第二話
「人間は夢を見、そして忘れてしまう。」
その常識、『ある条件』があれば、ぶち壊せると思うの。
まぁ、あなたが純粋な子供であることが第一の条件だけど。
「えー、それでは、先程の生徒会長が、"これだけは覚えて帰って"と言っていた言葉を………」
「えへっ………………えへっ………………えへへへへ……………」
「……じゃあ、星塚。覚えてるかな?どんな言葉だったか。」
ざわついた教室に、一時の沈黙が広がった。瑛梨は、事の重大さに全く気づいていなかった。周囲の声を断ち切り、1人昨晩の勝利談に耽っていたのだ。
隣の席に座っていた、薄黄緑のロングヘアの女の子が、少々焦った様子で瑛梨に囁いた。
「瑛梨ー、何してるの。【Be Colorful】でしょ、【Be Colorful】!」
瑛梨はそれを受けて、辺りを一瞬キョロキョロと見回してから唐突に立ち上がって言った。
「…………あー、あー、あー…………っはい!!びーからふるです!!!」
ガハガハと笑いが巻き起こった。先生と隣の女の子は苦笑いし、教室後方の母は「あちゃー」と掌を額につけた。
「うーん……あはは……そうだね、【Be Colorful】。他人と比較しすぎて、無理に合わせようとせず、自分のままでいよう。生徒会長のお話も、心に留めておいてくださいね。」
「入学式初日からなーにヘマしてるんだかウチの子は……」
「まあまあ、いいじゃないの。まだ始まったばかりでしょ」
桜の舞う帰り道。スーツで正装した2人の親が子供の今日の軌跡や入学式について話し合う先の道で、2人の少女も談笑していた。瑛梨と、薄黄緑の女の子……結日 恵愛だ。
「桜、きれいだね〜!………瑛梨?」
「あは………あはは………あはははははははぁ〜……」
「んもー、ホームルームの時からずっとそうだよねー。先生が優しい人だったからよかったけど、怖い先生だったら今頃………で、ずっと何考えてたの。」
恵愛は、瑛梨の親友。幼稚園の頃に、当時のアイドルのヒット曲を純粋な、そして誰ももっていない"特別な歌声"で歌っていた瑛梨。それに惹かれて恵愛は、瑛梨と親しくなった。それ以来、小学校でも、何をするにも一緒だった。この若竹市において、幼稚園から中学まで。ここまで一緒にいるのは、私たちだけなのではないか。そう思うほどに、恵愛は瑛梨のことが大好きだった。しかし、そのアホの子っぷりに、成績優秀で真面目な恵愛は、手を焼くことも多いのだ。
今日は4月7日。若竹市立若竹中学校の入学式。2人は、奇跡的に同じクラス、1年5組として、1年間過ごすことになったのだ。しかし瑛梨は、入学式で全く話を聞いておらず、夢見心地のまま体育館を後にしたのだ。
「あっ、ごめんごめ〜ん。あのね、私昨日ヴァリアーレでライブしたじゃん!?」
4月とは思えないアツい視線を、恵愛に送る瑛梨。
「えっ、うん、そうだね。……あれっ、なんか変な怪物……?が、乱入したよね?私も思わず逃げちゃったけど、あの後、どうなっちゃった……?」
「むっふふーー。それがね、私その時、私の歌とみんなを守るんだーーー!ってね、そしたら、ペカーン!!ってこんな……こんなピンクのクリスタルができて〜……」
身振り手振りで、体を大きく使って、勢いよく説明しようとする。しかし、恵愛は表面しか理解できなかった。瑛梨が語るのは、春の陽気のように、掴みようがないフワフワとした物語だった。
「……えーっとつまり、瑛梨はあの後、"ドローヤー"に変身……?して、そのバトンみたいなの使って、歌いながら魔法で怪物を倒したのね。」
「あーそうそう!そゆこと〜。あーあ、恵愛にも見て欲しかったな〜!この私の、”ドローヤー”武勇伝をっ!(キラッ☆)」
「武勇伝は見るものではなく聞くものだけどね…(汗)あと、先生のお話も、ちゃんと聞こうね?中学生なんだし。」
「はいはーい。まっ、これからヴァリアーレでのアイドルカツドウに加えて、“ドローヤー”も中学生活も、がんばっちゃうぜー!」
紺色の制服の、スカートの裾を両手で掬い、一回転。今まで私服だったものが、中学生となったことで、憧れの制服に変わったのであった。2人は後ろの母親たちを置いて、帰り道を並んで駆けて行った。
若竹市。日本のどこかに存在している街だ。首都・東京には電車で1本という、昨今のサブカル文化に没頭するオタクには好立地な場所だ。その中で、特にオタクでもなんでもない少女・恵愛は気づいた。今の私の親友は、まるでよく聞く”魔法少女”のような体験をしている。変身して未知の怪物と戦うなんて、まさにそれだ。
よく考えてみれば、月に一週間だけ入場できる、文字通りの”夢の世界”___ヴァリアーレだって、ファンタジーそのものだ。私も、瑛梨のような状態になる可能性が、ないこともない。バカでアホで……それでも回りを巻き込んで、歌い続ける瑛梨のことを、私は守りたい。だから、自分も不足の事態に備えよう、そう決心した。
とはいえ、今自分が見ているのは、パステルカラーで解放的な、子供たちのユートピアを体現した夢の街ではない。若干灰色がかったビルが立ち並び、鉄道や道路、忙しない人々の通る、人間の暮らしを反映した街だ。それを見ていると、どうでもよくなってきたり、親友の話をあまり信じたくない、とさえも思うのだった。その理由はまだわからなかった。無意識な嫉妬かもしれなかった。




