第7話 私の宝物の大事な手紙と、荒れる義妹
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「奥様、こちらの額縁はどうなさいますか?」
「あら、中身は何かしら?」
「それが……何やら落書きの様でして」
その言葉に私が破顔すると、シシリーが持ってきた小さめの額縁を受け取り優しく微笑んだ。そこには、鉛筆を握りしめたような力の跡で、拙い文字が踊っていた。
【おおきくなったら、けっこんして】
名前までは頑張って書いたのでしょうけれど、残念ながら読めなかったのですが……。
なんともいじらしい程に愛らしい言葉で、何より初めてプロポーズされたお手紙だったので大事に額縁に入れて取っておいたのです。
あの手紙は、過去から未来へ続く、私だけの約束のように思えました。
「うふふ、これはわたくしの部屋の一等目立つところに飾って下さる?」
「畏まりました」
「……ナディア、あの額縁の手紙は」
「アルベルト様はお怒りになるかも知れませんけれど……私の宝物なのです。ですからその……捨てろなどとは……アルベルト様?」
彼は口元を押さえたまま、咳払いをひとつ。耳まで赤い。
……怒っているのではなく、堪えているのだと、そこで気づいた。
「いや、あの額縁ならば……許そう」
「ありがとうございます!」
何故か分かりませんけれど、あの宝物のお手紙は守る事が出来て良かったと、ホッと安堵の息を吐いたのでした――。
そう言えば、あの手紙を下さった小さい男の子は何となく……アルベルト様に似ているような気もしなくもありませんわ。
でも、今のアルベルト様とは随分と違って見えますし、まさかね……。
そう思い、あの美少女の様な男の子は、きっとアルベルト様とは別の子なのだろうと結論付けた数日後。
大量の布地を馬車に積み、屋敷にやってきた母との再会を果たすのですが――。
「なんで私は屋敷に入っちゃいけないのよ! 私は姉の妹よ!」
「アルベルト様より、固く禁じられております。お引き取りください」
「何より! お義姉様の意地悪でしょ! 通しなさいよ!」
「これ以上暴れるのなら憲兵を呼びますよ」
その言葉に妹は叫び声をあげて仕事着ではなく綺麗なドレスを着て馬車に戻って行きました。
あそこで何時間も過ごすのは大変そうだけど……。
屋敷にいたアルベルト様のご厚意で先に義妹の乗る馬車は店に帰って貰う事になり、荷物を運ぶ用の馬車をアルベルト様が貸してくださることになったのです。
アルベルト様は肩をすくめ、低く息を吐いた。
「……実に、育ちの悪い言葉遣いだな」
「お恥ずかしい限りです」
「私どもでは更生は不可能でしたわ」
「アレでは無理でしょう。ようこそフィズリー夫人。この度は愛するナディアの服を色々と仕立てたいと思っている。アクセサリーも靴も金に糸目は付けないつもりだ」
「まぁ……寛大なお心遣い感謝いたします」
深々と頭を下げたアルベルト様に母も貴族の最大の礼をお返しし、私達は屋敷の客間にお母さま達をお通しし、そこで私に似合うドレスを作って行くことになりました。
とは言え、貴族の間ではお相手の色を纏う事が当たり前で、私のドレスは黒が多くなりますが、宝石を沢山ちりばめ、夜の星の様なドレスを幾つも作る事になりました。
布地の山を見渡して、思わず指先が震えた。
――一生分の稼ぎを、今ここで見ている気がしたのです。
男性は妻や婚約者の色を一部飾るのが礼儀で、わたくしのキャラメルブロンドに近しい琥珀の宝石や、わたくしの瞳の色であるエメラルド等を購入されていました。
「折角美しいのに、私が真っ黒なせいでナディアが黒一色に染まってしまうな」
「構いませんわ。貴方の色ですもの」
「――ありがとうナディア」
こうして仲睦まじくしている姿を見て、お母様はとても嬉しそうな表情を為さっていたし、とても満足そうでした。
ただ、私とお母さま、そしてアルベルト様とで会話をする事になった時――。
母は紅茶に口をつけたまま、ふっと視線を落とした。
「ナナリーは……荒れに荒れてね。たった一ヶ月で五回。憲兵沙汰よ」
「まぁ!」
「たった一ヶ月ちょっとの間にですか?」
母の言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
――そこまで、追い詰められていたのかと。
これには驚きを隠せずアルベルト様も問いかけましたが、どうやら事実の様です。
「でも、エドガー様とお付き合いしていたでしょう?」
「早々に見切りをつけたそうよ」
「見切り……」
「貴女から奪って満足したら、要らなくなったんですって」
「でも、そうなるとエドガー様は……。だってお家にもいられなくなったと聞いて居ますわ」
「ええ、家を追い出されたそうよ。それもそうよね、店の乗っ取りを考えていた挙句、最も大事にすべき貴女を蔑ろにして、血の繋がらない義妹と浮気をしていたのよ? 当然の報いだわ」
「それはそうですけれど……」
どうやらお母様のお怒りはそれだけではなさそうです。
何かあったのでしょうか?
「『今からでも遅くない、ナディアと結婚させてくれ』って言いに来た時は思わず嘲笑ってしまいましたわ」
「ほう? 彼はそんな事を仰っていたのですか」
アルベルト様の声色が一段低い……。
これは怒っている声色ではないでしょうか……。
「無論『ナディアでしたら素晴らしい男性が迎えに来たので貴方との未来は一生来ません』とお返ししたら、店をトボトボと出て行かれましたわ」
「まぁ」
「因果応報だな。その後彼はどうなりました?」
「さぁ……何も聞いて居ないわね」
と言う事は、今何処にいるのかも分からないという事です。
何処かに住み込みで働いていればいいでしょうが、彼は働くことが大嫌いでしたから、どうなっているのかは分かりません。
「お義父様は相変わらずですのね?」
「ええ、相変わらず家に寄り付かず愛人の家に入り浸っているわ」
「ふむふむ、なるほど。でしたら是非ナナリー嬢とお父上がいない隙に今一度屋敷に来ていただき、正式な婚約届を作りましょう」
「ええ、是非そうしましょう」
「父上が屋敷に来られる日付ですが――」
と、その後は本格的に私との婚約を進めるべく日程が組まれ、その場に義妹と義父が来ない事が条件で話は進みました。
来て貰っても困るだけですものね――今は、静かに未来へ進みたいのです。
「では、また一週間後。その時は是非天候に恵まれ、いい門出が迎えられる事を祈ります」
「ええ、良い門出になる事を祈りますわ」




