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7~豊喰弥太郎と悪魔の鏡~

妖怪専門とよばみ探偵事務所7~豊喰弥太郎と悪魔の鏡~


 ここは弥太郎の探偵事務所の一室である。

 とよばみ探偵事務所は妖怪専門の探偵事務所で妖怪絡みの事案を取り扱っていて、訪ねてくるのはたいてい妖怪なのだが、珍しく今日の客は人間だった。

「――というような具合で、最近その鏡を入手してから、どうもあいつ……様子がおかしいんですよ」

「なるほど。その鏡というのはどういう鏡ですか?」

 二人は向かい合って話をしているところだった。

 弥太郎とその客である。

「ええっと。紫がかった色の、破片のようないびつな形をした鏡で……手のひらくらいの大きさなんですけど――」

 しかし、客というのは弥太郎を頼ってきた依頼客ではなく――。

「――石名坂が言うには、真実を映す鏡なんだそうです。あなたの国にもそういう鏡って、あったんですか? ジョバンニ」

 弥太郎の話し相手としての、客人だ。

 友人であるジョバンニ・スターマンに弥太郎が相談に乗ってもらっているところだった。

 今日は事務所が定休日なのでジョバンニを招いているのだ。

 世間話がてら、最近弥太郎が風邪を引いたことを話し――ふと、そのときに、友人の石名坂の様子が変わったことを思い出したのだった。

 石名坂は多少厚かましい性格で、いつもはこの事務所にやって来ると一時間は我が物顔で居座るし、棚から茶請けを勝手に引っ張り出してきて食い散らかすのだが、……弥太郎が風邪を引いたあの日は、弥太郎の具合を心配して、コーヒー一杯飲んだだけで退散していた。

 それ以来、どうも以前よりも――優しい。

 不気味である。

 春なので恋でもしたのか? とも思ったが、そういうわけでもないらしい。

 ――という話をしたら、「なにかに取り憑かれているのではないか?」とジョバンニが言ってきたのだ。

 そして、思い当たる節は、その風邪の日に、石名坂が「珍しい鏡を入手したぞ」と見せびらかしに来たことで。

 見せびらかされて、弥太郎もその鏡を見て、変な色の鏡だなあと思ったというのに……そういえば石名坂が帰るときには、その鏡を荷物に持つ様子はなく、手ぶらで帰っていった気がするのだ。

 しかし、弥太郎の事務所にはそんな鏡など、置いていないし――。

 跡形もなく消え失せているのである。

「悪魔の鏡……」

 ぼそりとジョバンニが呟く。

 きょとんとして弥太郎が聞き返す。

「はい?」

 悪魔の鏡?

「いや……。とにかくあなたの友人に会ってみましょう」

 ジョバンニは言った。

 弥太郎は頷いた。


 ***


 石名坂松平は妖物収集や売買を趣味としている。住所は基本的には不定で、――今は民宿の一室を借りて暮らしているらしい。

 弥太郎が連絡をつけてジョバンニと一緒に訪ねて行くと、石名坂に歓迎された。

 弥太郎は目を丸くする。

「随分と……綺麗なんだな?」

「ああ、綺麗な所だろう?」

 そういう意味で言ったのではなく、石名坂の部屋はいつもはたいていごみ屋敷になっているので、部屋がきっちり整頓されていて驚きだ――と言いたかったのだが。

「それで、そちらがお前の言ってた外国人の――」

「ジョバンニ・スターマンと言います。お会いできて嬉しいです」

「石名坂松平です。よろしく」

 石名坂が握手の手を差し出しかけたが、……ジョバンニはさっと両腕を広げてハグ待ちのポーズをした。

 さすがは外国人だなあ。

 と思ったのか、石名坂はやや戸惑ったような笑みを浮かべつつ、ぎこちなくそれに応じた。

 そして。

「うっ」

 と、くぐもった声。

 ぐったりと気絶。

「な、なん――」

 弥太郎が目を丸くして石名坂とジョバンを交互に見比べて、それから――ジョバンニが片手に手刀を作っているのを見て、どうやらハグと見せかけて石名坂の首筋を叩いて気絶させたのだと理解した。

 素人では手刀で他人を気絶させるのは難しい。

 弥太郎も以前祓い師に捕まったときにやられたことがあるが、そのときには弥太郎は気絶しなかったので、ああやっぱりこういう技っていうのはドラマみたいに上手くはいかないんだな、と思ったものだ。

 ……ので、つまりジョバンニは素人ではないということだ。

「なにやってるんですか、ジョバンニ」

「いやあ、今までの症例とは様子が違かったもので……暴れられたら困ると思ったんだが」

 確かに憑き物を祓おうとすると霊に抵抗される場合もあるが。――不意討ちすぎて、驚いてしまったではないか、と弥太郎はやや呆れる。

「ふむん」

 ジョバンニは石名坂をベッドに運んだ。

 石名坂の目のまぶたを親指と人差し指で押し開けて、懐中電灯で照らして観察する。

 右目。

 の次は、左目。

「――やはり悪魔の鏡だな」

「取り憑かれているんですか?」

「まあ似たようなものです」

 ジョバンニが手招きするので、弥太郎も石名坂の目を覗いてみると、電灯の光にきらりと反射するものがあった。

 紫色。

 石名坂の宿に移動する間に聞いてみたら、悪魔の鏡は『雪の女王』という童話の中に出てくるものらしい。

 聞き覚えがあるような気がしないでもないが、あいにく弥太郎には分からなかった。

 うろ覚えの記憶では、雪の女王が少年をさらって監禁していたような気がするが……。

 雪女の親戚だろうか?

 ジョバンニは言う。

「悪魔の鏡は人の醜い内面を映し出す鏡です。『真実を映す鏡だ』としてこの鏡を求める者もいるが……この鏡の欠片が人の目に入ると、性格が歪むと言われます」

「欠片ですか」

「はい。現物は悪魔が天から落として割ってしまったのでね」

 奇妙な形をしていると思ったが、なるほど、元々割れていたのだ。

「でも、目に入るほど小さくはなかったはずですけど……まさか、割れてどこか違うところで被害を及ぼしているとか?」

「いや、それならば真っ先に弥太郎に被害が及ぶでしょう。……多分、溶けたのだと思う」

「と、溶けるんですか?」

 まったく奇妙な鏡だ。

「はい。『雪の女王』でも主人公が鏡の支配から解放されてハッピーエンドになりますし。――というのも、この鏡が目に入ると残忍で冷酷な人格に変わるので、愛とか友情とかそういった……暖かい感情に弱いものなのです」

「石名坂はむしろ良心的になったようですけど……」

「だからこれは多分レプリカです。日本製の鏡だと思います。日本に住む魔物だか妖怪だか神だかが作った品なんでしょう」

 ジョバンニは言う。

「――ところで、かまきりのメスは交尾時にオスを食べてしまうことはご存知ですか?」

「え? ええ、知ってますけど」

 メスは、産卵の栄養をつけるためにオスを襲って食べてしまうのだ。

 かまきりは命懸けだなあ、と思ったことがある。

「もちろん、オスは食べられないように逃げるわけですが……日本のかまきりの場合は西洋のかまきりよりも逃げ延びる確率が高い。――というのは、オスの逃げ足が速いわけではなく、メスの捕食率が低いからなのだそうで」

「へぇ? そうなんですか」

「日本人は勤勉で真面目ですし」

 まあ、確かにその傾向はある。

「……そういうわけで、どうやら妖怪も、われわれの国よりも――手緩い。……と、最近知りましたよ。弥太郎が妖怪を贔屓にするのも頷ける」

 別に贔屓にしているつもりはないのだが……。

 ジョバンニは妖怪が嫌いだから、ジョバンニから見たらそんなふうに見えるのかもしれない。

 ――弥太郎が微妙な顔をしているのを見てジョバンニはにっこりと笑って話題を戻す。

「この鏡もあと少しで完全に溶けるでしょうから、このまま放置していても問題ないだろうと思いますよ」

「そうなんですか」

 弥太郎はほっとする。

 今回は、この鏡は石名坂をやたら優しい性格に変化させてしまっていて――それはもちろん、弥太郎にとっても今のままのほうがありがたいのだろうが、しかし石名坂は普段通りに厚かましいほうが安心するのだ。

「ううん……」

 石名坂がむくりと起き上がる。

 ――ぱちっと目を開けて、きょとんとした顔で弥太郎とジョバンニを見てきた。

「あれ? 俺、どうしたんだ?」

「あなたは倒れたんですよ、石名坂さん。貧血なのではないですか? 大丈夫ですか」

 さらりと嘘をつくジョバンニ。

 石名坂は少し首を傾げたが、頷いた。

「そうですか。……ふむん、言われてみればそんな気もするな。いやあ、心配かけてしまってすいません」

 申し訳なさそうに頭を下げる石名坂。

 これが普段ならば「マジか。じゃあ今から肉食いに行こう、肉。もちろんお前のおごりな?」くらいのことを言ってのけるのだが――。

 石名坂が弥太郎の顔を見て苦笑いする。

「なんだよ。大丈夫だって」

 弥太郎は気付かぬうちに心配そうな顔をしていたらしい。

 石名坂がひらひらと手を振る。ついでに、ぐるぐると首と肩を回してから、言う。

「ほら、全然なんともないし」

 ふと。

 そのとき。

 ふいに石名坂の目から小さな光がこぼれ落ちた。

 紫色。

「――あっ」

 鏡はちかっと強烈な光を放ち、弥太郎は脳裏に不思議な光景を見た。

 幻だ、と弥太郎には分かった。

 その光景は、弥太郎がなにか箱のようなものを持って立っているというもので――。

「弥太郎?」

 ジョバンニの声ではっと我に返った。

 ひそひそと話しかける。

「……ジョバンニ、今、鏡が」

「ええ。完全に消えたようですね」

 どうやらジョバンニは今の幻を見なかったらしいな、と弥太郎は思う。

 悪魔の鏡。――「真実を映す鏡」……の日本製のレプリカ。

 そして、日本にはある特定の時間に未来の自分や結婚相手を映す鏡があり――。

 弥太郎はジョバンニと出会ったときのことを思い出す。

 ジョバンニは、とある箱を探しに日本へやって来て、弥太郎にその箱探しの依頼をしに来たのだ。

 ありとあらゆる妖怪を閉じ込めるための箱。

 だから、今のは。

 鏡が見せた、弥太郎がなにかの箱を持っている光景は――。

 ……きっと未来の自分だ。

 自分はその箱をどうしたのだろう。――どうするのだろう。ジョバンニに渡すのだろうか? それとも――。

「んん? なんだよ二人とも、変な顔して。……妖怪絡みなのか?」

 石名坂が言った。

 ジョバンニはにっこりと笑って首を振る。

「いや、大丈夫。もう済んだことです」

「えっ」

 ぎょっとした顔。

「ええと……なにがあったんだ? 俺か?」

 以前石名坂が売っ払ったものが原因で騒ぎが起きて問題になったことを思い出したらしい。

 弥太郎は苦笑した。

「まあたいしたことではないんだけど、……聞きたいなら話すよ」

 とにかく、今は元通りだ。

 悪魔の鏡はなくなったことだし、箱のこともどうせ未来の話だ。

 箱を渡すにしても渡さないにしても。

 まだ、先の話だ。

 石名坂は言う。

「マジか。……ふむん、俺は貧血らしいからな、肉食いに行こうぜ、肉。いい焼肉屋を知ってるんだ。そこで話そう。……あ、俺の分はお前のおごりな?」

 ぽんと弥太郎の肩を叩く。

 弥太郎は諦めきって、ため息をついた。

 三人で部屋を出たところで、ひそひそとジョバンニが話しかけてきた。

「あの、弥太郎。彼はこれが素なのですか? もしかして、まだ悪魔の鏡の影響があるのでは……」

「いや、あいつはあれが素ですよ。まったく予想通りだ。……石名坂と仲良くなったらたかられるんで、気をつけてくださいね、ジョバンニ」

「……鏡に憑かれたままのほうがよかったのではないかな、これは? まったく、弥太郎が妖怪贔屓する気も分かる」

 ジョバンニがぼやいた。

 先陣をきっている石名坂がぶんぶんと手を振って言う。

「おおい、置いてっちまうぞ」

「うんまあそれでもいいけど、そしたら誰がお前の飯代を払うのかちゃんと考えてるのか?」

「あっ、そうだった。それは駄目だな。ほら、早く来いよ」

 ジョバンニは弥太郎と石名坂のやりとりに苦笑する。

「行きましょうか、弥太郎」

「そうですね」

 弥太郎は頷いた。

 とにかく今は。

 元通りだ。

 弥太郎は手招きする石名坂を見てやれやれと首を振り、小走りに駆け出した。

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