4~豊喰弥太郎と首なし~
妖怪専門とよばみ探偵事務所4~豊喰弥太郎と首なし~
その日の午後、弥太郎は初めてできた外国人の友人――ジョバンニ・スターマンと会う予定でいたのだが、思わぬ来客のため予定をキャンセルせざるをえなくなった。
客が来ることはいい。
問題は、その客が存外に多弁であったことだ。
弥太郎はいつものように、やって来た客と向かい合って話を聞いていたのだが、たっぷり五時間ほど身の上話を聞かされることになったのである。
こんな昼時に利にもならない長話など聞かされていたら、眠くて眠くて仕方ないなあ、と弥太郎は思う。
睡魔と闘いつつ話を聞いていると、ふと客は身を乗り出し声をひそめて言った。
「――で、わちきがうっかり山から転がり落ちて行ったらな、ほれ、わちきの住み処の近くに高速道路があるだりょう? あそこでわちきはな、ライダーを見かけたんだきゃ」
客は、長々とそう話したあと、弥太郎の顔を窺い見た。
弥太郎がはっと我に返って「そうですか」と慌てて頷くと、客は弥太郎の反応に不満を抱いたらしく、恐ろしい顔をいっそう恐ろしくしかめて溜め息をついた。
「つまらんのう。少しは怖がって見せいね?」
弥太郎は少し困って眉をひそめた。
何を怖がればいいのだろうか? と弥太郎は思う。
今聞かされたライダーの話だろうか。それとも――弥太郎と対峙している客自身の、鬼の顔だろうか?
――鬼。
比喩ではなく、客の正体は鬼である。
なにしろ豊喰弥太郎が経営するここ、とよばみ探偵事務所は、妖怪絡みの事案専門の探偵事務所だ。
こうして妖怪が訪ねてくるのはいつものことだし――それ故に、この客の鬼の顔を見ても恐ろしいとは思わない。
そもそも、この鬼が弥太郎の元へ来るのは二度目だ。
この鬼は滅多に山から降りないらしく、以前に弥太郎のところへ来たことはすっかりと忘れてしまっているようだが……。
「ああ、そうか」
鬼は弥太郎の表情を見て思い出したように言う。
「まだ言っとらんかってね。そのライダーはな、ただのライダーじゃなかったんだきゃ」
どうやら弥太郎のことを思い出したわけではなく、話の続きを聞かせて弥太郎を怖がらせたいらしい。
鬼は言った。
「なんとな、そのライダーには首があったんだきゃ」
ひそひそとそう言うが――。
弥太郎は溜め息。
この鬼の言葉遣いが多少おかしいのは方言ではなく単に人語が苦手なだけなのだろうと確信した。
指摘する。
「落ち着いてください。首があるライダーはただのライダーですよ」
「……あれ?」
きょとんとした顔で鬼は「そう言えばそうだのう」と首を傾げた。
***
とはいえ鬼の言う「首ありライダー」には心当たりがあったので、弥太郎は夜になるのを見計らってくだんの高速道路へと赴いた。
ついでなので送っていってくれと鬼が言うので弥太郎が鬼を乗せて車を運転すると、目的地に着く頃には鬼は恐ろしい目に遭ったかのような、蒼白な顔になっていた。
弥太郎は自他共に認める運転音痴である。
御愁傷様、と心の中で手を合わせつつふらふらの鬼を見送ってから、しばらく端のほうに停車して待っていると……夜も更けて来た頃になって一台のバイクがやや遅めの速さで通りかかった。
弥太郎はクラクションを短く鳴らしてバイクの後を追う。
バイクは弥太郎に気が付くと端に寄って止まり、弥太郎が車から降りるのを待った。
弥太郎は降りてライダーと対峙した。
――鬼がライダーの首の有無に気にかけていたのは、鬼はそのライダーのことを見知っていて……それが首なしライダーだということを知っていたからだろう。と弥太郎には分かっていた。
果たしてその通り、そのライダーは弥太郎の知る妖怪であった。
弥太郎もこの首なしライダーとは面識があるのだ。
首なしライダーは事故で首を失ったライダーの幽霊であり、一緒におしゃかになったバイクは霊的な物質なのでガソリン要らずの優れものなのだが、……このライダーはなかなかのスピード狂であったらしく、そのバイクでは満足できないそうで、霊的でない、普通の改造バイクをたしなんでおり――弥太郎にガソリンを買ってきてほしいと依頼してきたことがある。
「やや? 弥太郎殿ではありませんか」
弥太郎の姿を認めるとライダーは意外そうな声でそう言った。
声は、首なしライダーの……ないはずの、頭の部分からである。
しかしヘルメットを取ったその顔は西洋顔で、小柄なこのライダーには似つかわしくない。
「やはりあなたでしたか」
弥太郎は溜め息をついた。
実はこの西洋顔の首とも面識がある。
とある国の首なし騎士の――首のほうだ。
首なし騎士は斬首刑に処せられた騎士であるから、首なしライダーのように首をぽーんとどこかに紛失した……というようなことはなく、首は身体から着脱可能だ。
――かれこれ二週間ほど前だろうか。
祓い師に捕らえられた騎士はかろうじて首だけで逃げ出したところで弥太郎に助けを求めて来た。
しかし、いくら弥太郎でも、祓い師と事を構えるのは御免である。
なにしろ祓い師は人間で――弥太郎も人間であるわけで。
「人間なら人間の味方であるべきだ」というのが彼らの言い分で、以前、弥太郎が妖怪の手助けをしているということを聞き付けられたときにはそれだけで恨みを買い、散々な目に遭わされたという過去があり――。
……代わりに、弥太郎はこの騎士に、力になってくれそうな妖怪を数人紹介することで落ちついた。
首なしライダーはその紹介した妖怪の中の一人である。
『おひさです』
ライダーが手話で話しかけてくる。
このライダーのおかげで弥太郎は手話に詳しくなってしまったが、いまいち日常生活には役に立たないのが難点だ。
「どうですか。身体は取り返せましたか」
「恥ずかしながら、未だにわが身は敵の内にありまして……。今は、この方に協力してもらって、各地で仲間を募っているところなのですよ」
首は、言いつつライダーの体に目を向けた。
『おれは完全に足役ですねえ。まあ、首があるのはなかなか新鮮な気分だけど』
ライダーはそう言った。
ゆっくり走っていたのは、首がぽろりと落ちてしまわないようにするためらしい。
騎士が、術だか霊力だか――騎士いわく「気合いです」だそうだが――を使ってライダーの体にしがみついているらしいが、あまり速く走ると落っこちてしまうそうだ。
首だけの首なし騎士は溜め息をつく。
「それにしても早くなんとかしないと、身体だけでも祓われて『首だけ騎士』になってしまいますよ。なかなか仲間は集まりませんし……。あ、弥太郎殿はそろそろ味方してくださる気になりましたかな?」
「いや。今日会いに来たのは別件です」
弥太郎は、この山の鬼が首なしライダーに首があるのを見てたいそう驚いていたことを説明する。
騎士は顔をしかめる。
「……そうは言いましても、祓い師をなんとかしなくてはどうにもなりませんな」
要である首がこうして逃げ回っているのだから、祓い師のほうもおいそれと騎士の身体を祓ってしまうことはないだろうが、確かに少し心配ではある。
「その祓い師というのはどういった人物なんです?」
「そうですね。分かりやすく言えば、外国人です。わたしを追いかけて海を渡ってきた執念深い男でしてね。……こちらは恨みを買うようなことをした覚えはないんだが」
外国人?
弥太郎が微妙に眉をひそめる。
今日会う予定だった弥太郎の友人ジョバンニも、最近日本に来た外国人だ。
何度か話をして分かったことは、ジョバンニはどうやら妖怪――西洋風に言うならば魔物だろうか――が嫌いなようで、妖怪を退治して回ったりしているらしいのである。
「あの。その祓い師ってもしかして……?」
もしやと思って弥太郎が騎士に友人の名を告げてみると、騎士は「いかにもその通り」と頷いた。
「そう、わが身を捕らえた祓い師は其奴です。……お知り合いですか?」
「いや、まあ」
ぎらりと騎士が不穏な眼差しを向けてきたため、弥太郎は曖昧に頷いた。
追及はない。
ほっと息を吐いた。
――それにしてもどうやら騎士は運が悪かったらしいな、と弥太郎は思う。
ジョバンニが日本に来たのは、ありとあらゆる妖怪を封じるすべを探すためだと明かしていたから、――おそらくこの騎士を討伐することは、そのついでだ。
はるばる海を越えて遠い日本に逃げて来たつもりが、とんだとばっちりを受ける羽目になったようだ。
しかし、それならば今回の件はうまく解決できそうだ。――とも思う。
ジョバンニは妖怪嫌いではあるものの、弥太郎が妖怪と付き合いがあることは知っているから、「弥太郎の知り合いの妖怪ならば手を出さない」という約束を交わしているのである。
「分かりました。なんとか交渉してみます。あなたの身体のところに案内してくれませんか?」
騎士は、おお、と歓声を上げた。
ライダーは……蒼白になって、慌てふためいたような身振り。
『あの』
ライダーが怯えた様子で手話を作る。
『安全運転でお願いしますよ……?』
……大きなお世話だ。
***
騎士の案内で道を行くと、数時間ほど走っただろうか、道の奥まったところに豪奢なペンションが見えてきた。
もちろん、弥太郎が今日――いや、日付が変わったから昨日だ――ジョバンニと落ち合う予定だった場所……とは違う場所である。
弥太郎の知るところによるとジョバンニはたいそうな金持ちのようだから、おそらくここは別荘の一つなのだろうなあと思う。
弥太郎が呼び鈴を鳴らすと、がちゃりと音がしたかと思うと機器から「弥太郎?」と声がした。
カメラがついているらしい。
「夜分遅くにすいません、ジョバンニ。少しお時間よろしいですか?」
「他人行儀だな。友人じゃないか、遠慮しないでくれたまえ」
ガラガラと門が自動で開いた。
「入ってくれたまえ。きみの――連れも一緒に」
ぶるりと首だけの騎士が震える。
大丈夫ですよ、と声をかけて、弥太郎は敷地に入っていく。
弥太郎がノックする前に扉を開けたのは、ジョバンニ本人だった。
「こんばんは、ジョバンニ」
「やあ弥太郎。それに、そちらは……見覚えがある顔だが」
ジョバンニがライダーの顔――いや、首なしライダーが乗せている騎士の首に目を向けると、騎士は「ヘィ、――、ジョバンニ! ――」と異国の言葉でなにかまくし立てた。
のだが。
「――ウ、うわわぁああっ」
目を向けられた首なしライダーが、初めまして、とぺこりとお辞儀をしたものだから、騎士の首はぽろりと落ちてごろごろと地面を転がる羽目になった。
ジョバンニがぎょっとしたように首を落としたライダーを見る。
さすがに驚いたようだな、と思いつつ弥太郎は言う。
「はい。そっちは、あなたが捕らえている騎士の首で、こっちは首なしライダーです。……どちらも知り合いなんですけど……」
「なるほど、あの騎士の件か」
ジョバンニは眉をひそめた。
弥太郎は慌てて言う。
「いや、ごめん。でも、わざとではないんです。この件にジョバンニが関わっていることを知ったのはついさっきのことで――」
「分かっていますとも。弥太郎の知り合いには手を出さないことになっているからな。約束は守る。……やれやれ、弥太郎に助けを求めるとは、悪運の強い奴だ」
ジョバンニは溜め息をついてから、手招きした。
弥太郎と、騎士の首を拾ってきたライダーがついて行くと、ジョバンニはとある部屋の前で止まった。
ジョバンニはくるりと振り返って、騎士を睨む。
「――ヤタロウ、――?」
これも日本語ではない。
「ハッ。――!」
騎士とジョバンニがしばし言い合う。
話の中に自分の名が出ているのが不穏だな、と思いつつ、弥太郎はそのやり取りを見守る。
やがて、どうやらなんらかの合意ができたようで、ジョバンニは部屋の戸を開けた。
――部屋の中心に、鎖で巻かれた鎧がある。
ジョバンニがその鎖をしゅるっと解くと、ライダーの上の騎士の首が引き寄せられるように飛んで行き、鎧の首の位置にぴたりと納まった。
「ハハハ、――!」
騎士がなにか言いつつ剣を抜いた。
ジョバンニは退魔の力があるらしい鎖で剣撃を受け止め、弥太郎へ声をかける。
「お逃げなさい、弥太郎! こいつはあなたを殺すつもりだ」
「えっ、ええ……っ? なんでそうなるんですか」
弥太郎がおろおろと二人を見る。
騎士は弥太郎のほうを振り返って言った。
「はっ。ジョバンニの友のあなたが、なんの企みもなしにわたしの味方するはずがないことくらいお見通しなのですよ」
「いや依頼料はちゃんと払ってもらったじゃないですか」
「……しかし、わたしはあなたに利用される気はないのでね。あなたには死んでもらうのが一番だと思いまして」
「利用するつもりなんてありませんが」
「なに、きちんと約束は守りますよ、ジョバンニ。わたしは弥太郎殿には手を出さない。……わたしはね。安心なさい。きちんと他の者に頼みますから」
いや人の話を聞いてくれ、と弥太郎は思うのだが、騎士は無視。
ばっと騎士がジョバンニから距離をとって、なにかぶつぶつと唱えた。
ジョバンニは弥太郎のほうへと駆ける。
「まずいな。彼は生前から、たちの悪い悪魔崇拝者だったらしいのですよ。魔物を呼び出して弥太郎を殺させる気らしい」
「うわあ……、ああもうっ、恩を仇で返してくる人って本当にいるんですね」
弥太郎はジョバンニに押されて外へと飛び出した。
「わたしがどうにかしておくから、今のうちに逃げなさい。――なに、弥太郎が首を連れて来てくれたおかげで倒しやすくなりましたし」
皮肉なのか強がりなのかは分からないが、弥太郎がいても悪魔と戦うことの役には立てないので、ジョバンニの言葉に甘えて逃げることにする。
幸い車はすぐ近くに停めてある。
弥太郎が車に乗り込もうとしたところで、またジョバンニが「まずいな」と呟いた。
「呪文を唱え終わったようだ。ここいらで一番強い魔物が出てくるぞ」
地面が割れてなにかが出てくる。
――弥太郎は、騎士の横に鬼が出てくるのを見た。
「しかし――」
……しかし、だ。
弥太郎は出てきた鬼を見て面食らったように言った。
「……あれ、無害ですよ」
なにしろ出てきたのは、弥太郎が車に乗りかけているのを見て「ひっ」と顔を引きつらせている、山の鬼なのだ。
数時間前、弥太郎の車に乗って蒼白な顔になった例の鬼だ。
日本の神や妖怪は邪気無邪気がいっしょくたになっているものだから、この鬼はうっかり魔物の仲間だと判別されたらしい。
「は? 無害?」
ジョバンニが言う間もなく、鬼は弥太郎と騎士の顔を見比べて――迷うことなく、騎士を張り倒している。
『自業自得ですよねえ』
いつの間にか首なしライダーがそばに来てそう言っている。
まあしかし、これ以上自分の出る幕はないと思ったので、弥太郎は「あとは任せます」と言って今度こそ車に乗り込んだ。
『あ、ちょっと待った――』
首なしライダーが慌てたように警告し――。
――次の瞬間、どかんと衝撃が走ったかと思うと、「ギャイギャイギャイ――!」と悪魔のような悲鳴が上がった。
ぎょっとした顔のジョバンニが遠くにある。
いつの間に?
もちろん、今の間に、だ。
弥太郎は車から降りて、あちゃあと顔に手を当てた。
どうやらギアをバックに入れたままアクセルを踏んでしまったらしい。
今の悲鳴はタイヤの音だ。
鎧を轢いたときの。
弥太郎はうっかり首なし騎士を轢いてしまったらしい。
「生きとるんかいのう……?」
鬼が心配そうに騎士の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですよ。元から死んでいますから」
弥太郎がそう言うと、鬼は「ほう」と目を丸くした。
***
首なし騎士は全治六ヶ月らしい。
下手に実体を持つと思わぬ事故に巻き込まれるから大変だよなと弥太郎は同情する。
騎士のことは、弥太郎に轢かれたせいで怯えてまともに会話することができなくなったので、本国へ送って様子を見させる。――とジョバンニは言っていた。
――あれから二日経った昼時だ。
「しかし今回の件で懲りて、妖怪の世界から手を引いてくれると嬉しいんだがね、弥太郎?」
弥太郎のとよばみ探偵事務所の机を挟み、ジョバンニと弥太郎は向かい合って雑談しているところだった。
弥太郎はジョバンニの言葉に首を傾げた。
「そうは言っても、親切か悪党かは相手と付き合って見ないと分からないからなあ……。そこらへんは人と変わりないでしょう?」
騎士が今回の件で反省しているようだったら、祓うのはやめてくれ、と弥太郎は頼んでいる。
もしまた魔物を呼び出したり人を襲ったりするようなことがあれば、そのときはもう祓われても自業自得だ。
弥太郎の言葉に、ふむん、とジョバンニが頷く。
「そうかい? わたしは初めて会ったときから、あなたは親切な人種だと直感していたがね」
「そりゃあどうも」
「褒めてない。……付け入り易い、と言っているんだ」
ゆらりとジョバンニの瞳が揺れる。
口元は笑っているが目は笑っていない。瞳の中を炎のような揺らぎがうねる。
――おそらく、妖怪絡みで酷い目に遭ってきたたのだろうな、と弥太郎は推測する。
ジョバンニは人間ではないものの血を引いているため、生まれつき、否応なく、この世のならぬものと関わってこなくてはならなかったらしい。
多少皮肉っぽいようなひねくれたような性格に育ったのは、そのせいだろう。
まあ……、それでも。
「あなたはなかなかの悪党ですけど、割りと甘いですよね、ジョバンニ」
こうやって忠告をしてくるのは、弥太郎のことを心配しているからだ。
「それって褒めてくれているつもりなのか? 弥太郎?」
「褒めてるんですよ」
ジョバンニは肩をすくめた。
「……それはどうも」
しばしの沈黙。
ふと。
ジョバンニがなにかに気が付いたように窓の外へと目をやった。
弥太郎が釣られてそちらへと目をやると、一匹の猫がすたりと隣のビルの欄干から飛び降りたのが見えた。
尻尾が二つに別れていたから、猫又だ。
あの毛並み模様には見覚えがあるからおそらく弥太郎の常連客だ。
また弥太郎のところへなにか依頼するつもりだったのだろうが、人間の先客がいたためさすがに遠慮したのだろう。
弥太郎は言う。
「でも、いつか妖怪の友人と仲良くなってもらえばいいなって思ってるんだけどなあ。ジョバンニ」
「…………」
ジョバンニは何も言わず、曖昧に口の端を上げた。
――まあ、今はそれでもいいか。
と弥太郎は思う。
否定されないだけでも満足しておこう、と。
弥太郎はもう一度、窓の外――猫又がいた欄干の上に目をやって、しばし目を細めて見つめた。