第9話 女神アルメティアに祝福された婚約式
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こうして迎えた、婚約式当日――。
空は晴れ渡り、気持ちのいい綺麗な風が吹いている日に、私達は婚約する。
エドガー様との時は、婚約式も結婚式も土砂降りの日だった。
まるで女神様が祝福なさっていないようだったと記憶している。
でもアルベルト様との婚約式は、まるで女神様が祝福なさっているかのような素晴らしい天気だった。
「今日……アルベルト様と本当に婚約するのね」
「ナディア様、おめでとうございます!」
「きっと女神アルメティア様も祝福なさっていますよ!」
「ありがとう」
我が国では、女神信仰が主で、その女神と言うのがアルメティア様です。
特に家と家の結びつきを祝福してくださる女神としても有名で、そのアルメティア様に祝福されているかのような天候に、私の心もホッと安堵したのでした。
(女神様も祝福なさってくださっているのなら、きっとこの婚約は……)
その言葉の続きは出ませんでしたが、部屋の一番目立つところに飾っているラブレターの入った額縁まで歩いていくと、そっと手を当てた。
「手紙のあなたと、結婚は出来なかったのかもしれないわ……ごめんなさいね」
あの時の男の子。
いつも苦しい時、励みにしたこの手紙。
「貴方がアルベルト様なら……どれだけ良いかしら」
「ナディア?」
私が一人、額縁に呟いていた言葉を聞いていたのかしら?
つい手をパッと放して深々と頭を下げると、アルベルト様はツカツカと歩み寄り、ギュッと抱きしめてくださいました。
「……アルベルト様?」
「婚約式が終わったら……君に話したいことがある」
「……はい。なんでもお聞きします」
「ありがとう」
こうして着替えを済ませていた私は、屋敷で軽く食事をしてから、もう一度来客用の、今日のために仕立てた黒のドレスに身を包み、アルベルト様のお父様と、お母様の到着を待った。
「とても天候に恵まれた素晴らしい日ですね」と、アルベルト様に母が微笑んだ。
お母様も「アルメティア様も喜んでいるでしょう」と頷かれた。
それから暫くして、一等高級な馬車が止まると、中からアルベルト様が年をお召しになったら、こんなお姿かしら? と思わずビックリするほどの男性が現れ、馬車から降りたのは、背筋の伸びた威厳ある男性だった。
――アルベルト様が年を重ねたら、きっとこんなふうになる。
そう思った瞬間、この方が会長ルイズ様だと分かった。
アルベルト様が軽くあいさつし、私と母も深々と頭を下げると、会長様は嬉しそうに微笑み、共に屋敷の中へ入った。
教会から頂いた婚約式の為の書類に、私とアルベルト様は名前を記載し、血判を押しました。
その紙は、魔法で出来た特別なもので、教会が大切に預かるのだと教えられていました。
結婚の時、そこに新しい名が加えられる――それが、正式な夫婦になる証なのだそうです。
「恙なく終わって良かった。後はこの大事な紙を教会に持って行きましょう」
「少なからずの気持ちのお布施も忘れずにな」
「はい」
「ご用意しておりますわ」
こうしてアルベルト様のお父様であるルイズ様が乗ってきた馬車に皆で乗り込み、私達は教会に向かい、婚約式を終えた事と、教会へのお布施をしたのです。
司祭様が婚約式の紙を大事に保管してくださることになり、これにて名実共に、私ナディアはアルベルト様の婚約者となりました。
荘厳な雰囲気のこの教会で、いつか結婚式をするのでしょうか……。
そう思っていると――。
「フィズリー婦人」
「はい、何でしょうロガンド様」
「一等美しい絹と糸で、大事な義理の娘となるナディアの花嫁衣裳を頼みたい。期限は半年後を予定しているが、どうだろうか?」
「誠心誠意、作らせて頂きます」
「半年後……」
「半年後には、名実共にナディアは俺の妻となるのですね」
そう目を輝かせてルイズ様に声を掛けたアルベルト様に、ルイズ様は強く頷き、私を見つめた。
「アルベルトが身を焦がす程、恋に恋して愛した女性だ。ドレスも一等美しいもので我が家に嫁いで貰うのが、最大の礼儀だろう」
「――ありがとうございます!」
「ゆっくりしたいが仕事が詰まっていてな……。今度時間が出来たら、是非色々と話がしたいものだ」
「お心遣い感謝いたします。その時は是非、よろしくお願い致します」
最大の礼を持ってルイズ様に挨拶をして答えると、満足した様子でまずは皆で馬車に乗り込み、アルベルト様のお屋敷に到着すると、ルイズ様はその足で商会へと帰って行かれた。
何とも威厳のあるお方で緊張したけれど、とても慈愛に満ちた方だと思ったわ。
「アルベルト様に似て、とても素敵な方でしたわね。素晴らしい義父を得る事が出来そうで嬉しいです」
「そう言ってくれると助かる。とても商売には厳しいが、尊敬している父なんだ」
彼の言葉に私も頷き、その後母も帰宅して、屋敷に戻った私は自室で待つようにと言われ、着替えを済ませてソファーに腰かける。
名実共に、私はロガンド商会のアルベルト副会長の婚約者となった。
それはとても名誉あることではあるけれど、何故アルベルト様は私をお選びになったのか、謎は残ったままだわ。
「アルベルト様? お話ししたい事とは何でしょうか?」
「ああ、実は……あの額縁に入った手紙の事なんだが、君はずっとあの拙い字で書いたプロポーズの言葉を大事にしてくれていたんだね」
「はい。名前が潰れて読めないのが残念ですが、私が十歳の時、懇意にしていたお店の男の子から頂いた手紙です」
「その手紙を書いたのは……俺なんだ」
「……え?」
思いがけない言葉に私が目を見開き固まると、アルベルト様は頬を搔きながら、照れくさそうに教えてくださいました。
――当時まだ五歳だったアルベルト様は、両親と買い物に来る私に一目惚れしたのだという。
両親が品定めに夢中になる間、私たちは店先で何度も遊んだ。
そして引っ越しの日、震える手で書いた手紙を、私にそっと渡してくれた。
両親が他国で一旗揚げる為に引っ越しする事になり、その際に私へ、今は亡きお母さまに聞きながら文字を必死に書いて下さった事。
必ず迎えに行くという強い意志で、他国でも勉学に励み、いつか必ず――結婚するのだと、その想いで頑張ってきた事を教えてくださいました……。
「で、ではあの手紙の主は……アルベルト様なのですか!?」
「ああ、あの手紙は間違いなく、五歳の頃、君に書いた手紙だ」
「まぁ……っ!」
その言葉を理解するまで、ほんの一瞬。
次の瞬間には、私は考えるより先にアルベルト様に抱き着いていました。
本来ならば恥じらいを持ってこのような事をしてはならないのに、気持ちを抑えきれなかったのです!
「ああ……アルベルト様……ありがとう、ありがとうございます!」
「ナディア……」
「あの手紙のお陰で、父の死を乗り越え、義父の暴言にも耐え、義妹にも耐えてきました……。あの手紙こそ、私のお守りだったのです!」
「――ナディア」
「ありがとうアルベルト様……。私を長い間守って下さって……ありがとうっ!」
涙を流しお礼を口にする私を強く抱きしめて下さった彼にしがみ付き、暫くお互いに抱き合っていると、涙をそっと指先で拭かれ、見つめ合いました。
「何があっても、君を離さない」
「私も、何があっても貴方と離れないわ」
その言葉を互いに口にして――初めて口づけを交わしたのでした。




