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私の後悔とあの日のぼくの帰り道

掲載日:2026/03/28

「昔の自分は、今の自分を見て満足するだろうか。」

 そう思いながら、「ぼく」は日々を過ごしていた。 

 一年前、ぼくは大学生から会社員となり、ネットでよく見かける「大人の自由」や「大人の余裕」というものを得られるとばかり思い込んでいた。 

 しかし、現実は非情であった。 

 会社員となったぼくが得たものは「大人の仕事の多さ」「大人の時間の少なさ」「大人の忙しさ」であった。 

 明日に心配したり、期待したりしたあの学生時代とは異なり、胃がもたれるような毎日だ。 

 それはまるで、七日目の蝉のように、自由が広がっていると思っていたのに、実はそうでもなかったという絶望に近かった。 

 時々、思う。あの昔、もう少し遊ぶべきであり、ゲームばかりでなく、大人ではできない公園での遊びや友達との喧嘩をもっとした方が良かったのではないかと。 

 しかし、そんなぼくの後悔に近い願いも忙しい日々によって、忘れつつあった。 

 もう桜が咲きかけており、次の春が来てしまう。そしてまた一段と忙しくなっていく。 

「そんな日々が明日も続くのか――」

 そう思うと、明日が憂鬱に思えてきた。


 こんなどんよりとしているときは、ネットサーフィンを夜遅くまでするのが一番だ。(少なくともぼくの場合は。)

 先程まで仕事仲間として共に働いていたスマホを取り出す。スマホを開き、いつものように気になっていたもの、ふと思い付いたものを調べる。 

 中でも、「都市伝説」はぼくがよく気になるものの一つだ。 

 都市伝説について調べてみると、「タイムスリップ」というものが今は流行ってるそうだ。 

 「タイムスリップ」か……そのキーワードを聞くと、なぜかロボットを思い出してしまう。 

 そんなものが流行するとは、世間の皆も、昔に対して後悔があるのだろうか。 

 すると、ぼくはタイムスリップの仕方について書かれた記事を見つけた。評価は低く、嘘とも捉えられるような内容だったが、それはとても簡単で、儀式のようなものだった。 

 過去に行った場合、自分の記憶はどのように変化するのか等も気になり、質問しようかとも考えたが、そもそもこの記事自体、他人から馬鹿にされる可能性もある。 

「……正直そんなものでタイムスリップできるなら、全員やってる気がするが……」

 物は試し。スマホを閉じ、外に出て、必要なものを買い、ぼくは半信半疑ながらその儀式を行った。 

 ――何も起こらなかった。 

 そりゃそうだ。そんなものがあれば、全員やっている。 

 少し期待外れだと思いながら、ぼくはネットサーフィンに戻る。他に流行っているものは何だろうか。 

 調べていくと、ぼくの子供の頃、親が好きだったドラマが話題となっていた。 

 なぜ流行っているのか気になり、ぼくは記事を開いた。 

「現在放送中の……」

 目の前の光景に頭が凍りついた。 

 現在、ぼくは子供どころか会社員であり、そのドラマは何年も前の話となっている。 

 思わず、頬をつねる。しっかりとした痛みを感じた。

「嘘だろ……もしかして…...いや……まさか……」

 そう思いながら、ぼくはスマホのカレンダーアプリを開いた。すると……

「20〇〇年 〇月 〇日」

  ――ぼくのいた時代から、とても前の時代の一日だ。 

 ぼくは外の景色を確認した。タイムスリップなんて漫画や映画の出来事だ。少なくとも、そうでなくてはこの世の何かしらの法則が変わってしまう。 

 ……しかし、いや当然、外では普通だったビルが工事中、懐かしのゲーム機で遊ぶ子供たちといった様子が見えた。 

「――本当にタイムスリップしてしまったのか……」

 側から見ればむしろ笑えるようなこの状況で、ぼくは呟いた。


 

 今が過去であることに気づいたぼくは、一つやってみたいことがあり、外へと出かけた。 

 ぼくが行きたいと思ったのは、実家だ。 

 思えば、「ぼくはタイムスリップし、昔のぼくに会った」なんて話は現実では一度も聞いたことがなかった。 

 好奇心半分、タイムスリップへの怖さ半分で実家へと向かう。 

 その道中、懐かしのゲーム機で遊ぶ子供たちが見える。 

「……あのゲーム、今思うととても面白かったなぁ……」

 昔に比べ、今ではゲームをできる機会も減ってしまい、いつからか昔のものもほとんど忘れてしまっていた。 

 木にとまったカラスが、後ろを振り返り、鳴いている。 

 その途中で、ぼくは足を止めた。昔はよく遊んだ公園があったからだ。 

 あの頃は知らないことが多かった。故に、「大人の大変さ」、「大人の忙しさ」なんてものも知らなかった。 

 そんな思い出に浸っていると、ぼくの足元に小さな感触があった。見ると、小さなボールだ。 

「ボール、取ってくれないですか?」

 その声は、いつまでかは自分であり、いつからかは昔の自分の声となってしまった子供の頃のぼくの声に似ていた。 


 ◇ ◇ ◇

 ぼくは昔から頭が良くなかった。そもそも勉強が嫌いで、したくなかった。 

 「毎日出される宿題」「めんどくさい授業」……「そしていじめてくるクラスメイト」。学校では、大変なことが多く、忙しい。 

 そんなことをしている暇があれば、最近はまっているゲームをしてたい。 

 ぼくに比べて、父は自由なように見えた。 

 本を読みたければ読み、テレビを観たければ観て、寝たければ寝る。ぼくも早く大人になって自由な生活をしてみたかった。 

 ある日、ぼくは家から帰ると、すぐにボールとグローブを持って公園へと出かけた。 

 いつもなら、まだクリアしてないあのゲームをしていたが、今日は友達と遊ぶ約束をしている。ゲーム好きのぼくを公園に誘う友達は少ないため、少し新鮮な気分だ。 

 そして、公園に着いた。しかし、そこにあいつの姿はなかった。もしかしたら、ぼくが早かったのかもしれない。そう思い、待っていた。 

 ――それから二時間が経った。 

 公園の木に止まったカラスの鳴き声が耳によく残る。 

 途中で始めたボールの壁打ちも、もう何回やったか覚えていない。そこでやっとぼくは呟いた。 

「忘れてるな……あいつ……」

 明日学校で聞いてみよう。今日はもう帰るしかない。 

 その時、ボーッとしていたからか壁から跳ね返ったボールを受け止められなかった。 

 ぼくの後ろに行ってしまったボールを拾いに行こうとすると、それは知らないおじさんの足元にあった。 

 知らない人と話すのは苦手だけど、一回言ってみた。 

「ボール、取ってくれないですか?」

 ◇ ◇ ◇


「もしかして、君は……〇〇君かな?」

 ぼくは思わず言葉が出てしまった。 

「なんで知ってるの!?」

 ――多分昔のぼくであればそう答えるのが妥当だ。 

「ぼくは……未来の……」

 言いかけた時、考えた。この歳の子供に未来のぼくというのは伝わりにくく、そのイメージもないだろう。そもそも「未来」というものもはっきりしてないと思う。 

「ぼくは、大人の君だ。」

 なんだかわかりにくくなった気もするが、実際彼(というよりぼくなのか?)にはよく伝わったようだ。 

「へぇーそうなんだ。」

 ――これが子供の適応力か……

 少し笑ってしまったが、改めて見ると懐かしく感じる。この感じは、しっかり少年時代の「今」を必死に生きたぼくだ。 

「君はなんで、ここにいるの?」

 この時間帯、昔のぼくならゲームをしているはずだ。 

「えーと、友達とキャッチボールをする約束をしていたんだけど、その友達が来なくて、ずっと待ってるの。」

 ……思い当たる人物が一名思いついた。あいつとも最近は会っていない。今、何してるんだろうな……

「ねぇねぇ、そっちこそ大人になってどういうことがあった?」

 子供にしては鋭い質問だ。 

「えーとね…まず――」

 答えかけたところで考えた。もし、ぼくがここで答えてしまうと、未来はどうなるのだろうか。 

 ……少なくとも、漫画や映画ではとても面倒なことになっていた。 

「――ごめん…答えられないや…」

「えぇー一つや二つくらい良いじゃん。ケチ。」

 ……繰り返しだが、昔のぼくであれば、そう答えるだろう。漫画や映画のキャラもこう感じていたのだろうか。 

「ごめんね。ただ……」

「ただ…?」

 実のところ、「ただ」に続く言葉は思いついていなかった。 

 しかし、昔のぼくに言いたいことは一つあった。 

「大人のぼくから言えるのは、「未来」じゃなく「今」を精一杯生きて、楽しんで!」

 先程散々「未来」という言葉は昔の自分には理解できないと言っていたのに使ってしまった。 

「どゆこと?」

 ……そりゃそういう反応をするよね。 

「……まあ大人になったら分かるよ……」

 笑い気味に伝える。 

 まだまだ話すことがあるかを探そうとした時、子供にとっては一日の終わりでもある17時のチャイムが鳴った。 

「あっ、チャイムだ。じゃあなんかよく分からないけど面白かったよ。おじさん。ばいばーいー」

そういうと早々と帰ってしまった。 

 ……おじさん……ぼくもそんな年齢か…少しショックだな…

 そんなことを考えていると、少し眠くなってきた――


 ◇ ◇ ◇

 ぼくは公園から帰っていく途中、あのおじさんのことを考えていた。 

 「大人のぼく」と言っていたため、もしかしたら将来はああなるのかもしれない。 

 ……あの顔には、お父さんやお母さんのような、少し不満を持ちながら楽しんでいる、「大人」の様子があった。 

「――あんな大人になれてるなら大丈夫だな」

 そんなことを呟きながら、家へと帰っていく。

 ――その姿は、公園に行くときよりも少し力を抜くことができているように見えた。 

 ◇ ◇ ◇


――目が覚めると先程とは全く違う様子の公園になっていた。 

 ぼくは調べずとも確信していた。どうやらしっかり「今」に戻ることができたようだ。

 せっかくだから、実家に帰ろうと思い、公園から実家に向かう。明日は有給を取ってしまおう。 

 ただ単に自分の家に帰るのと仕事が面倒だからなのか、それとも実家に帰り、あの頃を思い出したいからなのかは自分でも分からない。 

 向かう最中、ぼくはあの「昔」について考えていた。あの時、あの子供には言えなかったが、少し言おうか迷った言葉があった。 

「今は今であり、過去は過去である。今は過去を懐かしむことができるが、昔は今を知ることができない。だから……絶望も、失敗も全部含めた「今」を楽しんでほしい。」

 ありふれた言葉であり、言えなかった言葉だが、この言葉を言うことを悩めたことで、なぜかぼくの中で過去に対する後悔のような、一瞬の懐かしみは薄れていった。 

 自己満足となってしまったが、ぼくはあれで良かったのだと満足した。 

 そんなことを考えていると、実家に着いた。……昔と変わらず、ここの桜はよく見えないな……

「ただいま。」

「おかえり。急にどうしたの?」

 母の声は昔から変わらず、安心する声だった。 

「いや、帰りたくなってさ。そういえば、昔のぼくの写真ってある?」

 昔のぼくに会った影響か、もう一度見たくなり、つい言ってしまった。 

「……ほんっとうに急だね〜まあとりあえず中入りなよ。」

 ――ぼくもまだ子供だな。

 そう思いつつ、ぼくは実家へと入った。

 

 ◆ ◆ ◆

 アルバムをめくっていると、多くの懐かしい写真を見ることができた。 

「一位を取り、喜んだ三年生の運動会の写真」、「遊園地に行き、キャラクターに会って喜んでいた四年生の写真」

 ――いろいろなことがあったなぁ……

 その中に、いつの写真かわからないものがあった。 

「これは……いつのだ?」

 六年生のようにも見えるし、三年生のようにも見えなくはない。 

 こんな時は、お母さんに聞いてみよう。 

「母さーん、これいつの?」

 聞いても返事がなく、家中を探したが、いなかった。ふとスマホを開く。 

すると、「買い物行ってきまーす」と連絡があった。

「全然気づかなかった……ん?」

 何か音が聞こえる。この音は...インターホンだ。 

外に出る。荷物の受け取りかもしれないため、印鑑も持ってきた。それにしても、実家を訪ねる人なんて珍しい。 

扉を開くと、そこには――

「おぉ、もしかして君は会社員になったばかりの○○かな?この頃から私も随分歳をとったなぁ。」

 ――戸惑っていながらも、目の前の人が誰なのか、確信はしていた。 

 今は今、過去は過去だと思っていたが……例外もあったようだ。 

「未来から言えることはないが、しっかり若い『今』を楽しんでくれ。」

「あなたはもしかして……」

 ……ぼくもこう言える時が来ればいいなぁ……

 少し笑いながら、ぼくは答えが分かっている質問を問いかけた。 

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