前世を思い出した辺境伯令嬢、没落回避のため弟の恋を後押しします!
「私、ロイド様とは結婚できません!」
そのセリフを耳にした瞬間、ここが前世で読んだ小説「虐げられた王女は隣国で花開く」の世界だと気付いた。今のはヒロインの事情を知らずに求婚した辺境伯家の令息が、彼女に拒絶される際のセリフだ。物語の中でも序盤の序盤である。
「はぁ!?なんだよ、ライラのくせに生意気な――」
「ハイちょっとごめんなさいね!ていっ!」
「クローディア様!?」
「ライラ、悪いのだけど愚弟から言われたことは一旦忘れてくれる?この無礼者は性根を叩き直してから再戦させるわ。首を洗って待っていてちょうだい」
「は、はい……クローディア様がそうおっしゃるなら……再戦?」
愚弟に手刀を叩き込んだ私は、辺境伯家を救うために動き出した。
◇◇◇
ライラ・ピトー子爵令嬢の正体は、4歳の頃に誘拐されそのまま行方知れずとなっているこの国の第一王女だ。
母親は異国の踊り子で、側妃ながらその美貌で王の寵愛を一身に受けたが、ライラが幼い頃に亡くなっている。そして、この踊り子が実は大きな力を有した聖女だったことで、ライラはただでさえ不安定な立場を一層危うくした。
(後ろ盾のないライラは、王妃の差し金であっさり誘拐された。けど、その直後に運よくピトー子爵に保護されたのよね。そしてピトー子爵家は、我がシールド辺境伯家の分家ときた)
「ロイド、あなたライラに本気なの?」
「おっ、俺が誰を好きかなんて、姉上には関係な――」
「あら、上官にそんな口をきいていいと思っているのかしら」
「すみませんでした隊長!!!!!」
「罰としてスクワット200回!」
「ひぇっ、は、はいっ……!」
我がシールド辺境伯家は、国防の要だ。
この家に生まれた子供は、幼いころから領地のため、ひいては国のために魔物討伐に明け暮れて、王都の学園に通う16歳になる頃には男女問わず立派な脳筋に育つ。現在15歳の愚弟も例にもれず、女性の口説き方なんてまるでわかっちゃいない。23歳にして婚約者すらいない私もそこは苦手分野なので、偉そうなことは言えないが……。
(いわゆる当て馬キャラなのよね、ロイドは。侯爵家と同等の力を持つ辺境伯家の長男で、ただの脳筋と見せ掛けて案外ハイスペ。だけどプライドが高くて、素直に求婚なんかできやしない。偉そうに上から目線で『お前みたいな田舎娘、誰からも見向きされねぇだろ。ま、俺が嫁にもらってやってもいいけど?』って、荒くれ者が活躍する男児向けの物語本を参考にしてマイナス5億点な台詞を吐いた結果、あっさりフラれる……ダサすぎるわ)
完璧なフォームで既に100回のスクワットをこなした愚弟は、根は悪い子ではない。ちょっぴり反抗期だけど、家族としての私にはともかく、上官の私には対しては従順で訓練にも熱心に取り組んでいる。騎士団に所属する同年代の中では一番優秀で、仕事に私情を持ち込まない分別もちゃんとついている。ライラへの告白も、言い方を間違えなければあそこまでばっさり切り捨てられることはない、はずだ。
(というか、そうなってくれないと困るのよね)
愚弟はライラの出自を知らない。現時点で知っているのは、彼女の義両親のピトー子爵夫妻と、我が父シールド辺境伯と、父が懇意にしている宰相だけだ。実父である国王陛下にすら、ライラがここにいることはまだ知らされていない。正妃に見付かってしまえば暗殺の恐れがあるため、安全に王室に戻れる目途が立つまでは匿おうと、ピトー子爵が父と宰相に相談して決めたからだ。
だが、小説では王にライラの存在を秘匿していたこと災いして、父は地位を剥奪されてしまう。
(王都の学園に遊学中の、イケメンかつ内面も魅力的な隣国の王太子殿下といい仲なったライラを見たロイドが「俺のことは手酷く振ったくせに!」って逆上して、二人を傷つけてしまうのよね。隣国の王族に手を出しただけでも重罪なのに、知らなかったとはいえ自国の王女まで傷つけたロイドは、家ごと罰される)
「た、隊長、200回おわ――」
「ちょっと今話しかけないでくれる?そのまま続けてなさい!」
「はひっ!」
そういった経緯から、シールド辺境伯家は領地を没収されてその地位を失う。そこから先は書かれていなかったけど、序盤に出てくる当て馬モブなんてロクな末路じゃないだろう。
だけど、国防の要である我が家がその任を解かれたことで、この国には危機が訪れる。
(父が辺境伯じゃなくなったら、他国との関係により緊張感が増す。それに、小説で示唆されていた”大厄災”の訪れも近い――)
「クローディア団長、思案中にすみません。そろそろロイド坊ちゃんを止めても?」
「へ?」
いつの間にか詰所にやってきた副官ウィルフレッドの呼びかけに顔を上げると、限界を超えたスクワットをこなした続けた結果、砂のような顔色になったロイドがいた。虫の息なのにかろうじて動きは止まっていない。
「好きな子にまともな告白もできないクセに、こういうところは真面目よねぇ」
「はは、手厳しい姉君だ」
「仕方ないわねぇ。ウィル、ロイドはなんとかしておいてちょうだい。それから、一時間後に団長室……いいえ、屋敷の私室まで来てくれるかしら」
「私室に、ですか?」
「えぇ。誰も連れず、一人で来るのよ。いいわね?」
「わかりました、必ず伺います」
こういうことは、一人で考え込んでも仕方がない。なんせ圧倒的に苦手分野なのだ。ということで、私が団長を務めるシールド辺境伯第二騎士団の頭脳と名高いウィルフレッド副団長の力を借りると決めた。
そう、今こそ彼のような人材が必要なのだ。
◇◇◇
「ピトー子爵令嬢とロイド坊ちゃんを、ですか?」
「えぇ。あの愚弟ってばまともな告白一つ出来ないものだから、あっさりフラれてしまったのだけど……」
「あぁ……最近、なんかちょっと尖ってますしね。坊ちゃん」
「でも、私としてはできれば二人を結婚させたいの。だから、ウィルの力を貸してちょうだい」
辺境伯家の、ひいてはこの国のためには、ヒロインであるライラを隣国に行かせずこの国に留めるのがベストだ。小説はまだ続刊中で結末まで読めなかったけど、この国に聖女にしか祓えないとされている”大厄災”の訪れが予告されていた。それなのに、聖女の血を引くライラは隣国の王太子と結ばれてそちらに渡ってしまう。その上隣国でも彼女は困難な目に遭うため、この国で幸せになれるならそれに越したことはない、と私は思う。
(ライラは隣国に行けばここの正妃の魔の手からは逃れられるけど、あちらでも結構な苦労が待ち受けているのよね)
隣国で花開くというタイトルなのに、そこにたどり着くまでが長いのだ。
王太子の婚約者として受け入れられるはずが、彼には既に公爵令嬢の婚約者がいた。それが原因で取り巻きの令嬢たちから虐められ、王太子の母親である王妃からも存在を無視される。苦難を乗り越えて幸せを掴んでこそ話が盛り上がるというのはわかるけど、私がここにいる以上は物語じゃなく、全て現実の出来事だ。盛り上がりより身内の幸せが優先に決まっている。
(私は領地を守りたい。だから、ライラにはここにいて欲しい。彼女の運命を捻じ曲げてしまうかもしれないけど、だからこそ、この国で幸せになれる道筋は用意してみせる!)
ということで、ロイドを徹底的に鍛え上げると決意した。ロイドには隣国の王太子以上にライラを愛して、守り、幸せにしてもらう。それに、ライラが身分を明かすことになった際にあらゆる危険から身を守れるよう、辺境伯家の総力を結集して彼女を保護する。その為には、正式に家族になってもらうのが一番だ。
「俺の力なんて、必要でしょうか?坊ちゃんは精神的にはまだ未熟なところがおありですけど、同年代と比べたら相当鍛えている方でしょう。団長もいますし、俺の出る幕なんてありませんよ」
「だからウィルには、私じゃ……いえ、私達家族じゃ鍛えられない面を鍛えて欲しいの」
「と、言いますと?」
「男として、内面を鍛えるのよ!」
繰り返しになるが、我が家はとっても脳筋一族だ。現辺境伯の父は言わずもがな、伯爵家出身で元宮廷魔術師団員の母も、その実力(武力ともいう)を見込まれて我が家に嫁いできただけあって、男女の機微には疎い。うちの両親は似た者同士だからこそ上手く行った夫婦だし、私にとっては理想の夫婦像そのものだけど、ロイドとライラでああはいくまい。要するに参考にならないし助言も出来ない。
「ウィルは、学生の頃から凄くモテてたわよね。ニーナもシエラもナタリーも、皆あなたの事が好きだったもの」
「そんなことはありませんよ。現に、今もまだ独り身で婚約すらしていません」
「あら、まだ23よ。それにウィルの立場なら、慌てて婚約者を決める必要もないでしょう」
「三男ですからね。両親からも急かされてないので、確かにそうですが」
「第一、あなたはとっても素敵なんだから。ロイドと違って、その気になればいつだって結婚出来るから、焦る必要なんて皆無じゃない」
「そんなこと、まったくないんですけどねぇ」
手入れの行き届いた金の長髪に、燃えるような赤い瞳の色男。それがウィルだ。余談だが、銀髪碧眼の私と並ぶとバランスが良いため、第二騎士団は「金銀騎士団」の異名を持つ。センスが微妙なのは脳筋な団員たちが付けたからだ。
ウィル自身は謙遜しているけど、男女問わず優しくてどんなことでも平均以上にこなす彼は、非常にモテる。貴族学園で同窓だった上、騎士コースでペアを組んでいた私は、そのことをよく知っている。ロイドの教育係として、これほど相応しい人材はいない。
「少なくとも、シールド辺境伯家には無いものがあなたに備わっているのは間違いないの。それを愚弟に伝授してやってくれない?」
「団長の頼みであれば、勿論引き受けますが……一つ聞いても?」
「なにかしら?」
「これは、団長から副官への命令ですか?それとも、クローディアから俺へのお願い?」
思いがけない質問に、キョトンとしてしまう。それに不意打ちでクローディアと呼ばれて、なんだか気恥ずかしくなってきた。
「た、たしかに、業務の一環とは言えないわね。私室にまで呼びつけてしまったもの。個人的なお願いになるから、なにかお礼もするわ」
「わかったよ、クローディア。じゃあ、これは二人だけの秘密だ」
「そうね、それがいいわ。他の団員に示しがつかないし、なによりライラに知られたら警戒されそうだものね」
話し合いの末、ウィルには早速明日からロイドを鍛えてもらうことになった。上官命令にするとロイドは固くなりすぎるし、姉からの命令となれば反抗的になるに違いないので、私の影を感じさせないようさり気なく鍛えることを提案してくれたウィルを拝み倒した。日頃からすっかり頼りにしているけど、業務外でもなんて頼もしい副官なのだろう。
「この件についての報告は、今日みたいに私室を訪ねてもいい?仕事中に話すわけにはいかないからさ」
「ウィルの言う通りね!時間を作るようにするから、週に2,3回くらい状況を報せてちょうだい」
「必ず、クローディアの期待に応えてみせるよ。安心して待ってて」
自信たっぷりに告げるウィルは、やっぱり色男だなぁと感じ入った。
◇◇◇
「クローディア様、お茶をお持ちしました」
「あら、ライラ?」
私室のドアをノックしたのは、ライラだった。普段は私付きのエマが来るのに珍しい。こうして顔を合わせるのはあの日以来、二週間ぶりだ。
「はい、エマさんに代わってもらいました。クローディア様とお話がしたくて……」
ウィルとの約束の時間までまだ少し余裕があるし、なんといってもライラの話が気になる。私の向かいに座るよう促し、彼女が口を開くのを待つ。
「クローディア様は、その、ロイド様に何かお話をされたのでしょうか?」
「何かって、なにかしら?まさかあの子、またライラにやらかしたんじゃ……」
「いえ違います!むしろその逆といいますか、なんというか、以前よりお優しいといいますか」
そう言ったライラの頬が、ほんのり色づいた。この短期間で早くもウィルの教えが効いているようで、ロイドからの求婚(とも言えない稚拙なものであったが)をすげなく断ったときから随分と好感度が上がったように見える。
「あぁ、悪い話じゃないなら安心したわ。では改めて聞くけど、あの子、ライラの結婚相手にどうかしら?」
「くっ、クローディア様っ!ご冗談を……!」
「ご冗談とは心外ね。再戦させるって言ったじゃない」
「……ロイド様は、王家からの信頼も厚い辺境伯家のご子息で、少し乱暴なところもおありですが、根は真面目でとてもお強くて逞しく、素敵な方です。私なんかじゃとても釣り合いません……」
「何を言ってるのよ。分家のピトー子爵家と我が家が縁付くのは、まったくおかしなことじゃないわ」
勿論、ライラが言いたいのはそういうことじゃないとわかっている。
(この子は、自分の身に流れている血の半分が異国の平民のものだと知っていて、それを引け目に思っている。平民とはいえ聖女だから、貴族より余程尊いとされるものだけど。そこまではまだライラ自身は知らないのよね)
小説では、母親がただの異国の踊り子ではなく、実は聖女だったという事実をライラが知るのは学園入学後だ。今目の前にいるライラはまだ入学前で、王都に上がる前に我が家で行儀見習いをしているのだ。来年になればロイドと共に王都の学園に入学する。それまでに二人をくっつけたい。
「もしかしてライラは、学園で素敵な方と出会って自由な恋愛をしたいと思っているのかしら?だとしたら、今ロイドに心を決めたくない気持ちはわかるわ」
「いいえ、そういうわけではないのです。クローディア様にはお話ししますが、私は、どなたとも結婚するつもりはありません。ロイド様がどうというわけではないのです」
「なら、まだロイドにも望みはあるわね」
「ど、どうしてそうなるのですか!?」
「だってあなた、ロイド自身が嫌なわけじゃないのでしょう?」
私は立ち上がり、ライラに近付いて耳元でそっと囁く。
「辺境伯家の人間はね、壁は高い方が燃えるタチなのよ。愚弟はまだまだ未熟だけど、ライラに袖にされればされる程燃え上がるように違いないわ。だから、覚悟していてちょうだい?」
「ひゃっ……!」
「団長、坊ちゃんを差し置いてあなたがライラ嬢を誑し込まないでください。坊ちゃんの勝ち目がなくなるでしょう」
「あら、ウィル。もう時間?」
時計を見たところ、約束より少し早く来てくれたようだ。そして、街で人気の焼き菓子店の袋を2つ持っているのが見える。
「ウィルフレッド副団長、お邪魔してしまってすみません。クローディア様、お時間をいただきありがとうございました。私はこれで……」
「ライラ嬢、よかったらこれ。侍女のみんなで分けてね」
大きい方の袋をライラに差し出すウィル。
「わぁ、グラン亭のクッキーですね!ありがとうございます!」
思い返せばウィルは、前回ここに来た時もエマに差し入れを渡していた。ごく自然にこういう振る舞いが出来るところが流石である。
「クローディア、ライラ嬢と何を話してたの?」
ライラが去ったら、ウィルの敬語が崩れた。ここからは団長と副団長じゃなくて、クローディアとウィルフレッドとしての時間だ。
「ウィルの手腕に感動してたところよ。ロイド、かなりいい感じみたいね!一体どんな手を使ったの?」
「うーん、特別なことはなにもしてないよ。物語本を参考にするんじゃなくて、見栄も意地も張らずに素直な気持ちで接した方が、相手は心を開いてくれるって教えただけだ」
「そうは言うけど、あれぐらいの年頃の男子に素直になれって、難しいでしょ」
「ロイド坊ちゃんは根が素直だし、上位者の言葉を無下にする性格じゃないから」
そこがいいところだよね、とウィルは言う。騎士団では、入隊直後に上下関係を徹底的にたたき込むので、その点でもウィルはロイドの教師役として適任だ。厳しく接しなくても、ロイドは自然とウィルの言うことを聞き入れることができるから。
「坊ちゃんは一度フラれてるから、次失敗すればもうチャンスはないってちゃんとわかってる。だから、かなり必死になってるよ」
「学園に通い始めたら、自分よりいい男なんてゴロゴロいるってわかってるでしょうしね。だからって焦ってあんな言い方して、ホント愚かなんだから」
「俺は坊ちゃんの気持ちも、ちょっとわかるよ」
「ウィルが?」
このモテ男がこんなことを言うなんて、意外すぎる。異性との接し方を誤ったことなんてないだろうに。
「早く自分のモノにしたい、彼女の心が欲しい……そういう気持ちなら、俺にもあるからね」
「なら、手に入れたらいいじゃないの」
「簡単じゃないからさ。もし玉砕したら、今向けられている純粋な好意すら失われたらと思うと、なかなか踏み出せない。言い方はマズかったとはいえ、ライラ嬢の心を手に入れようと行動を起こした坊ちゃんは、大したものだと思う」
これが愚弟の発言だったら「グズグズしてないで踏み出せ!手に入れてこい!」と叱咤するところだけど、愁いを帯びたウィルが言うと何とも様になっている。いい男は得だ。
「ウィル、あなたなら大丈夫よ。団長の言葉を信じなさい」
「……うん。俺はいつだって、君を信じてる」
そう言って私たちは、いつものように拳を合わせた。
◇◇◇
「わ、私、ロイド様とは……」
「ライラ、そこから先は君の気持ちだけを聞かせて欲しい。その上で俺とは添えないというなら、ここで潔く身を引こう。だが、もし何か理由があるのなら、どうか聞かせてくれないか?」
「いいえ……言ってしまえば、あなたを私の事情に巻き込んでしまいます」
「望むところだ。惚れた女の困難を解決する誉れを、どうか俺に与えて欲しい」
「ロイド様……!」
ライラと話してから約二か月後。ついにロイドが打って出るとウィルから知らされたため、彼と二人で見張り塔からその様子をコッソリ見守っている。
(これがあの愚弟?進化がすごいじゃない!)
そう思ったのは私だけじゃないようで、ロイドの告白を何の躊躇いもなく即お断りしていたライラが、泣きながらロイドの胸に飛び込んでいるではないか。
「ウィルってば、本当に、どんな手を使ったのよ……!」
畏敬の念を抱きながら隣のウィルの方を向くと、教え子の様子を温かく見守っているのが見えた。
「毎回の報告通りだよ?特別なことはしてないって」
「そうかしら。愚弟だけじゃなくて、あの子の変わりようを見た他の団員もあなたの教えを乞うているって聞いたわよ。第一の方からも騎士が訪ねてきたって噂になっているわ」
武骨で無口な第一騎士団の副団長までウィルの元を訪れたと聞いて、心の底から驚いた。団員の紳士力と既婚率が上がるに違いないと、辺境伯夫人である母が大喜びだった。
「クローディア、坊ちゃんたちはもう大丈夫そうだ。ほら、見て」
ウィルに促されて二人の方を見ると、へたり込んだロイドの手を取って引っ張り上げているライラが見えた。想いが通じ合って気が抜けたのだろう。進化はしたものの、なんだかカッコがつかない愚弟に少し呆れた。
「あの子ってば、まったくもう……」
「これからあの二人は、ああやって支え合っていくんだね。先が楽しみだ」
「……そうね。ウィルってばほんと、いいこと言うわね」
「お褒めにあずかり光栄です」
そう言っていたずらっぽく笑うウィルを見て、いい男だなぁと心底思う。もう、こう思うのも何度目だろう。
騎士としての実力は申し分なく、いつも冷静で周囲をよく見ていて、私の足りないところを補ってくれる、まさに右腕。
学生時代、彼がペアを組んでくれたお陰で私も優秀な成績をおさめることができたし、思い切って勧誘したら二つ返事でうちの騎士団にも入団してくれて、その上愚弟の教育まで付き合ってくれた。感謝しかない。
「よーし!今夜は飲みに行くわよ!お礼も兼ねて私のおごりだから、じゃんじゃん飲んでちょうだい!!」
「クローディア」
外に向かおうとしたところ、いつになく真剣なまなざしのウィルに呼び止められる。
「ウィル?どうしたの?」
「俺も、勇気を出すことにした」
そう言うとウィルは、私の手を取って跪いた。
「君が好きだ、クローディア。学園で出会ったあの頃からずっと、君だけを見てきた。俺と結婚して欲しい」
「…………へっ?」
「領地のため、領民のために戦い続ける君を傍で支えたくてここまでやってきた。これからは副官としてだけじゃなく、夫として君を支える立場になりたいんだ。どうか、俺の手を取ってくれないか?」
「ど、どど、どういうこと……!?」
急展開についていけない私に、ウィルは畳みかけてくる。
「ウィルなら大丈夫だって、言ってくれたよね。背中を押してくれてありがとう」
そう言った彼は、今まで見てきた中で一番いい笑顔をしていた。
◇◇◇
学園でクローディアと出会って、あっという間に彼女に堕ちた。
その頃のシールド辺境伯領は、隣国の辺境伯家によるやらかしで、境界の森の生態系が崩れ魔獣の大量発生に悩まされていた。
愛情深く責任感が強いクローディアは、次期領主として領地を支えるべく、学園で必死に学び、脇目も振らず全力で己を鍛え、短い休みでも必ず領地に戻り魔獣討伐に参加していた。その強さは騎士コースでぶっちぎりで、誰もが彼女に一目置いていた。
『ウィルフレッド・メイヤー。貴方の頭脳を見込んでお願いがあるの!』
メイヤー伯爵家三男の俺は、卒業後は王国騎士団に入団するつもりで騎士コースを選び、そこでクローディアに声を掛けられた。座学の成績がよかったことから、実技は抜群でも座学を非常に苦手としていた彼女に乞われ、ペアを組むことになったのが始まりだ。
いつだってまっすぐ前を見据えるその横顔が眩しくて、ずっと見つめていたくて、彼女と共に在れるよう座学だけじゃなく実技も本気で鍛えた。その甲斐あって、卒業前にクローディア直々に辺境伯騎士団にスカウトしてもらい、脳筋気味な彼女の苦手分野を補えるよう戦術を重点的に学び、今や自他共に認める彼女の右腕だ。
彼女がもっとも大切にしている辺境伯領が落ち着くまでは、心を乱すようなことはしないと己に誓っていた。数年が経過し魔獣の被害も落ち着き、第二騎士団の実力も辺境伯率いる第一騎士団と遜色ないレベルに達しつつある。
ここまでくれば、あとは彼女の心を手に入れるだけだが、そのだけがどれほどの困難か。そもそも、彼女が恋愛沙汰を自分事として捉えているのを見たことがない。
そんなことを考えていた矢先に、当の本人から「愚弟の恋愛指南役」を任されるという、またとないチャンスがおとずれた。俺としても、ロイド坊ちゃんのライラ嬢への不器用なアプローチの仕方はどうかと思っていたので、そういった意味でも幸運だった。 ロイド坊ちゃんのことを報告するという口実で、第二騎士団の団長と副団長としてじゃない、ただのウィルとクローディアとしての時間を作ることが出来た。
(辺境伯夫妻からも、求婚の許可はとうに得ていた。あまり外堀を埋めるようなことはしたくないけど、縁談を断ってもらう必要があったからな……)
長子相続の法があるこの国では、クローディアが次期辺境伯だ。魔獣の被害が相次いでいる頃には縁談なんて全くなかったのに、落ち着いてきた今頃になってあちこちから釣書が届いている。
「クローディアのことをよく知りもしない、辺境伯の配偶者という立場目当ての男になんて、彼女は渡さない」
決意を新たに、彼女の元へ向かった。
◇◇◇
ロイドがライラと結ばれたことと、ウィルに求婚されたことを両親に報告したら、後者の報告についての母の反応が激しかった。
「私のことはいいじゃないですか、お母様。ロイドの思春期っぷりに手を焼いていたでしょう。息子に素敵な恋人が出来て嬉しくないんですか?」
「嬉しいに決まっているわよ!相手はピトー子爵家のライラでしょう?彼女の真面目で控えめなところは、我が家に無い気質だからかなり好ましいと思っているわ。でもね、それ以上にクローディア!私の一番の悩みのタネはあなたよ!!」
「そうなんですか?縁談話一つされたことなかったので、お母様は私の結婚に興味がないものかと」
「あなたって子は……!10代の頃からまっっったく恋愛に興味を持たない様子を見て、母がどれだけ気を揉んだと思っているの!!どんな異性からのお誘いも、その意図に気付いたことなんて一度もないでしょう!?」
「えっ、私にその手のアプローチがあったことがあるんですか!?なんでお母様が知っていて私が知らないんですか……!?」
「ほらアナタ、聞きました!?私の言った通り、この子ってば何一つ気付いていなかったわ!!」
「落ち着きなさい、エリューシア……」
荒ぶる母をなだめつつ、己の知らない事実に驚く私に向き直る父。思えば父と騎士団のこと以外について話すのは、随分久しぶりな気がする。
「あー、クローディア。父さんはお前に心から感謝しているし、どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だと思っている。だがなぁ、そんなお前が『自分は異性からモテない』と端から思い込んでいるのが、申し訳なくてな……デビュタントすらしてやれなかったからなぁ」
「もう、気にしないでくださいって言ったでしょう。学園の卒業パーティーでそれらしいことはしましたし、幸いこうやって求婚者だって現れたので、なんの問題もありませんよ」
「問題ないわけないでしょうがっ!!!メイヤー副団長がどれだけ慎重にタイミングを計ってくれたとおもムグッ」
「エリューシア、そのくらいにしておきなさい。クローディアも、こちらはもういいから。早くメイヤー副団長に返事をしてあげなさい。私達は大賛成だけど、一番大事なのはお前の気持ちなのだから」
辺境伯としてじゃない、父親としての言葉を貰って、胸が温かくなった。感謝の言葉を告げて部屋を出て、これからのことに思いを馳せる。
「……ウィルの好きな人って、私だったんだなぁ」
断片的に思い出した前世でも、恋愛経験はほぼ無い。そもそも中学から大学まで女子校で、勤め先も女性ばかりの職場だった。今は男性だらけの騎士団で団長職に就いているけど、彼らを異性として意識したことは皆無だ。
だけど、ウィルだけは別だ。彼だけはずっと、私の特別な相棒だ。
(ウィルは、領内で素敵な奥さんを捕まえてずっとここにいてくれたらいいなと思ってた。そっか、それが私でも、いいんだ……素敵かどうかはわからないけど)
彼と夫婦になった姿を想像すると、悪くない……いや、とても良いんじゃないかと思えた。
「クローディア、待ってたよ」
心配だったライラのことはなんとかなりそうだけど、ここから先は小説と違う展開になるだろう。そうなったときにウィルが夫として傍にいてくれたら、これほど心強いことはない。
「えっと、ウィル、返事待ち……ってことでいいのよね」
「うん。聞かせてくれる?」
ウィルなら大丈夫だと太鼓判を押したのは、他ならぬ私だ。そして、その言葉に嘘偽りはない。没落回避のその先の未来は、ウィルと共に見たい。
「えぇ。私も、あなたのこと――」
弟の恋を応援する姉を書こうと思ったら、こんな感じになりました。美貌の堅物騎士団長と見事添い遂げたウィルフレッドの恋愛指南塾(もとい、紳士になろう講座)は今後も続いていくでしょう。お読みいただきありがとうございました!




