終電の七夕
終電の七夕
七月七日。
午後十時四十分。
『天の川の特等席』には、夜風が似合う時間だった。
窓際の席に、一人の女性が座っている。
テーブルにはアイスコーヒー。
氷はほとんど溶けていた。
彼女は何度も時計を見る。
スマートフォンを見る。
駅のホームが見える窓を見る。
そして、ため息をつく。
マスターは何も聞かない。
静かに新しい水を置くだけだった。
「ありがとうございます。」
女性は小さく頭を下げる。
「毎年、この日だけなんです。」
ぽつりと呟く。
「私たちが会えるの。」
マスターは微笑む。
「遠距離ですか。」
「はい。」
仕事の都合で。
住む町が離れた。
真ん中にあるこの駅で。
年に一度。
七夕だけは会おう。
そう約束した。
だから毎年。
この店で待ち合わせをする。
店内の時計が十時五十分を指す。
彼から連絡はない。
十一時。
駅の発車ベルが遠くで鳴る。
女性は笑ってみせた。
「今年は……無理みたいですね。」
寂しそうな声だった。
マスターは窓の外を見る。
「終電は、十一時十二分です。」
女性も時計を見る。
「あと少し。」
そう言って。
また窓を見る。
その時だった。
カラン。
店のベルが勢いよく鳴る。
「ごめん!」
息を切らした男性が飛び込んできた。
シャツは汗で濡れ。
肩で息をしている。
「間に合った……?」
女性は立ち上がる。
「もう。」
そう言ったきり。
笑ってしまった。
「仕事?」
「うん。」
「今日に限ってトラブル。」
「連絡もできなかった。」
男性は申し訳なさそうに頭を下げる。
女性は首を振る。
「来てくれたから。」
それだけで十分だった。
マスターは二人の前に紙カップを置く。
「よろしければ。」
「持っていってください。」
二人は顔を見合わせる。
「ありがとうございます。」
紙カップを手に。
二人は駅へ駆け出した。
ベルが鳴る。
ホームへ滑り込む終電。
間一髪だった。
列車に乗り込む前。
女性が振り返る。
喫茶店の窓には。
マスターが静かに立っていた。
小さく会釈をする。
女性も笑顔で頭を下げた。
列車がゆっくり動き出す。
窓際に並んで座る二人。
紙カップから立ちのぼる湯気。
「今年も会えたね。」
「うん。」
「来年も。」
男性は迷わず頷く。
「来年も、この店で。」
夜空には。
天の川が静かに流れていた。
その約束を。
見守るように。




