水を求めて
再び魔法の絨毯に乗った二人は、拠点のすぐ近くを飛んでいた。その頭上には五十本ほどの杭が浮いていた。
頭上のそれをゴルネサーは嫌そうに見た。
「いつ降ってくるかと思うとたまったもんじゃないわ」
「こっちに当てるような馬鹿はしないさ」
ベルトランが軽い口調で答える。
絨毯で外に出たベルトランは、まず拠点の近くで浄化魔法を使い、そこで土でできた3カニームほどの大きな杭を四十八本作ったのだ大の男の胴体ぐらいはありそうな太さのそれは、先が鋭利に尖っている。
「……で、どうするつもり? まさか杭で井戸を掘ろうってんじゃないでしょうね」
ゴルネサーが言うと、彼はにやりと笑った。
「こいつは目印だ」
ベルトランは杖を掲げた。朗々とした声で彼は呪文を唱える。
「杭よ、エモキテューキセガー! イニローディジェーミ!」
彼が杖を振りおろすと、四十八本の杭は砂の海に向かって降り注ぐ。
等間隔に地面に突き刺さったそれは、上空から見ると彼の拠点を中心として整然と並んでいるのがよく分かった。
「ん、大体100カニーム間隔になってるな」
100カニームごと打たれた杭は、それが縦に七列、横に七列。水脈を探す場所の目印だ。地表に降りてからでは距離を図るのがかなり面倒になりそうだったので、ベルトランは予め目印をつけておくことにしたのだ。
「詠唱のみでその精度……馬鹿じゃないの」
「……褒め言葉として受け取っとくよ」
彼は杖を肩に預けながら苦笑した。
魔力が吸い取られると分かってから、ベルトランは空飛ぶ絨毯に防護魔法と呼ばれるものを掛けていた。当然、地面に置くなんてことはせず、常に滞空させている。
しかし魔法陣を描く都合、どうしてもベルトランは地表に降り立つ必要がある。
「…………これ終わったら休憩にするか」
疲れ切った声でベルトランは言う。
水脈探査を始めてから二十三か所目だった。
「だから水脈が枯れてるのよ」
ゴルネサーは絨毯の下に出来た影でぼそりと呟く。それに聞こえないふりをして魔法陣を描く。
「オイェサコージュ!」
浄化の魔法で彼を中心に1カニーム程が浄化された。
その中に魔法陣を描く。毒素と疲れのせいでその動きは緩慢だ。
「オイェアトカラヌラ、水よ」
呪文を唱えると魔法陣は光るが、特にこれといった手ごたえはなかった。今回も空振りだったようだ。
「…………一旦休憩だな」
ベルトランはノロノロと絨毯の上によじ登った。ゴルネサーもそれに続く。
まだティアディアラに入って半日ほどしか経っていないが、ベルトランは休憩できる場所の大事さを痛感していた。
彼は解毒の魔法を使えたが、毒素が充満している砂漠ではいくらやっても焼け石に水の状態だ。彼は自分の魔力量が人より多いと自負しているが、それでも限界はあるわけで、いつかは尽きてしまう。
そうなったとき、毒に侵される心配のない場所がなければそのまま命運尽きてしまうだろう。
その点、友人からの餞別の品によって浄化された空気の満ちた部屋は休息の場としてはうってつけだった。それにルトの壺を加えれば、綺麗な水も手に入る。当初は自身で結界を張って浄化作業をするつもりだったが、そうなると定期的に魔力を使わなければならないので手間になる。友人の心遣いに感謝しきりである。
彼は机に突っ伏して体力と気力の回復を図りながら、そんなことをつらつらと考えていた。柔らかなベッドが欲しいと一瞬思ったが、その考えを振り払う。今そんな心地よいところで寝転んでしまえば夢の世界へ旅立ってしまうこと間違いなしだ。
「無駄だって言ってるのに、よく続くわね」
ゴルネサーが言う。彼女は窓に腰を掛けて紗ごしに外を見ていた。
その様子を横目で見たベルトランは、突っ伏したまま答える。
「水脈が完全に枯れているとはまだ決まっていない。今のところ分かってるのは、ここのすぐ傍にある井戸は枯れていて、俺の調べた二十四か所の地下には水がないってだけだ」
「屁理屈よ」
「事実だ」
ベルトランは気だるげに言う。事実、砂漠の中で食らった毒素の影響が彼の思考を鈍らせていた。
「まだ目印をつけた場所すら全部回ってない。俺がいるのは自宅の庭園じゃない。広い広いティアディアラだ。しらみつぶしに探せば、一か所くらい水脈にあたるだろ。ティアディアラには雨が降っている。ってことは、どこかにその水が流れ込んでいるはずだ。水脈がないなんてない。確率の問題だ」
どこか自身に言い聞かせるような響きを感じ、ゴルネサーは押し黙った。
しばらく沈黙が続いたが、やがてゴルネサーはぽつりと言う。
「魔法使いは卑怯だわ」
独り言のようなそれにベルトランはぼんやりと耳を傾けた。
「人の手では何日もかかることを、一瞬でしてしまう。創造も……破壊も」
ベルトランはゴルネサーから放たれる殺気が徐々に膨れ上がってくることに気付いた。気取られぬように、杖に手を伸ばす。
しかしその殺気はすぐに霧散した。
「どうして信じる神が違うってだけであそこまで非情になれるのかしらね」
どこか虚ろな声でゴルネサーが呟く。
彼女が求めているものは意見でも助言でもないだろうと、ベルトランは黙って彼女の独り言に耳を傾けたのだった。