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外枠作り

 さて、ベルトランは外へ出ると、拠点から南東に100カニーム(300メートル)ほど離れたところにある砂丘の近くへと足を運んだ。

 星水晶で辺りを浄化すると、大きめの魔法陣を描く。そして呪文を唱えると、その場所に直径30カニーム(90メートル)、深さ半カニーム(1.5メートル)ほどの穴が開いた。穴の内部は焼き固められたようになっている。底にはいくつかの小さな穴が開いていた。


「これは?」

「空中菜園の土台、だな。植木鉢みたいなもんだ」


 ベルトランは懐から出した設計図を示しながら言う。彼は植木鉢と称した土台部分の近くに大きめの魔法陣を描いた。


「ナスカトエサディム、曲がった煉瓦、イニローディジェーミ!」


 魔法陣が発光すると、地中から緩やかに湾曲した煉瓦が浮かび上がってきた。

 煉瓦と言っても、道に敷くような小さなものではなく、長さは約2カニーム(6メートル)、高さと幅が1カニーム(3メートル)はある巨大なものだった。

 それが一つ出来て魔法陣から浮かび上がると、緩やかに動いて穴の底へと降りていく。かと思えば、魔法陣からは先ほどと同じものが再び生じていた。そちらの煉瓦も同じように穴の縁に沿うように底へと移動していった。

 煉瓦は連なるように隙間なく並び、穴の底で緩やかな円を作った。それを確認したベルトランは杖を振るってモルタルを作り上げると、煉瓦の隙間へと一瞬で塗りこんだ。そしてその上に二段目の煉瓦が下りてゆく。


「ほんっと、魔法使いって便利ね」

「大工の息子と縁が深くてね」


 ベルトランは涼しい顔で嘯いた。


 そうしてあっという間に煉瓦の塔は4カニーム(12メートル)ほどの高さになった。

 下から見上げると、かなりの迫力がある。


「あとは乾いてから土を入れたら空中菜園試験場第一号の完成だな」

「試験場?」


 聞き慣れない言葉に、ゴルネサーが首を傾げた。

 ベルトランは解説する。


「植物なんかを育てる時には、すでに育て方が確立されてたら大丈夫なんだが、失敗する可能性もあるだろう? だから条件を変えて何か所かで試しに育ててみることにするんだ。植木鉢、地面、温室、色々とな」


 彼の言葉にゴルネサーが不思議そうな顔をした。


「でも、さっきの紙に説明が描いてあったじゃない」

「そうだな。もちろんあれを基本にするさ。でもここは実験室でもミルージュでもない。全滅の危険を避けるためにも、保険は必要だろう。まだ分かってないことも多い」


 無知は罪だ。そして無知は恐怖であり、容易に死の引き金となりうる。

 ベルトランの真剣な言葉に、ゴルネサーはふうんと小さく呟いただけだった。


「それで、土はどうするの? 砂丘はなくなってしまったようだけど」


 ゴルネサーが周囲を見渡して言う。


 ベルトランが煉瓦を作るために砂を固めたため、砂丘だったところはすっかに平らになっていた。


「本当なら何種類か試したいんだが、あまり離れると他の魔法使いと領域がかぶるからな。とりあえずは砂を魔法でもってきて入れるつもりだ」

「……食べ物作るんじゃないの?」

「ここはマジックプラントを植える。食べ物は別の場所につくる」

「植物は一朝一夕で育たないわよ」

「分かってる。ま、節約していくさ」


 ベルトランは肩をすくめた。



 さて、モルタルが固まるまでの間、ベルトランは空飛ぶ絨毯であちこちを回り、手頃なサイズの岩を見つくろっていた。巨大な植木鉢の底に入れるためである。

 岩の多くは砂に埋もれて見えなくなっていたが、砂丘が移動したために現れた岩もあったため、必要量のはすぐに見つかった。

 それらを魔法で運ぶと植木鉢の底に下ろした。側面がしっかりと固まるまで時間がかかるため、半日は砂を入れるのを待たなければならない。


 その間ベルトランは拠点へ戻ると、部屋の中で魔法陣を描き始めた。

 ゴルネサーが無言で見守る中、魔法陣からはひと抱えある苗床が出てきた。ふかふかとした土も入っている。

 ベルトランはそれを浄化紗越しに日の差してくる窓際に置いた。今朝ゴルネサーが座っていた場所である。


 彼は苗床に用意していた植物の種を植えて土をかぶせると、ルトの壺から湧いた水を魔法を使って丁寧に撒いた。

 さらにもう一つ同じものを作ると、マジカルプラントの種を同様に植えて水を与える。


「……土を作れるんなら、最初っからそうしなさいよ」


 ゴルネサーが言う。しかしベルトランは肩をすくめた。


「外で作ったところで風の中に交じる毒素に汚染されるだけだ。まあ、外の砂だけじゃ発芽も無理そうなら何らかの対策はするつもりだが、ティアディアラの全土を覆い尽くすほどの量は難しいからな」


 飄々と言ってのけるベルトランを、ゴルネサーは疑わしげな眼で見つめた。


「もしかして、あんたって水もつくりだせたりするの?」

「できないことはないが」

「だったら――」


 ゴルネサーが非難の言葉を口にするよりも早く、ベルトランは理由を告げる。


「井戸はともかく、魔法は俺が死んだら使えなくなるだろ」


 ゴルネサーは口をつぐんだ。


「俺じゃなきゃ出来ない仕組みなんて糞食らえだ。俺が死んだら全部が立ち行かなくなるなんて、そんなもんは再生でもなんでもない。手間の大小は別として、誰でも持続できる方法じゃなきゃ意味がない」


 俺ぐらいの魔力持ちなんて滅多にいないしな、とベルトランは呟く。


「お嬢さんは魔法は得意か?」


 休憩することにしたのか、ベルトランが煙草に火をつけながら尋ねる。ゴルネサーは無言で否定した。ベルトランは頷く。


「それが問題なんだよ。魔力を持ってる人間は少なからずいるが、魔法を使える人間は少ない。そもそも魔法をまともに使おうと思ったら何年も勉強して練習しなけりゃならん。で、理論を会得したところで、魔力の量は個人差が大きいから限界なんてすぐに見える。よしんば俺みたいな実力のある魔法使いがいたとしても、今後わざわざここに来て尽力するって保証もない」


 実際、彼に近い年代でまあまあの実力がある魔法使いなどはティアディアラへは絶対に行かないと宣言していた。ミルージュにいれば重宝されるし待遇も良いのだから当然だ。


「俺が生きてる間には一般人でもある程度入れるようにするつもりだが……まあ、そういうことだ」


 人間の寿命は長くて百年。日々毒に中てられたらもっと短くなるだろう。ティアディアラを完全に再生させるまでベルトランが生きているという保証はない。

 とすると、今後は魔法使いの流刑地になるだろうこのティアディアラは、魔法使いたちの行動が功を奏して毒素が薄まれば貧民層の人間も開拓者として放り込まれるだろう。一度上がそう決定してしまえば、発言力が弱く貧しい彼らに選択の余地があるとは思えない。

 魔法は知識が物を言う。体系的な教育を受けられない層では、まともに使える人間は皆無と見ていい。

 ならば、そんな彼らでも運営できる仕組みを作るのがベルトランの使命でもある。


「あなたは猪突猛進の考えなしだとばっかり思ってたわ」


 ゴルネサーが珍しく感心したように言った。ベルトランは少しだけ眉を上げると紫煙を吐き出すのだった。

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