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3~十二月と見えない子供~

妖怪専門とよばみ探偵事務所3~十二月と見えない子供~


 ぼんやりと、ひげの老人とサラリーマン風の男の姿が重なって見えるのを見て、弥太郎は「今日の自分は調子が悪いのだろうか」と首を傾げた。

 目の前に座っているのは客である。

 依頼客だ。

 別に弥太郎はひどい乱視というわけではないし、そもそも目の前に座っている客はただ一人なのだから、こんなふうにおかしなものが見えるということは、やはりこの客も人ならぬ者なのだろうなと思う。

 なぜならば、豊喰弥太郎が経営するとよばみ探偵事務所は、妖怪絡みの事案専門の探偵事務所であり、訪ねて来るのもたいてい人ではないから。

 この客がおかしなふうに映るのは、弥太郎が千里眼で客を視ているせいだ。

 人である弥太郎を気遣って人の姿をとってやって来る者も多いので、本性を知るために千里眼を使う癖がついているのだが……。

 千里眼で視る前は、客は老人の姿をしていた。

 いや、老人と言うよりも。

 白いたっぷりとしたひげ、赤い服に赤い帽子のこの人物は十二月のお馴染みの人物だ。

「……それであなたは、クリスマス用のプレゼントのリストを作っていたら、その家には二つのプレゼントを届けることになっているのに、家には一人しか子供がいないことに気が付いたんですね?」

 サンタクロースだ。

 弥太郎の目の前に座っているのは、赤い服のサンタである。

「はい、それで、上司にそのことを報告したら、あなたに相談するよう指示を受けたのでここへやって来たわけです」

「上司……ですか?」

 この白ひげのサンタに上司などというものはどうにも想像できないな、と弥太郎は思う。

「あなたのような方にも上司というものはいるんですか」

「もちろんです」

 サンタは頷いてから付け足す。

「わたしのような下っ端はプレゼントを届ける任務は任せてもらえないくらいですしねえ」

「下っ端なんですか?」

「はい。わたしは普段はサラリーマンをしていて……あ、今日、この格好で来たのは、このほうが説得力があるだろうと思ってですね……よろしければ普段の格好もお見せしますが……」

 なるほど、だから千里眼を使うとサラリーマンの姿とサンタの姿がダブって見えるわけだ、と弥太郎は思う。

 クリスマスの日にケーキ屋の前にサンタの格好をして立つバイトと同じようなものなのだろう。

 弥太郎の友人が言うには、「サンタの元ネタはセント・ニコラスという聖人だが、彼は赤い服なんて着ていないしトナカイのそりなんてひかない」そうだし、元ネタではない白ひげのサンタは「自分の家の父親だという説や、フィンランドに住む妖精だという説やNPO団体だという説があったり、サンタには実は双子がいて、悪い子にお仕置きしに来るブラックサンタというものもいるとか」……だそうだから、きっとサンタには色んな種類がいるのだろうと弥太郎は自分を納得させることにする。

「いえ、元の姿に戻っていただく必要はありません」弥太郎は言う。「それよりも、あなたはその家について調べたようですが、よろしければそれについてお話いただけますか。そのほうがこちらで調べる手間が省けます」

「ああ、そうですね」

 サンタは頷いた。

 ――かくかくしかじか、話をまとめると、こうだ。

 その家は父母子供一人の典型的な核家族で、資産家だ。

 ここ数年で注目され出した事業家だが、やましいところは見当たらず、真っ当な稼ぎ手らしい。

 サンタのプレゼントリストは、十二月頃にちらほら書かれる、いわゆる「サンタさんへの手紙」というものに基づいており、今年はなぜか、この家からは二通の手紙が来ていたようだ。

「去年、その子は『犬を飼いたい』という願い事をしてきたので、それと関係があるのではないかと思うのですが」

「まさか犬からの手紙だと?」

「いえ。もちろん、犬自身が書いたのではなく、その子が代筆したんでしょうけどね。……だってその手紙は、片方はきちんと差出人の名が書いてあるのに、もう片方は名が書いてないんですよ」

 ふむん、と弥太郎は頷いた。

「名前が書いていなくとも、その家からの手紙だということは分かるんですか」

「分かりますよ、もちろん。サンタですから」

 例えばずるをして一人の子供が手紙を二通書いてもサンタにはそうと分かるし、あとから願い事を書き換えても、いくらたくさんの願い事を書いても、サンタにはその子供が本当に欲しがっているものが分かるのです。と弥太郎の目の前のサンタはそう言った。

 サンタとはそういうものらしい。

「でもそれなら、代筆ならば代筆だと分かるんですよね?」

「いや、『あれが欲しいこれが欲しい』なんて手紙は我が強いものなので、代筆かどうかなんていちいち気にしなくても、『ああ、これはあの子の願いだな』って分かるじゃないですか。……あまりに字が綺麗だったりしたら、親に書いてもらったんだろうな、くらいは分かりますけど……」

 サンタはため息をついた。

「いや、代筆かどうかはこの際問題ではありません。わたしとしては、ペットの代わりに書いた手紙であるほうが都合がいいんです。だって、ペットの願い事でないのなら、われわれサンタはその手紙がどの子から来た手紙なのかがすべからく分かるはずなのに……分からないんですから。サンタの名誉に関わります」

 その気持ちは弥太郎にはいまいち分からないがとりあえず頷いておく。

 うーんと唸ってから、弥太郎は言う。

「それで、今、その手紙は持っていますか? 見せていただけるとありがたいのですが」

「ええ。念のために持ってきています」

 サンタは懐から二枚の手紙を取り出して弥太郎に手渡した。

 ――なるほど、確かにこの二つの手紙は同じ家のものらしい、と弥太郎には分かった。

 封筒と便箋が二つとも同じなのだ。

「しかし……筆跡は違いますね」

「そうですね。けど、この年頃の子なら、わざと筆跡を変えて書きたがる子もいますよ」

 自分の分は自分の字、ペットの分はペット用の字、というわけか。

 ――いや、それにしては字の感じが違いすぎるな。

 弥太郎は思う。

 どちらもお世辞にも上手いとは言い難い字だ。

 筆跡を変えるならば片方を丁寧な文字で書いて、もう片方をやや汚い字で書いたり、あるいは女の子が書くような丸文字にしたりするのが楽な書き方だと思うが、この二つの手紙からはそういった思惑は感じられない。

 それに、やや引っ掛かるものがある。

 なんだろう? と弥太郎が首を傾げて手紙を読み比べると、しばらくしてから、その理由に思い至った。

 ……名前の書いていないほうの手紙には、句読点がまったく使われていないのだ。

 こういう文章を弥太郎はよく見かける。

 祝詞。あるいは賞状などだ。

 めでたいものや幸運が途切れないように、区切るもの――句読点は使わないことになっている。……だっただろうか?

 まあ験担ぎなのだろうが、言葉というものには霊力が宿るものなのだから、なかなか馬鹿にはできない。

 この手紙の主もそれを意識したのだろうか?

 ――いや、普通の子供ならそんな渋い……古めかしい知識など持っていないはずだ。

 しかし、無意識という可能性もある。

 例えばこの手紙の主が――。

「お聞きしますが、この家の事業が上手く行きだした原因は分かりますか?」

 弥太郎の問いにサンタは首を傾げる。

「さあ……。それが、よく分からないんですよ。こう言ってはなんですが、事業自体は地味で、こうも注目されるようなものではないと思うんですが」

 しかし、裏で怪しい取引を行っていたり、やばいものに手を出したりしているようなことはないらしい。

 そういったことがあれば子供はなにかと感付くし、そうなれば「良い子にプレゼントをする」のが役割であるサンタにも、なんらかの情報が入ってくるものだ、とサンタは弥太郎に言う。

「なんというか、あの家は、偶然を味方にしているというか……すごく、運がいいんですよ」

 ああ、と弥太郎は頷いた。

「分かります。そういうことって、ありますよね」

 うんうんと頷く弥太郎の様子にサンタは首を傾げる。

「あのう、でもそれって、この手紙のこととなにか関係があるんですか?」

「おそらく」

 弥太郎は手紙を丁寧に畳直して封筒にしまい、サンタに返した。

「どうぞ。この子のプレゼントも、是非とも用意してあげてください。……予想が正しければ、この件は、あなたが悩む必要のないものでしょう」

 調べておきます、と弥太郎は請け合う。

 頭の上に「はてな?」を浮かべたままのサンタは「ほう」と頷いた。


 サンタを送り出してから、弥太郎はそっと部屋の隅々を見渡す。

 しんと静まり帰った部屋の中央で、弥太郎は、呼ぶ。

「――ねづみ」

 果たして数秒後、ととととと、と小さな足音が聞こえ、どこからともなく一匹の鼠が「ちゅう」と顔を出した。

 弥太郎は普通の動物と会話ができるわけではないので、もちろん、普通の動物ではない。

 根津の生き物、根棲み――黄泉の国の住民だ。

 この鼠はたまに弥太郎の部屋から食べ物を無断でかっさらったりするやや迷惑な常連客だが、その代わりに、弥太郎がこうやって呼んだときにはすぐに姿を現して手を貸してくれる。

 びり、と弥太郎は例の家の住所を書いたメモを破き、鼠に渡す。

「ねづみ。この家のことを少し調べてくれないか? 多分、座敷わらしが棲んでいると思うんだ」

 座敷わらし。

 棲み着いた家に富をもたらす妖怪だ。

 そしておそらくそれがあの手紙――見えない子供の正体だ。

 なにしろ座敷わらしは子供にしか見えない妖怪で、サンタはずばり座敷わらしを見ることができない大人なのだから、仕方ない。

 遊んでいるときに、知らぬ間に人数が一人増えていることがあって、それがどこの誰なのかが分からない……というときには、座敷わらしが混じっていることがある。

 おそらく座敷わらしはこの家の子供の遊び相手になっていたのだろう。

 手紙には、名前つきのほうには「友達と遊びたいから、新しいグローブをください」、名無しのほうには「――くんと一緒に遊べる野球ボールが欲しい」と書いてあったから。

「この家え?」

 鼠は鼻を鳴らして言った。

「わざわざ調べる必要はないよお。……この家、座敷わらしが棲んでることは確実だもん。おれ、よくおこぼれ頂戴しに行くもん」

 やはりか。と弥太郎は思う。

「まあそう言わずに。きちんとした報告書を書かないといけないんだから。なにしろ相手は大物、サンタクロー……」

 弥太郎は鼠がなにか期待の眼差しで見上げるのを見て、「……いや、サラリーマンだから」と言い直した。

 鼠は言う。

「いいけど、礼は奮発しておくれよね」

「こないだのツケはどうしたんだ?」

「それとこれとは話が別! 十二月なんだから。クリスマスプレゼントってやつ?」

 鼠は胸を張った。

 クリスマスプレゼントは良い子にしかあげられないんだぞ、と言おうとしたが、「こんなに可愛いおれが良い子じゃないはずがないだろ」と答えが返ってくる気がする。――ので、違うことを口にした。

「お前、カトリックだったか?」

「蚊取り……? うん? まあ、腹が減ってたら蚊も食べられないことはないけど?」

 カトリックは蚊を取る者のことではないが……。

 鼠は弥太郎の言葉を待たずに、自分の名案にうんうんと頷き、「たまにはチキンとシャンパンとケーキを食べるのもいいな」と勝手に計画している。

 ため息。

「分かった、分かった。さっさと行ってくれ」

 弥太郎は要求が釣り上がる前に鼠を追い出した。

「絶対だぞ」と念押しして消えた鼠に、弥太郎はほんのりと苦笑。

 まあ、鼠の言う通り、たまにはいいか。と思う。

 ――クリスマスだしな。

 こうやってなんだかんだ素直に働いてくれる鼠も、座敷わらしも。

 たまにはプレゼントをもらっても、ばちは当たらないだろう。

 弥太郎はそう思って、窓の外を見た。

 木枯らしの吹く十二月だ。

 今年は特に寒いらしい。まだ雪は降っていないが、クリスマスには雪が降るかもしれない。

 きっと降るだろう。

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