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『大ウケ』するのから、
離れた時、
僕の前に憚ったのは、
『無』の境地で、あった。
僕が、
師事したい、人が、おり、
彼は、
なにか、
僕が必ず、
僕の願いが成就されますよ♪
みたいな、
教えを、
いつか僕に、
説いてくれるだろう…と、
僕は言葉を待っていた。
ところが、
彼は、
ある時分から、
『わたしには、
今、夢や希望は、ない。』と、
言いきる。
朝、目覚めて、
己の現状が、あるだけ…。
それで己は、
どう動くか?
何も、しないのか?
どちらにせよ、
すると、
また自身に何らかの選択は、あり、
それで自身は、どうするのか…?
ということらしかった。
その人も、
昔は、
こう、ありたい!
ああ、なりたい!!という、がむしゃらに、
やった過去があり、
ついには、
そこに、思い立ったという話で、あった。
『必死』に生きる!とは、
現代日本で賛否が大きく別れる。
昔から一貫して、それを尊重する人、
指示する人もいれば、
「もう、そこから離れてみれば、
いかがですか?」と言い出す人も、
増えてきている。
僕は結局、
今も迷いの中にいて、
では、
己の願望を叶えられた人と、
そうでは、なかった人の、
違いは、
何だったのか…?
と、
自身のプライベートな時間で、
それを熟考していた。
でも、
自身の頭の中だけで、
自身の思うがままだけに、
考えても、
その答えらしいものが出ない!
のが『今』で、あった…。




