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崩れる魔法陣

 友人のフェルディナントからの餞別である「ティアディアラ再生に向けて」という本は、フェルディナント自身が記した本だ。彼自身が秘密裏に文献を調べ、実験し、収集して考察した結果が書かれている。フェルディナントはベルトランがティアディアラへ向かう十年も前から国に知られないように研究をしていた変わり者だった。

 非常に研究熱心で勉強家な友人だったが、彼だけではどうしようもないことがあった。彼自身はティアディアラへ行くことはおろか、近付くことすらできなかったのだ。

 ミルージュが国単位でティアディアラに近付くことを禁止していたというのもあるのだが、何より問題だったのは沈黙の灰の毒素だった。




「お嬢さん、そんな端にいると落っこちるぞ」


 ベルトランが声を掛ける。


「そんなドジ踏むわけないでしょう」


 ツンとして言うゴルネサーだが、少しだけ絨毯から乗り出していた身を引っ込めた。


 地上から10カニーム(30メートル)ほど上空で、二人は絨毯に乗って空を飛んでいた。

 空飛ぶ絨毯はミルージュでも持っているものは片手の数ほどの貴重な魔法アイテムであり、彼の大事な相棒である。空飛ぶ絨毯は一角獣のたてがみを糸とし、魔法使いの魔力を染料とする。糸の一本一本に呪文を刻むという気の遠くなるような根気強い作業を経たのち、飛行の魔法陣がしっかりと形作られるように織る。膨大な魔力と手間がかかるゆえに、愛着もひとしおだ。


 さて、二人がなぜ絨毯に乗って空を飛んでいるのかというと、周辺の地理を把握するためであった。植物を育てるのならば地形の利用は不可欠だ。例の水蒸気集積装置を設置するにしても井戸を掘るにしても、ある程度めどをつけておきたいというのがベルトランの考えだった。

 ちなみに一度はゴルネサーに適した場所はないかと尋ねてみたが、彼女の答えは沈黙だった。自分で調べろということらしい。ただ、ベルトランが空飛ぶ絨毯を広げて乗ったところで彼女も乗りこんできたので、まるっきり関知しないというわけでもないようだ。

   

「……それにしても」


 風が出てきたのでベルトランは口元を覆う布を引き上げながら呟く。


「あまり長時間外に居たらぶっ倒れそうだな」


 空飛ぶ絨毯で滞空しているとはいえ、砂つぶてに交じった毒素が遠慮なく彼の体を蝕もうとしていた。彼の持つ魔法アイテムであるペンダントがある程度中和してはいるが、完全にとはいかない。


「ならとっとと尻尾を巻いて逃げ帰れば?」


 ゴルネサーが冷淡に言い放つ。彼女もベルトランと同じ条件、いや、魔法アイテムがない分過酷な条件下のはずだが、少しもこらえた様子がなかった。その理由にいくつか彼も仮説を立てていたが、どれも決め手に欠けていた。


「何もしてないのに逃げるわけにはいかないんでな。――あの辺が良さそうだ。とりあえずやってみるか」


 そう言うと、ベルトランは絨毯を下降させた。地表間近まで絨毯を近付けると立ち上がり、飛び降りる。ゴルネサーも無言でそれに続いた。


 基本的に魔法というのは魔法陣を描き、呪文を詠唱することで発動する。ただし簡単な魔法ならば魔法陣を描かずとも呪文だけで発動できるし、逆に魔法陣だけでも魔法の効果を発動させることはできる。その代わり精度が落ちたり、魔力の消費量が増えたりするのだが。これは魔法陣や呪文を簡略化した場合にも同じことが言える。


 さて、ベルトランは杖で地面に魔法陣を描き始めたのだが、それから間もなく彼は頭を抱える羽目になった。


「……いい年して砂遊び?」


 呆れ気味なゴルネサーの声が耳に痛い。


 完全な砂地となっている地表に大規模な魔法陣を描くとどうなるか。

 まずベルトラン自身の足跡が魔法陣の中に刻まれてしまう。

 次に、ベルトランがうっかり魔法陣の一部を踏んでしまうと、それが歪んで消えてしまう。

 そして、風が吹くと魔法陣が砂に埋もれて消えてしまう。


 魔法陣自体が大きいために、描いた端から駄目になっていく。いたちごっこだった。


「おかしい。なぜ消えるんだ。なぜ残らない……」


 ベルトランはブツブツとつぶやく。


「風が吹いてる砂砂漠(すなさばく)で文字を描いたら消えるに決まってるでしょう? 馬鹿じゃないの」


 ゴルネサーが眉をしかめる。

 しかし彼はかぶりを振った。


「違う。魔法陣ってのは魔力のラインを残すから意味がある。その媒体に意味はない。描こうと思えば砂の上だろうが水の上だろうが描くことはできる」

「でも崩れてる」

「だからおかしいんだ。魔法陣が形成できない」


 魔法陣がしっかり形成できないということは、ラインを描くときに込めた魔力が描いた端からどこかに散っているということだ。


「井戸の底で使ってたのは魔法陣じゃないの?」


 ゴルネサーが不思議そうに言う。


「いや、あれも魔法陣だ」


 しかし井戸の底で魔法陣を描いた時は普通に発動することができた。聖霊を呼ぶことはできなかったが。

 暑さと毒素でぼんやりとしそうになる頭をベルトランは必死で働かせた。

 あの時と今では何が違うのか。魔法陣自体か? それとも場所? それとも時間?

 唸りながら考え込むベルトランとは対照的に、ゴルネサーは諦観のにじむ声で言う。


「最初から無理だったのよ。ティアディアラは沈黙の灰で汚されてしまった。大地の持つ生気も魔力も、みんな枯れてしまった」


 心が痛んだベルトランだったが、彼女の言葉に引っかかるものがあった。


「生気も魔力も…………?」


 と、ベルトランの頭にひらめくものがあった。


 沈黙の灰の毒素が大地にどのように働くかという研究レポートは、あまり出回っていない。そのあまりのむごさに民衆からの支持を失うことを恐れたミルージュの上層部が握りつぶしているからだ。ゆえに沈黙の灰の脅威に晒されている地域以外では――いや、晒されている地域の民ですら――沈黙の灰の毒素がどのように人体に働くかということを知らされていない。まして、大地にどのような影響があるのかなど。


 ベルトランは過去に一度、その研究レポートを見ることができた。その時の記憶を必死に掘り返す。

 そして彼は思い出した。


「――沈黙の灰のせいだ」

「だから私はさっきからそう言ってるでしょう」


 ゴルネサーが苛立たしげに言うが、興奮したベルトランの耳には届かない。

 彼は大急ぎで地面に簡略した魔法陣を描いた。


「オイェサコージュ!」


 大量の魔力を込められた魔法陣は日差しの下でもなお明るく発光し、辺りを包みこんだ。


「な、何よ。何の魔法?」


 見た目には全く変化のない様子に、ゴルネサーは首を傾げた。

 ベルトランは先ほど失敗した魔法陣を再び地面に描きながら答える。


「浄化の魔法だ。沈黙の灰の効果を抑えることができる」

「そんなのがあるなら最初から使いなさいよ!」


 ゴルネサーが怒鳴る。


「いや、効果を抑えると言っても一時的なものだ。時間が経てば再び毒素が蔓延する」

「じゃあなんでそんな魔法使ったのよ」

「悪い、後で説明する!」


 そう言うと、ベルトランは大急ぎで残りの魔法陣を描き上げた。

 今度は魔力のラインが崩れることなく魔法陣が完成した。


「エサディム、尖った屋根、受ける器、伝う管、集める瓶、イニローディジェーミ!」


 ベルトランが杖を突き立てて呪文を唱えると、地面が盛り上がった。

 現れたのは高さ3カニーム(9メートル)、直径10カニーム(30メートル)ほどの四角錐の形の屋根だった。その縁沿いに樋があり、樋の先には半分ほど地中に埋まった水瓶がある。


 さらにベルトランは四角錐の屋根に魔法陣を刻む。


「オリスカイキエル!」


 呪文を唱えると、四角錐の屋根は冷気を帯びる。


 フィルディナントによると、上手くいけば地面から上がってきた水蒸気が結露し、屋根の内側を伝って樋に流れ落ち、水瓶にたまるそうだ。


「こんなもんか…………?」


 ベルトランは出来上がった装置を叩いて呟く。この手の装置を作ったのが始めてなら、ティアディアラにこの手の装置が出来たのも初めてだろう。不安要素が一杯だ。

 意見を求めようとゴルネサーに視線を向けたベルトランだったが、ゴルネサーが口をあんぐりと開けて固まっていたので礼儀正しく見なかったことにした。


 同じように大地を浄化してから装置を作るということを繰り返し、徐々に慣れてきたのもあり、それから一時間経った頃には屋根の形が微妙に異なる十個の水蒸気集積装置が出来上がっていた。


 すっかり砂まみれになった体を払いながら彼は絨毯の上に戻った。


「少し魔力を使い過ぎた。一旦家に戻るぞ」


 そう声を掛けたベルトランだったが、困ったように頭をかいた。


「あー、大丈夫か、お嬢さん。絨毯から落ちやしないだろうな」


 ベルトランが再び声を掛けると、それまで呆然自失状態だったゴルネサーが我に返った。


「ああああんたっ、おかしいんじゃないの!? あんな超がつくほど難易度の高い魔法を……! しかも十回連続!? 馬鹿じゃないの!?」


 言葉が上手く出ないのか、赤い顔で手をぶんぶんと振り回しながらゴルネサーが怒鳴る。

 ベルトランは苦笑しながら煙草を咥えた。


「魔法馬鹿、研究馬鹿とよく言われたよ。しかし上位魔法を使って馬鹿と言われたのは初めてだ」


 恐がられたことはいくらでもあったがな、と彼は聞こえないほどの小さい声で呟く。


「とりあえず、話は部屋に戻ってからにしてくれ」


 未だ興奮して支離滅裂なことを叫ぶゴルネサーをなだめつつ、彼は絨毯を自身の拠点に向かって進めた。

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