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短編集

魔王様が過労死しました

掲載日:2026/06/28

評価やブックマークをしてくれると嬉しいです。お願いします。


バズったら連載として無理やり続きを書きます。



「は? 魔王様が過労死した?」


 情報収集担当である分身の俺からそんな報告を受けた俺は、しばらく立ち尽くすことしかできなかった。


 約300年ほど魔王として君臨し続けた、あの歴代最強の魔王様が亡くなった。


 そうか、あの魔王様が亡くなったのか。


 魔族にしては珍しく穏やかで、誰にでも優しくて、それでも心の内には「魔界をもっとよくしたい」という燃えたぎるような思いを持つ、あの方がなあ……



 俺は魔王様とは数回ほど酒を飲み交わした仲だ。そこまで深い仲ではないが、それでも魔王様が亡くなった事実は、どこか半身が亡くなってしまったかのような気分だ。


 魔王様のことは嫌いじゃなかったんだけどなあ……


 あの方がもうこの世にいないという事実に、遅れて強い悲しみが満ちた。ようやく俺の全身が正しくその事実を受け入れ始めたのだろう。


「だから言ったんだ。お前はもっと部下を頼れと。確かにお前の統治する魔族領はなかなかよかったが、そんなんじゃいつか壊れるぞって」


 雲の上の存在である魔王様に向かってなんたる口の聞き方だろうか。しかも、あの時はお互いベロベロで「おみゃえはもっと部下に仕事をオロロロロ――」みたいな言い方しかしていないのにだ。

 

 でもまあ、ここは人間界の俺の拠点で、他に誰がいるわけでもないので許してほしい。


「にしても、過労死かあ。魔王様、ほんとに仕事量が多かったもんなあ」


 思わずため息が出たついでに、ぼんやりと思いつく限り魔王様がやっていたであろう仕事を挙げてみることにした。


・魔王城の維持

・ダンジョン経営

・魔界の法律の制定と治安維持

・優秀な魔族のスカウト

・インフラ整備や食料問題の解決

・勇者の動向のチェック

・領地経営

・強い魔物討伐

・反乱分子鎮圧

・人間界の悪徳貴族や闇の組織との裏取引や密輸

・人間界の情勢調査やスパイチームの派遣

・政治外交

・自身の戦闘訓練 などなど……


 やりすぎやりすぎ。そりゃあいくら丈夫な魔族でも過労死するわ。


 にしても、俺の前世の死に方と同じか。魔王様も俺のようにもう一度転生できればいいのだが……


「はぁー」


 っと、現実逃避はそろそろやめよう。


 魔王様が死んだということは、約一ヶ月後に「魔王選抜サバイバル」が始まるということだ。魔神様にある異空間に集められ、最後の一人になるまで戦い続ける。勝ち残った一人が次の魔王だ。


 魔族は野心家も多いことだし、激しい戦いになることは間違いない。実際前回は約200年もサバイバルが続いた。


「うーむ、今の生活とはおさらばか」


 とりあえずしばらくは今のように人間界で遊ぶことはできないのは確定だ。


 それに、次の魔王が決まるまで、魔神様によって魔界は隔離されるだろう。魔神様は人間界の女神と違い、基本的に放任主義なのだが、魔王を決める時のみこうやって力を使うのだ。



「くっそ、魔王様、そんなんで死ぬなよ。なんで過労死なんてするんだよ。俺は今の魔界がまあまあ好きだったんだぞ」


 つい前世の日本と比べてしまう俺にとっては最高とは断言できないが、人間界と比べれば相当いい治世だったとは断言できる。特に命の価値が軽いこの世界で、無為に弱者が虐げられなくなったのは確実に魔王様のおかげだろう。


 そんな魔王様の急死。


 魔王様が死んでも次の魔王が決まるまでは魔王様が敷いたルールは継続するとはいえ、血気盛んな魔族共がそんなルールを守るのかどうか。


 いや絶対守らないな、あいつら戦闘狂のバカだし。


 おそらく今頃、魔界の治安は終わり散らかしているだろう。


 さて、ほんとにどうしたものか……




◆◆◆


 

 人型の姿をとっている二歳の娘の頭を撫でながら、人間界の隠れ里に暮らす孤児達を集めた。


「てことで、俺とドラコは魔界に帰るわ。しばらく人間界には戻ってこられないから、この第一星蹴スタジアムはお前らに任せたぞ」


「「「「ええー!!!」」」」


 俺は人間界で拾い育ててきた子どもたちに向かってそう説明するが、予想通りブーイングの嵐が巻き起こった。


 コイツらは俺が衣食住を与え、「戦うなんて野蛮だからスポーツしろ」と、俺が星蹴――要は前世でいうサッカーを教えた子供達だ。


 異世界でもサッカーの持つポテンシャルはものすごく、俺が資金を惜しみなく使ったおかげもあり、人間の国で星蹴は大流行している。


 俺も最強の星蹴選手として君臨しているので、魔界よりも人間界での方が俺は有名だ。なにせ俺の異名である「黒き天使の女魔族」といえば、知らない者はいないからな。


 あっ、そうそう、俺はこんなでも女だ。俺が「俺」という一人称を使っているのは、ただの前世からの癖でしかない。今でこそ女性で生まれたが、俺の前世は人間の男だったせいで、俺には少々女性らしさが足りないのだ。


 

 まあとにかく、人類の敵である魔族なのにどうしてこうなったのかは俺もよく分からないが、俺は人間界ではスターなのである。


「仕方ないだろ、これから一ヶ月後には人間界と魔界をつなぐトンネルが全て閉じるし、次の魔王が決まるまでそこが開くことはないんだから」


「ねえヒスイはいつ帰ってくるの?」「もっと星蹴を教えてよ!」「けっ、お前とやっと離れられて清々するぜ!」「ヒスイのバカ。バカバカバカ」「ヒスイはいいけど、ドラコだけでも置いていかない?」


「おいお前ら、一気に話すな」


 俺は矢継ぎ早に話す愛しい子どもたちが落ち着くように、順番に頭を撫でていく。ただし清々すると言ったレオンと、娘だけ置いていけといったジャックにだけは耳を引っ張っておいた。


 俺の魔族イヤーはなんだって聞き取れるので、一気に話しかけられても聞き分けられるのだ。


 耳を引っ張ったのにも関わらず、二人はどこか嬉しそうに頬を赤らめた。コイツらもただの愛と母性を求める跳ねっ返り故にこう口にしただけで、俺に相手されるのは嬉しいのだろう。


 なにせ俺、コイツらの母としてかなり頑張ったし、そうじゃなくてもそもそも俺ってなかなかの美女だからな。特に魔族は人間にとって魅力的な見目をしているし、年上のお姉様に淡い憧れを持つことも仕方ないだろう。


「なあババア、ほんとに行っちゃうのか?」


「……ジャック? 誰がババアだって? 私はピッチピチの503歳だ! ババアじゃねえ!」


「痛い痛い痛い! 頭が割れる!!」


 俺はババアと言われることだけは許せないので、ジャックの頭をグリグリと締めた。


 世の中の女性のためにも、女性をババア扱いすると痛い目に遭うとしっかり身体で教える。


 こんな俺でも一応見た目には気を使っているのに、ババアはないだろ。女性は年齢関係なくいつまでも乙女なのだ――と、俺の妻も言っていた。


 妻の言う事は絶対なので、503歳だろうが俺はギャルなのだ。


「てことでソフィア、俺はいつここに帰ってこられるのか分からないから、今後のことは任せたぞ。俺はそうさせるつもりはないが、もしかしたら今生の別れとなるかもだからな」


「分かった」


 ソフィアには様々な生きる術を仕込んでいるので、任せておけば大丈夫だろう。なんならあいつ、俺より優秀な部分も多いし。


 そんなソフィアはみんなを集め、このように発言した。


「みんな、最後にヒスイを笑顔で送り出そう! ということで、全軍突撃!!!」


「「「わー!!!!!」」」


「はははっ、お前ら、ほんとに愛らしいなあ。あっ、ちょ、羽を引っ張るな!」


 俺は子ども達からなかなかの過激な歓迎を受けてもみくちゃにされながらも、自然と笑っていたのだった――



 ◆◆◆



 俺はキュイキュイと楽しそうに小さな龍の姿で俺の周りを飛ぶ娘を連れて魔界に帰り、大好きな妻――デュラの元へ戻る。


 デュラは美しい龍族の女性だ。俺が一目惚れし、死に物狂いで300年程修行し続け、同時に約80年間毎日アプローチし続けたおかげか、なんとかデュラの番の座を勝ち取ることができた。


 ここまで努力したのは、デュラが龍のお姫様だからだ。番になるには様々な厳しい条件をクリアしなければならなかったので、そうでもしなければ俺の初恋は叶わなかった。


 ちなみに魔界の歴史上、龍が龍以外と番になったのは俺が初めてだそうだ。


 というかそもそも魔族で同性同士が番になることすら初めてのことらしい。


 俺は地球のサラリーマンとして生き、数々のオタク知識を持って生まれてきた特殊な女魔族なので、多少変わっているのは仕方ないだろう。身体だけは女でも、心は少年なのだ。



 家に帰りながらも、ついでにそこらじゅうで暴動を起こしている気の早いバカ魔族を数々の分身体を用いて鎮圧していく。正直死ぬほどめんどくさいが、せめて俺達の家の近くくらいは平和でいてほしいので仕方ない。


 これから一ヶ月は分身体でパトロールしておこう。


「デュラ、ただいまー」


 自宅の扉を開けると、妻が気配を察知して迎えに来ていてくれた。彼女を一目見るだけで、俺の心に温かいものが満ちていく。


 相変わらずデュラはものすごく美しい。龍の姿はピンクダイヤモンドのようで美しいが、今の人型の姿はまさに可愛さを濃縮したような少女だ。


 いつも無表情で、無愛想に見えるかもしれないが、ただそれは感情を分かりやすく表に出すことが苦手なだけで、感受性が欠落している訳では無い。


 俺は彼女のためならば死ねるし、彼女がやれというのなら魔王にだってなれるだろう。


 そのくらい俺はデュラのことを熱く愛しているのだ。


「ヒスイ、おかえ………………へえ、ふぅん、そう」


「ん? どうしたんぶごあ!」


 突然、妻から顔がひしゃげるくらい強く殴られ、吹っ飛びながら意識が飛びそうになる。


 俺の妻は強い。金剛龍という種族はそもそもチート級に強いのに、俺がやっている魔族らしからぬコツコツとした毎日の修行まで毎回参加するので、もはや俺では手が付けられないほどの強さを持っている。


 その強さは、下手したら歴代最強と名高かった魔王様以上に強いのではと、俺は常々思うほどだ。


 実際約480年前に行われた“魔王選抜サバイバル”の時にはすでに魔王様に惜しくも破れるほどの実力があったので、今なお実力が伸び続けている妻は明らかに魔界で頭一つ抜けて最強だろう。


 そんな妻からかなり本気で殴られた俺は、たった一撃でHPが半分以上削られていた。


「言ったよね? 浮気は許さないって」


「ふぁ? うわうぃわんてふぃてふぁいぞ(は? 浮気なんてしてないぞ)」


 バチバチと視界に火花が散る中、賢明に言葉を紡ぐ。


「嘘。だってその首の後ろにキスマークがある。しかも、そのキスマークには、愛欲の濃い魔力の匂いが残っているけど」


「……は?」


 キスマーク……? はて、俺が愛する女はこの世で妻一人なので、そんなものがあるわけないのだが……


 あっ、まさか、ソフィアか? ソフィアが俺をもみくちゃにした時、しれっといたずらでこんなことをしたんだな。


「違うんだ聞いて――」


「問答無用」


 俺は言い訳をする暇もなく、妻にボッコボコにされた。


 痛いし辛いししんどいが、龍の愛は過激なので、こんなことは日常茶飯事だ。そんなことは分かった上で、俺はデュラを愛しているのだ。



 いつもなら大抵半刻ほど殴られれば落ち着いて俺の話を聞いてくれるのだが、今日のデュラの様子はいつもと違った。


「もう限界。しばらくドラコを連れて、実家の里に帰らせてもらう」


(~~ッ!)


 俺は死に体になりながらも止めようとするが、もはやHPは風前の灯だったので、俺の身体も口もピクリとも動かなかったのだった。



 数時間後。なんとか回復して説得をしようにも、妻は龍族の里の奥に引きこもり、さらに「金剛結界」まで張ってしまった。


 金剛結界とは妻の得意技で、外からはどんな攻撃も通さないダイヤモンドのような見た目の大きなシールドだ。外から中を見ることはできないが、中から外は見ることができるらしい。


 こうなると俺にできることはもうない。おそらく俺は魔族の中でも上位の強さを持つが、それでも無理だ。このシールドに対して、俺の得意な闇魔法とはとことん相性が悪い。


 俺は三日三晩シールドの前で土下座を続けたが、ついぞシールドが解除されることはなかった。


 

 魔族にはアンガーマネジメントなんてものは存在しない。一度気持ちが傾いてしまえば、何日でも何年でも何万年でもその感情が継続する生き物だ。


 それでもシールドの外で土下座を続けていたある日、龍の里の族長がやってきて、こんなことを伝えてきた。


「デュラ様からの伝言です。『きたる“魔王選抜サバイバル”で私は生き残り、魔王となりてお前とお前にキスをした娘を殺す。それが嫌ならば、たまには本気で私を止めてみろ』とのことです」


「……やっべえ」


 マジか。


 ヤバいぞ。これは本当にヤバい。


 昔とは違い、妻は魔王の座には興味ないタイプだったはずなのに、あの怒りようだと本気でやりかねない。


 今でこそ前魔王様の「同族殺しは大罪」というルールがまだ続いているが、妻が魔王になってしまえば魔界のルールは全て自分の思う通りに作ることができる。


 魔王の言うことは絶対。魔王とは魔族の全て。魔王とは神そのもの。


 魔族にとって魔王とはそういう存在なのだ。


「デュラは本気で魔王選抜サバイバルに望むのか」


 ……しゃあない。これはもう、本気で修行しなおすしかないな。妻相手に勝てる気はしないが、それでもやらないと殺されてしまう。


 それに、“魔王選抜サバイバル”の仕組み上、あそこでは他の参加者を倒せば倒すほど経験値を奪える。一個体として妻の方が強いとはいえ、俺のほうが数を倒すのが上手い。


 そこで全力で強くなれば、もしかしたら妻と同等の力を得ることができるかもしれない。最悪勝てなくとも、話を聞いてもらえるだけの力は得られるだろう。



「族長。ここの修練場を借りていいか?」


「ええ。ですがあそこは過酷な環境です。他の番候補を全員ぶっ倒して番となられた貴方様ならば大丈夫でしょうが、お気をつけ下さい」


「ああ、気づかいありがとう。ありがたく修行させてもらうよ」


 俺は約一ヶ月後にせまる“魔王選抜サバイバル”に向けて、本気で修行に励むことにした。



 龍の里秘境の場、戦士の谷へ来た。


 色んな事を端折って説明することになるが、ここは高純度のマナで満ちているので、修行に最適だ。


 俺の修行方法は単純。闇魔法での俺の分身体を使い、自分同士で殺し合うだけ。


 分身一人ひとりの経験はオリジナルにフィードバックされるので、効率的に修行することができるのだ。


「やはりNARUT◯は素晴らしいな」


 俺の分身体を作る魔法は俺のオリジナルで、簡単に言えば前世の大人気忍者漫画、影分身の術を参考に俺が再現したものだ。故に修行方法もその大人気忍者漫画を踏襲したものとなっている。


 ただし、オリジナルの俺が負けてしまうと、どうなってしまうのかは俺でも分からない。自分の分身体に自分が乗っ取られるなんてことも起こるかもしれないし、ただ単純に命を散らすことになるのかもしれない。


 なにせオリジナル魔法故、そんな危険を孕んでいるというわけだ。


「それでもやるけどね。さあ、まずは俺の出せる限界の一万人からスタートして、俺が一人になったら次は五千、次は二千五百とやっていきますかね」


 俺の分身は全ての能力を均等に分けているだけなので、一万人に分身するとオリジナルの俺も能力が一万分の一となってしまうデメリットを持っている。

 

 そのおかげで、分身の数を変えれば、強さの違うサバイバルを約14回ほど経験できるのだ。


「これを一ヶ月で終わらせないといけないから……うーむ、これは寝てる暇はなさそうだな。俺も過労死するかもな。ははっ」


 まあ、今は魔族の頑強な身体を信じよう。どうせこうまでしないと、妻には勝てないのだから。


 俺は次の“魔王選抜サバイバル”が始まるまで、不眠不休で修行に励むのであった。



◆◆◆



 分身体の暴走、四天王の一人によるスカウト、勇者の到来、ある有名な魔界の貴族からの談合の提案、厄災級魔物の襲来など、様々なことがあったのだが、妻のことしか頭になかった俺は全て一蹴し、今日という日だけに集中して過ごした。


 全ては妻のために。この一ヶ月、妻のことだけは忘れることはなかった。俺の命よりも大事なデュラのためならば、どこまでも俺は頑張れる。あの大切な日常を取り戻すためならば、俺の魂は決して折れることはない。


 魔族の愛――いや、俺の愛はそれほど強いのだ。



「さて、そろそろか」


 俺が瞑想しながら身体を回復させて戦いに備えていると、俺の真下の地面に魔法陣が出現した。


 その後、俺の身体はその場から消え、一瞬で違う場所に転移されていた。


「始まったか」


 この戦いに始まりのゴングなどはない。魔神様にこの異空間に転移させられれば、それがスタートの合図だ。最後の一人になるか、戦いに敗れて脱落するまでは魔界に戻ることはできない。


 周りを見渡すと、魔界とそこまで変わりのない広大な自然環境が広がっている。


 それでもここは魔界ではないのは確かだ。


 ここでは命を散らしても魔界に強制的に戻されるだけだし、同族を殺した場合経験値を奪えるなんていう異空間ならではのルールが存在する。


 同時に、脱落して魔界に戻っても、この“魔王選抜サバイバル”の空間だけは自由に観賞できる。そういうことが身を持って分かる。


 それにしても、なかなか不可思議な場所だ。


 一節にはこの場所は魔神様の胃の中なんて言い伝えもあるが、真偽は不明だ。神の世界のことは神にしか分からない。


 それに、どうせ魔神様だって魔王様が死んだ時くらいにしか魔界に干渉しないのだから、俺達魔族にとってはその程度の認識で充分なのだ。


 俺は立ち上がって首をポキリと鳴らし、魔力を練って高めていく。


「さあ魔族のみんな、俺の養分になってくれ」


 暴れる気満々で挑んできたであろう若い芽を理不尽に摘むのは申し訳無いが、俺には俺の事情があるのだ。


【喰らえ ネメシス】


 俺の奥義により、闇の魔力がこの広大過ぎる異空間を全て満たしていく。


 闇の究極魔法といえるこの技で、まずは小手調べだ。この魔力に触れると、一定の魔法抵抗力がない魔族は闇に飲まれて意識を失い、眠っているうちに静かな死が訪れることとなる。


 かなり濃い闇の魔力を込めたので、魔王様の四天王級の強さがないと生き残れないはずだ。


 俺は一秒でも早く妻を説得したいので、前回の“魔王選抜サバイバル”の時のように、数百年もだらだらと戦うつもりはないのだ。



「くっそ、やっぱりこれだけで九割ほど魔族を減らすのは流石に無理だったか」


 ネメシスによって命を散らした魔族は五割ほど。想定よりも成果がないのは、妻が俺の技の一部分を無理やり吹き飛ばしたことや、協力して俺の技に抵抗した魔族の集団がいたり、自分の大事な者を次期魔王にしたいと野望を持つ強者が俺の技から命をかけて守ったりなど、様々な要因があるのだろう。


「結構自信はあったんだけど、一筋縄ではいかないなあ……」


 後はもう、分身魔法でコツコツ潰していくしかない。


 さあ、愛する妻のために、テキパキと働きますか。



◆◆◆



 俺の七体の分身によりコツコツと暗殺を続け、かれこれ1年程経っただろうか。それまで本当に色々あったのだが、俺の頭には妻のことしかないので、全て省略する。


「これでようやく二人きりだね。いや、娘のドラコもいるから、家族水入らずってところか」


「………」


 家族以外の全員を倒したことで、ようやく妻と対面することができた。その腕の中には三歳となったドラコもいる。妻の周りをくるくると嬉しそうに飛んでいる。


 一年ぶりに愛する妻を目にしたことで、俺の胸に温かいものが満ちる。

 

「なあ、俺はデュラを愛して――っぶねえ!」


「言葉は無用。話がしたいのならば、私を倒してからにして」


「そう、やっぱり聞く耳持たずか……」


 妻は一度決めたことを曲げない。そういう女性だということは痛いほど知っている。そんな彼女に俺は惚れたのだ。


 苛烈な妻の攻撃はやまない。無表情ながらも殺意のこもった視線が俺を貫く。彼女が動くだけで空気が悲鳴を上げるようにひしめいている。


 妻の殺意のこもった攻撃により、何度も死が頭をかすめる。


 息をつく暇もない。妻の魔力に身体が焼け焦げそうだ。一瞬でも気を抜くと俺の身体は跡形も残らずチリとなるだろう。


 それでも俺は攻撃を避け続け、愛を伝え続ける。

 

「俺はデュラが好きぐほあ!」


 ぶん殴られても、


「死ぬほど愛していぐふっ」


 ドラゴンブレスで全身が焼けただれても、


「デュラのいない人生なんていらはぐぅ!!」


 全身を穴だらけにされても、とにかく俺は愛を伝え続けた。


 どれだけ身体がボロ雑巾のようになろうが、少しでもHPが残っていれば闇魔法で回復できる。それでも痛いことは痛いし、魔力だって無限ではないし、回復には時間もかかる。


 それでも俺は愛を伝え続けた。



 妻と一緒にいられないことのほうが、百億倍辛いんだ。心が張り裂けそうなんだ。


 だから。


「好きだ。好きなんだ。デュラのことが好きなんだあああ!!」


 もはや風前の灯火となったこの命で、最後の心の叫びを伝えた時だ。


 あれ……?


 俺は今、抱きしめられている……?


「ねえ。なんでそんなになってまで、私に攻撃しないの?」


 抱きしめられながら、デュラは俺の耳元で小さく呟いた。


「へ、へへっ。俺がデュラを傷つけられるわけないだろ? なにせ死ぬほど好きなんだから」


「……そっか。あの時の約束をずっと守ってくれてるんだ」


 あの時の約束――俺がプロポーズの時に誓った言葉だ。


『どんなことがあっても俺はデュラを裏切らないし、どんな困難が訪れようが俺はデュラを守り続ける』


 俺にとってそんなことは当然だから、別にそれを意識して行動していたわけじゃない。


 ただ俺の気持ちをまっすぐ伝えただけの陳腐な言葉でしかないのだが、今これを持ち出すということは、妻にとっては大事な言葉だったのだろう。


「そっか、このやり方じゃだめなんだ」


 妻の鈴を転がしたような声でそう聞こえたかと思えば、いつの間にかピンクダイヤモンドのようなきらめきに包まれ――



◆◆◆



 あの時妻が俺を巻き込んで自爆したことで、次の魔王は三歳の龍の娘、ドラコに決定した。


 が、ドラコはまだ三歳の赤子だ。魔王なんてできるわけがない。特例として保護者である俺達がどうするのかを決めることになったのだが……


「ドラコと私達は魔王の座を辞退する」


 妙にすっきりとした表情の妻が魔王城の玉座に座りながら、堂々と宣言した。


 デュラも俺も魔王の座など興味がないし、娘のドラコもおこぼれで魔王になっただけなので、辞退するのが賢明だろう。


「次の魔王の決め方は、“魔王決定戦トーナメント”でもう一度決める」


「ああ、俺からも一つ。次の魔王が決まるまでは、前魔王のルールのままでよろしくな。もしそのルールを破るような不届き者がいれば、俺が天誅を下すからな」


 魔族のみんなは俺達夫婦の圧倒的な強さを目の当たりにしたので、こう釘を刺しておけばしばらくは大丈夫だろう。


「ヒスイ、帰るよ」


「はいよ」

 

 妻から差し出された手を迎えに行き、しっかりと強く手を繋いで俺達は自分たちの家に帰る。


「ふふっ、デュラ、ようやく許してくれたの?」


 俺は嬉しくなって口角を上げるも、妻に潰れるほど強く手を握りしめられてしまった。


「もちろん許したわけじゃない。キスマークを見た時は世界を滅ぼそうと思ったくらいムカついたし、油断してキスされたヒスイをまだ許してない」


「ええー! ごめんって」


 世界を滅ぼそうと思った、か……


 なら、そこまで怒ってなかったんだな。


 妻が世界を滅ぼそうと思うのなんて日常茶飯事だ。以前、ゴミ出しを三連続で忘れた時も、同じようなことを言ってたっけ。


「ヒスイは知ってるでしょ? 龍の愛は世界一強くて深くて重いの。ムカつくことはあったとしても、この程度じゃ愛は消えない」


「うん。俺もデュラのこと世界で一番愛しているから、お揃いだね」


 この後めちゃくちゃセッ――いや、これ以上はやめておこう。


  

 このお騒がせ夫婦のイチャイチャは、この後約一年も続いたそうだ。




「あっ、そういえばさ、デュラが一年前の“魔王選抜サバイバル”の時に言った、『このやり方じゃだめなんだ』ってどういう意味だったの?」


「ああ、そんなこともあったね。あれはドラコのためにヒスイの本気を見せたかったの。ドラコには世界で一番強い龍になってほしいから」


「あー……なるほど」


 簡単に言えば、デュラはドラコに英才教育をしようとしたわけだ。


 デュラは一芝居打って、俺の本気を引き出そうとした。そうして本気の俺の活躍を娘に見せながら、ついでに“魔王選抜サバイバル”で娘を鍛える。


 この二つの目的を持って“魔王選抜サバイバル”に挑んだってことかな。


「そう、あの時はトドメの一撃のみ全部ドラコにやらせてた。“魔王選抜サバイバル”はパワーレベリングに最適」


「なるほどね、にしても、ウチのお姫様はどんな風に育つんだろうねえ」



 長い魔界の歴史の中でも、“魔王選抜サバイバル”が一組の夫婦のためだけに使われたなんて、前代未聞。


 これには魔界の天国のような場所で、この“魔王選抜サバイバル”を見ていた前魔王様も大笑いだったそうだ。



「ドラコ。晩ごはんは何がいい?」


「ハンバーグ!」


 この迷惑極まりない夫婦は、いつまでも楽しく過ごしたのだった。



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