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当座の目標

 ベルトランが居室と定めたのは十階だった。

 しかし毎回階段を往復するほど彼の元気は有り余っていない。そんな運動を毎日していれば運動から三日後に来る筋肉痛および関節痛に悩まされること間違いなしだ。

 ゆえに彼は階段に短縮魔法を掛けていた。


「二階じゃないのね」


 窓の外の景色を見たゴルネサーが目を丸くして呟く。


「ああ。高層の方が何かと良くてね」

「高みからティアディアラを見下そうっていうの?」

「穿ち過ぎだ」


 嫌味っぽく言うゴルネサーに、ベルトランは苦笑した。


 さて、ゴルネサーに椅子をすすめた彼は、彼女に向き合って座った。二人の間には水のたたえられたグラスが二つある。ルトの壺から湧いたものだ。時間が僅かなこともあり非常に微量だが、綺麗な水はこの乾燥した地域では何よりのもてなしとなる。


「色々聞きたいことがあるんだが」


 そうベルトランが切り出すと、ゴルネサーはぴっと指を突き付けてきた。


「その前に、わたしはあんたから大事なことを聞いてないわ」

「なんだ?」


 先ほどのことがあるので、彼は内心身構えながら返事をする。

 彼の返答が不服だったのか、ゴルネサーは口をとがらせながら言った。


「あなたの名前よ。人には色々尋ねる癖に、名乗りもしないなんて失礼でしょう」

「名乗ってなかったか?」

「一度も」


 ベルトランは頭をかいた。普段から礼儀には疎い彼だったが、さすがにばつが悪かった。


「そいつはすまなかった。俺はベルトラン。ベルトラン・ファルギエール。しがない魔法使いだ」

「ふうん。長ったらしい名前」

「そうか?」


 自分から聞いた割にはさほど興味を示さないゴルネサーに、ベルトランは閉口した。

 若い女の子というのは皆こんなもんなんだろうか?

 歳の離れた女性とは触れあう機会のなかったベルトランである。どうすれば若い女性が喜ぶかなどということも知らなかった。若い女性と世間話をしたのは思い出すのも難しいくらい昔のことだ。彼の人生の大半は魔法の勉強と研究に費やされていた。

 考えあぐねた時の癖で、彼は懐の煙草へと手を伸ばした。


「煙草いいか?」

「好きにすれば?」

「んじゃお言葉に甘えて」


 さばさばした様子の少女からは、先ほどの怒鳴ったり泣き叫んだりしたような情緒不安定なところは見られない。ごくごく普通の少女に見える。

 しかし、とベルトランは考えた。

 先ほどの声音を変えての演技も、鋭い指摘も、年相応とは到底思えない。この姿だって偽りのものでないという保証はない。

  

 紫煙をくゆらせると、彼は意を決して口を開く。


「不躾で悪いが、君がどうやって今まで生きていたか聞いても?」


 その質問は予想していたのだろう、ゴルネサーは気負った様子もなく首を振った。


「答えられないわ」

「信用できない?」

「ええ」


 あけすけな物言いに、ベルトランはかえって笑ってしまった。


「だろうな。じゃあ協力は?」

「程度によるわね」


 そう言うと、ゴルネサーは挑むようにベルトランを見る。


「あなたがここでどこまでできるか、口だけの詐欺師か否か。まだ分からないもの」

「手厳しいね」

「なら、わたしに支配魔法でも掛ける?」

「しないよ」


 ベルトランは肩をすくめた。

 支配魔法というのは、相手を意のままに操る魔法だ。高位の魔法使いしか使えない高等魔法である。


「君の親御さんはさぞかししっかりした方だったんだろうね」


 彼が言うと、ゴルネサーは半目で彼を見た。


「あんた、世間話をしに来たの? さっきから回りくどいのよ」

「悪かった」


 ベルトランは素直に謝罪した。本題に入るまでの時間が長いのはよく同僚からも指摘される彼の悪癖だ。

 一つ咳払いをして威儀を正した彼は、改めて質問を切り出した。


「俺は植物の種を持ってきている。しかしこれを育てるための水が足りない。どこかで水が確保できないか聞きたかったんだ」


 ふうん、とゴルネサーは呟いて両手で頬杖をついた。


「だったら協力できないわ。井戸はみんな枯れてるもの」

「君はどこで飲み水の確保を?」

「秘密。でもわたしもギリギリの量しかないわ」

「そうか…………」


 煙草をくゆらせながら考え込むベルトランを、ゴルネサーはじっと見ている。


「イオク」


 ベルトランが呪文を唱えると、彼の持ってきた鞄が開き、中から分厚い本が出てきた。随分使い込まれた様子のそれは、ベルトランの手元へと収まる。本の表紙には「ティアディアラ再生に向けて」と書いてある。友人からの餞別その2だ。

 彼は目的のページを探してページをめくる。


「これだ」


 ベルトランは探し当てた項目を指でさした。ゴルネサーが身を乗り出して覗き込む。


「『ティアディアラでの水の得方』?」

「ああ。一番いいのは聖霊の力を借りて水脈を探すことだったんだが」


 聖霊が呼べなかったのは完全に想定外だった。

 基本的にミルージュにおいては水脈や鉱脈を探すのには聖霊の力を借りる。昔は職人が自力でそれらを見つけ出し、掘りあてていたそうだが、聖霊の力を借りた方が圧倒的に効率がいいためにそれらの手法は失われてしまった。

 しかし、水を得る方法は一つではない。

 二人は文字を目で追った。




 ――ティアディアラは元々砂漠だったわけではない。山脈から流れ出る川により水資源が豊富であった。

 しかし沈黙の灰の汚染後、森が死んでしまったことで水を蓄える機能が失われた。ゆえに時折降る雨を地中で留めておくことができない。

 また、ティアディアラの湧水は全て枯れたという報告があるが、これは大規模なミルージュの攻撃により地形に変化が生じたためというより、水脈をつかさどる聖霊が移動したためと推察される。というのも――




 長々しい説明文にベルトランは頭痛をこらえつつ読み進める。彼は昔から魔法関連以外の長たらしい文章というのが大の苦手だった。




 ――万が一、聖霊召喚での水脈探索が出来なかった場合の水の入手方法を記す。


 一つ、探索魔法を100カニーム(300メートル)ごとに行使し、水の気配がするところを掘る。

 二つ、尖った屋根の小屋を作り、地中から蒸発した水分を集める。土中に埋めても良い。下図参照。

 三つ、ルトの壺に拡散魔法を掛ける。展開式は下記参照。ただし継続的に多大な魔力が必要となるため、推奨はできない。

 四つ、雨水を貯水する。以前のティアディアラでは一年で10ログ(3000ml)以上の水が降っていた。現在は不明。


 また、これらの手段で得た水に毒素が含まれているか否かは未確認である。十分に注意すること。また――




 必要な情報を読みとったベルトランは本から視線を上げた。


「今のティアディアラで雨はどれくらい降るんだ?」

「なんで私が教えてやんなきゃいけないの? 自分で調べれば?」


 不機嫌そうに言われ、ベルトランは目を白黒させた。

 彼が本を読んでいた時間はそう長くないはずだが、気がつけば先ほどまで普通の態度だったゴルネサーは不機嫌になっていた。

 内心で困惑しながらも、彼女の変調にベルトランは気付かないふりをした。下手に刺激して事態の悪化を招きたくなかったのだ。


「現地の人間に聞いた方が手っ取り早いだろう? 作業の開始は早い方がいいからな。雨水をためるならそれ相応の準備が必要になるし、もし雨水が期待できないようなら違う方法にしなくちゃならん。協力してくれるんだろう?」


 ベルトランの言葉をゴルネサーはふてくされたような顔で聞いていたが、やがて渋々といった調子で口を開いた。


「……この二十年、ティアディアラの気候は様変わりしたわ。以前ならば雨季と乾季があったけれど、今は年中乾期の状態。たまに降る雨はスコールみたいに、短時間だけ降って止んでしまう」

「たまにっていうのは、どのくらいの頻度で?」


 ゴルネサーは首をひねった。


「私が知ってる限りではひと月に二、三回ってとこ。寝てる時に降ってるかもしれないけど、この状態じゃちょっと目を離したすきに水はどこかへ消えてしまうから」

「量は?」

「測ったことないわ。でもそれほどたくさん降るわけじゃない」


 ゴルネサーはぞんざいに言うと、自分の近くに漂ってきた煙草の煙を迷惑そうに手で払った。ベルトランは煙草の火を揉み消した。


「なら、あまり雨水をアテにするのはよくなさそうだ。となると、方法としては一つ目の方法に加えて補助的に二つ目の方法を使うのが適切か?」


 ベルトランは地図を取り出しながらブツブツと呟く。

 彼のいる場所に印のつけられた地図はティアディアラのものだ。しかしそのほとんどは空白である。二十年前に地形が大幅に変わってから誰一人としてティアディアラの地形を調べた人間がいないからだ。ミルージュの王の命令により、魔法での探査すら禁じられていた。


 現在彼がいるのはティアディアラの中央にある、かつて異教徒たちに聖地と呼ばれた場所だ。

 東に行けば大きな湖があったはずだが、来る最中に寄ってみたそこはすっかり干上がった窪地と化していた。

 つまるところ、水脈の手掛かりは一切ないため、しらみつぶしに探していくしかないのだ。


 そんな彼の様子をゴルネサーは胡乱げな目つきで見ていたが、口を出す様子はなかった。


「とにかく、ここに書いてある水蒸気集積装置とやらを作ってみよう」


 ベルトランが言うが、ゴルネサーは無言だ。

 また先ほどのかたくなな少女に戻ってしまったようだと彼は内心で肩を落とした。

 女心ほど移り変わりやすいものはないから厄介だという同僚の言葉を、彼は身をもって実感していた。

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