「私、嫉妬とかしないから(笑)」とか言う自称サバサバ女を大事にするクソ婚約者は、捨てさせていただきます
とある春の日差しが差し込む午後。王立貴族学院の庭園にて。
アリシア・クラウゼル侯爵令嬢は、友人の令嬢に囲まれて優雅なお茶会を楽しんでいた。
その時だった。パキリ。アリシアの空のティーカップの取っ手が、握り締めたことで砕ける音がした。
令嬢たちが思わず、アリシアの方を見る。
しかし、アリシアは彼女たちの視線に気が付かなかった。アリシアはじっと一点を見ていた。
他の令嬢がアリシアの視線の先を見ると、アリシアの婚約者であるユリウス・ローデウス伯爵令息がちょうど庭園に入ってくるところだった。
その傍には、一人の女性が、カトリーヌ・ベルフォール男爵令嬢がいた。
ユリウスとカトリーヌが幼馴染であると、アリシアは聞いていた。それゆえ、仲がある程度いいことを許容してきた。
(だけど、あまりにも距離が近くない?)
そんなことをアリシアが思っていると、突然、歩いていたカトリーヌがよろけた。それを抱き抱えるユリウス。
見つめ合う二人。その状態でしばらくいた後、ぷっと二人で笑いだした。
そのままユリウスとカトリーヌはベンチに座ると、アリシアのことを話しだした。
「それでさ〜、僕の婚約者、束縛が激しいんだよね」
「え〜、婚約者さんひどい〜。私ならそんなことしないのに〜」
「本当、カトリーヌを見習ってほしいね。カトリーヌは理想の貴族令嬢だよね」
「そんなことないよお〜」
カトリーヌがユリウスにもたれかかった。
「わー、胸板広ーい! 筋肉すごいね!」
「そうでもないけど、ほら、触ってみる?」
「うわー!すごーい!かたーい!」
そう言って、カトリーヌはペタペタとユリウスの胸や腕を触っていた。
カトリーヌ男爵令嬢には淑女として、恥じらいはないのだろうか?そして、婚約者以外に体を触らせているユリウス伯爵令息には、矜持というものがないのだろうか。
そんなことを、その様子を見ているアリシアの周囲の令嬢たちが思っていると、アリシアの方からギチギチと扇子が折れかける音が聞こえてきた。
それもそうだ。アリシアは公衆の面前で侮辱されただけでなく、堂々と婚約者に浮気まがいのことをされているのだ。
そもそもアリシアとユリウスの婚約は、伯爵家側からお願いして成立した婚約だった。歴史的にも家格的にも上位のクラウゼル家に対して、ユリウスが、いやローデウス伯爵家が頼み込んで婚約することになったのだ。
しかし、ユリウスは婚約したことで調子に乗ってしまったらしい。
令嬢たちが恐る恐る、アリシアの方を向くと、アリシアは扇子をパチンと閉じて、立ち上がった。
「少し失礼しますわ」
そう言うとアリシアは、わざと足音が聞こえるように、ツカツカとユリウスたちの方に歩いて行った。
令嬢たちは、固唾を飲んで何が起きるのか見ることにした。
「お忙しそうなところ失礼します。ユリウス様。お姿を見かけたので、ご挨拶に参りました」
二人の世界に入っていたユリウスとカトリーヌは、突然アリシアに声をかけられて驚き、慌てて離れた。
「ア、アリシア! なんでここに?」
「なんでここにではないでしょう。ここでお茶会をしていたのです。お二人は何をなさっていたのですか?」
「何もしてないよ〜。楽しくお話ししてただけだよ」
「それにしては少々、距離感が近すぎるのでは?」
そう言ってアリシアは扇子を開いて口元を隠しつつ、目を細めた。
「私って男っぽいから、細かいこと気にしないんだよね。そっかー普通の女の子から見ると、距離が近すぎちゃったかー。ごめんなさい」
「いや、カトリーヌは悪くないぞ。アリシアは嫉妬深いんだ。気にしなくていい」
「ううん、アリシア様は悪くないよ。私、嫉妬とかしないから(笑) 分からなかったけど、繊細な方だとそう思っちゃうみたいね」
カトリーヌは、ユリウスの胸を何度か小突くと続けて言った。
「ほら、こんな感じでアリシア様が思っているような関係じゃないですよ。単なる男友達です。多分ユリウスもそんな風に接しているから、距離が近く見えてしまうんじゃないですかね?」
そう言ってカトリーヌはアリシアに向かってにっこりと笑った。
けど、そこに込められた敵意は明白だった。
「そうだぞ、全然アリシアが思っているような関係じゃない。男友達のように思っている。むしろ、男臭すぎて、逆に臭うレベルだ」
「何が男臭いだ! 乙女に対して失礼だぞ〜!」
そう言って、きゃっきゃと言ってやり合う二人。それを見たアリシアの感情は氷点下まで下がった。
「そうですか。勘違いをして申し訳ございません」
「全く、お前もカトリーヌを見習って立派な淑女らしくなれよ」
プツン。何かがアリシアの中で切れた音がした。
コケにされたなら、もう我慢しなくていいわよね?
そう思って黙っていると、その理由を勘違いしたのだろう。カトリーヌが続けて言った。
「これじゃ私たちがアリシア様のこといじめてるみたいじゃ〜ん。もうやだ、女ってこうやってすぐ被害者ぶるところあるから困る〜(笑)」
「そうだぞアリシア。周囲を勘違いさせているだろう。謝れ」
は?
こいつは何を言っているのだろう。なぜ私が謝らなければならないのか。
「周囲にちゃんと、私が加害者ですと言うのだ。私たちこそ、被害者なのだからな」
「仰っている意味がわかりません」
はあ。そうため息をユリウスはついた。
「これだから、この女は。なぜ礼儀がこうもなっていないのだ」
「ユリウス様、礼儀がなっていない人もいるのですから、気にしちゃダメですよ〜」
「そうだな、カトリーヌ。アリシア、しかし周囲に誤解を与えるのは良くない。とりあえず謝れ」
ユリウスのあまりのいい草に、アリシアが拳を握りしめた時だった。
「ほう、愉快な会話をしているな」
振り向くと、そこにはエドモンド公爵令息がいた。
「エ、エドモンド様!」
慌ててカトリーヌとユリウスが立ち上がる。
「それで、どっちが被害者なんだ?」
「私たちです〜。友達として、ただ楽しくおしゃべりしていただけなのに、浮気かのように責めてきて、挙げ句の果てには自分が被害者のように振る舞って、私たち困ってしまってましたの〜」
「友達ね」
ピッタリとくっつくカトリーヌとユリウスを見ながら、エドモンドは呆れたように言った。
「それで、アリシア嬢。君から何か言うことはないのか?」
「そうですね。このように婚約者の名誉を守ろうともしない人とは結婚できないので、そもそもユリウス様とは婚約破棄させていただこうと思っています。だから、赤の他人になるユリウス様には、特に嫉妬もしていなければ、好きな方と一緒に過ごしていただければと思っておりますの」
それを聞いて、ユリウスは慌てて止めようとする。
「お、おい。どういうことだ」
「どういうことも、ユリウス様が仰られるように、私嫉妬深いので、浮気と間違えられるような行為をする方とは私、婚約できないだけですわ」
するとカトリーヌが口を挟む。
「そうやって、婚約を盾にして、友達と話すことすら制限するんだ〜。私、嫉妬深い女って苦手だわ〜。これぞ『女』って感じで無理(笑) 」
アリシアはにっこりと笑った。
「そうですね。私は女ですので。男臭いと言われて平気な顔ができるほど、女性らしさを失ってないのです」
「なっ」
カトリーヌの表情が変わった。
先ほどまでの小馬鹿にした表情から、怒りの表情になっていた。
「ヤダヤダ。化粧塗りたくって、男に媚びて。プライドってものがないのでしょうね。」
「そうですわね。殿方の体にベタベタと触って娼婦のように媚びることは、よっぽどプライドがないとできないでしょうね」
カトリーヌはアリシアのことをキッと睨みつけ、口をパクパクとさせたが、その口からは何も出てこなかった。思わぬ反撃に何を言えばいいのかわからなかったのだ。
しばらくそうすると、何かを思いついたように今度は泣きそうな顔をして、言った。
「うう、ユリウス様。アリシア様に、このように馬鹿にされて、とても苦しいです」
そうしてその胸に抱きついた。
ユリウスは困ったようにカトリーヌを抱きしめた。
「カトリーヌ、お前は悪くない。全て悪いのはあいつだ。」
そう言ってカトリーヌの背中を撫でると、ユリウスはアリシアを睨みつけた。
そこで、アリシアは一歩カトリーヌに近づき、囁いた。
「ごめんなさいね。これじゃ私があなたのこといじめてるみたいじゃ〜ん。もうやだ、女ってこうやってすぐ被害者ぶるところあるから困る〜(笑)」
その発言に怒ったのは、カトリーヌではなくユリウスだった。
ユリウスはカトリーヌを抱きしめている手を離すと、拳を振り上げアリシアに殴りかかった。
アリシアは一歩引いてそれを避ける。
すぐにエドモンドが間に入り、ユリウスの拳を止めた。
「暴力沙汰を起こすとは、どう言うことかわかっているな!」
「しかし、あの女が!」
「あの女が! ではない。暴力行為をしたことが問題なのだ。今回の顛末は学園長にも報告させてもらう」
周囲は騒然としていた。伯爵令息が、侯爵令嬢に殴りかかったのだ。しかも、公爵令息の目の前で。
貴族として口で解決できず暴力行為に及んだのが醜聞となるのは、確実だった。
「しかし、あの女が煽ってきたのですわ。被害者ぶってと!」
「そうなのか? アリシア嬢」
「先ほどカトリーヌ様に言われた言葉を、そっくりそのまま返しただけですが? カトリーヌ様が先におっしゃられたので、侮辱にあたるとは思いませんでしたの」
そう言ってアリシアは扇子を広げ、優雅に笑った。
それを聞いたカトリーヌはサッとベンチに置いてある荷物に手を伸ばし、そのままアリシアに向かって投げつけようとした。
しかし、それはアリシアに届かず、代わりにエドモンドの胸にあたり、落ちた。
「エ、エドモンド様。すみません、これは違うのです」
「この馬鹿女、何をしているんだ!」
「な、馬鹿ってどっちが馬鹿よ! この取り柄のない頭でっかちが!」
「なんだと!」
アリシアにやり返そうとしたら、間違って公爵令息に危害を加えようとしてしまった。これは大問題だ。
現実逃避のためカトリーヌとユリウスは醜く言い争い始めた。
それを見て呆れたエドモンドは二人にもう行くように命じた。
「もういい。さっさと行け」
「はい」
そうして、しょぼしょぼと二人は逃げるように去っていった。
♦︎
「さて、アリシア嬢。これからどうするつもりかな?」
「どうしましょうかね?」
困ったかのように、アリシアは眉を八の字にした。
「おそらく婚約は破棄になるでしょう。というか、破棄にさせてもらいます」
「そうだな。しかし、気になるのはその後だ」
その通りだった。婚約破棄をしてしまうと、貴族令嬢としての経歴に傷がつくのは間違いない。それにより今後婚約するのが難しくなるのは明白だった。
それがたとえ、相手に非があったとしても。
だからこそ、婚約破棄の後にどうするか、が大事だった。
「もしよければ、私の婚約者にならないか?」
「はい?」
アリシアは目をぱちぱちとさせた。
(この人は何を言っているんだろうか?)
「正直、君といると退屈しない気がするんだ。普通の令嬢だったら同じ目にあったら、家の権力を使って解決しようとするか、泣いたりして被害者としてアピールするだろう。君はどちらとも違った。だからこそ、面白いと感じている」
アリシアは突然の申し出に混乱した。
(面白い女と言ってくれるのは嬉しいが、本当にそれだけが理由だろうか? こんな女性、本当に好きになるだろうか?)
手を顎に当て、少し考えたが本当のところはよく分からなかった。
エドモンドの方を見ると、ニコニコとしていた。
(何を考えているのだろう……)
「……ありがとうございます。しかし、家のことですので、まずはお父様に相談させてください」
「そうだな。とりあえず、後日向かわせてくれ。お父上にも、話を通しておいてくれると嬉しい」
「はい。承知しました」
「では、僕はもう行こう。また明日会えることを楽しみにしているよ」
そう言って、エドモンドはアリシアの前に跪くと、その手にキスをした。
そして立ち上がると、庭園から去っていった。
「なんなの、もう……」
アリシアはそっと手を胸の前に置いた。
胸の鼓動がうるさくて治らないのは、きっと見事に咲く庭園の花に高揚したせいだった。
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