」


まだ、あの日から1か月と経っていないし。

そんな私の副音声が聞こえたかのように、なんだ、と高野くんが言う。


「クリスマスなんだから、サンタさんにもらったとでも思えば良かっただろ」

「サンタ、さん?」

「そう。サンタさん。藍田はいつも、いい子にしてるだろ?」

「い、いい子?!」


なんだかすっごく意外な言葉が聞こえた気がしたんだけど?!


「あぁ。いつもすごく支えられてるって秋野が言ってたから。たまに何か抜けていても、藍田がいるから安心なんだと」

「楓、が」


さらりと出てきたのは、私の親友の名前で。その名前はあまり、高野くんからはききたくなかったし、聞かせてはいけないと思っていたのに、あまりに何でも無いように言うから、あたしは驚いた。

表情が変わらない高野くんは、もう、あのひどい失恋から立ち直ったんだろうか。

と、思いながらも、サンタさんプレゼント説を押し付けてくる高野くんが意外過ぎて驚く方が勝っている!


「そう。俺からじゃなくて、なんにも知らない善意のサンタさんがいい子の藍田にくれたんなら、いつだって使えるだろう?」

「なんにも知らない善意のサンタさん……」

「そう。イブは今日だから、慌てん坊のサンタクロース、ってやつだけど」

「そっか、お人好しっぽいもんね」


何いってんだこの人は。世界中の子供に無償でプレゼントを配るのがサンタなら、それは確かになんにも知らないし百パーセント善意だけど。あたしの頭には、お人好しでうっかりなサンタクロース像が、違和感なく浮かんできてしまった。

なんだかもっともらしいけど、さっきまで生真面目だと思ってた人から出る言葉じゃない気がするし、あたしも一体何言ってるんだ。そう呆然としていると。


「藍田。冗談だよ」


ふわりと、目が、彼の切れ長の目が。柔らかく、溶けた。


「そ、そんな分かりにくい冗談やめてよ!」

「悪い。でもまさかそんな素直な反応が返ってくるとは思わなかったから」


高野くんが、笑った。笑った!

かなりレアな表情だと思う。どうにか非難したけれど、心臓が耳に引っ越してきたみたいにうるさい。やだ、痛い。ドキドキしすぎて泣きそう。だけど、彼から目が離せない。離したくもない。

高野くんに釘付けになる真っ赤なあたしをどうとらえたものか、彼はいつもより柔らかい表情で。


「俺に気を遣ってくれたんだろ」

「べ、別にそんなんじゃ」

「俺は大丈夫だよ。もう、モノは所詮モノって割り切ってるから。そのヘアピンみたいに、気にしないで使えば?」


否定しようとした言葉にかぶせて、なんてことのないように、彼が言う。

女子のさりげないオシャレに気付くとか、なんなんだ、このイケメンは!


「……気付いてくれたんだ」

「当たり前だろ。たまに学校でもしてるよな」

「うん」

「俺にはセンスとか無いけど」

「う、うん?」

「藍田に似合ってると思う」

「う、う、うん」


なんなんだ、このイケメンは!!!(2回目)

嬉しい、嬉しすぎる。あたしは頷きマシーンになりそうだ。だって他に、なんて言っていいのか考えられない。浮かれすぎてて、きゃーどうしよう、ってそんなんばっかりで、他のことを器用に考えられるようなそんなキャパ、あたしにはない。

だから、どう考えても血迷ったんだと思う。


「な、なんか!高野くんサンタがくれたプレゼントをつけて一緒に歩いてるなんて、デートみたいだね」


自己満足のように、茶化して言ってしまった。

そうなればいいなって思っている。まだそうじゃないってわかっている。こんな戯言、それでももしかしたらって思わせてくる、高野くんのせいだ。

真面目に言うには、高望みがすぎるから。冗談みたいに早口で言えば、笑って終えられると思ったから。


「こんな日に二人でなんて、デート、だろ?」


それなのに、あたしの強がりだったはずのそれは、高野くんが放てば殺傷能力抜群の殺し文句になっていた。

赤くなったまま足を止めたあたしに、至って真顔のまま振り向く高野くん。

今度のこれが冗談じゃないことを切に願うけれど、あたしには結局、判別がつかなかった。

高野くんは割と立ち直ってます。元々望み薄なのわかっていたのと、わかりやすい終わりで引きずらなくて済んだから。

そして自分に向かってる思いに気付いたら、それに向き合うくらいには誠実。チャラいんじゃなくて、来る者には寛容だし、言った方がいいことは言うタイプ。今までは雰囲気で女子が寄ってこず、披露する機会がなかっただけでした。


*以下、ストールに関する没会話。

「……もったいなくて、使えなかったんだもん」

「は?」

せっかく恥ずかしさをこらえて吐露したというのに、高野くんはきょとん顔。初めて見たけどかわいい……ってそうじゃなくて!

目が合って、顔が熱くなっていく。あたしのなけなし勇気、出し惜しみしている場合じゃないのかもしれない。ええい、ままよ!

「高野くんに、もらったから、もったいなくて!」

「え、俺?」

腑に落ちない顔をする高野くん。

「なんだ、使ってくれた方が嬉しいのに」


……男は素直とはいえ、これは高野くんの範疇なのか分からなかったのでカット。実用的なところはらしいんだけど。


メリークリスマス!

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