第19話(閑話) ああ、何もかも上手く言っていたのに音を立てて崩れ去る
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――義父Side――
今まで楽な方に逃げて生きてきた。
これからもそれは続くのだと思って、人生を楽しんでいた。
浮気をしていた最中、最初の妻が死ぬまでは――。
暴走した馬車にはねられ、最初の妻は死んだ。
子育てをしたこともない俺のもとに、一人娘を残して。
娘は、最初俺が父親だと分からなかった。
それもそうだ、会うのは年一回か二回程度。
俺のことを記憶していなくて当たり前だった。
葬儀の際には、周りからの視線は刺々しく、眉を寄せてヒソヒソと言われるのは耐え難い苦痛だったが、娘を捨てる訳にもいかず。
それなら、娘を放り捨て、俺は愛人の家に逃げ込み、息を潜めた。
そう思い――ちょうど良く賭博で借金している男を脅し、今の妻と再婚した。
情けなく泣き喚いて「娘のためなんです」と情に訴えての婚姻だったが、俺は直ぐに婚姻したその日から浮気相手の元へ向かった。
妻があとは娘を何とかするだろう。俺の知ったことじゃない。
そう思って今日まで生きてきた。
全てが音を立てて壊れていったのは――娘、メアリーが義姉の婚約者と恋仲……とは言わないが、遊んでいた事がきっかけだった。
そこから大きな音を立てて……全てが転落人生に陥った。
自分たちですら驚く程の転落人生だ。
娘に構っていられない。
俺は俺で生きるのに必死だ!
娘を放り捨て、俺は愛人の家に転がり込んで閉じこもった。
妻から離縁だと言われた時、あんなにも証拠を突きつけられたら……。
慰謝料は誰が払う?
俺では払えない。
働く気もない。
そう思っていたら――。
「貴方の愛人に多額の慰謝料を払ってもらいますよ」
そう言われて血の気が引いた。
そんな事をしたら俺の居場所は!?
喉元まで出かけた言葉。
代わりに雄叫びを上げて逃げ出した。
幸い、愛人の家までは知らなかったようで、ほっと安堵していたのに――。
ついに……愛人の家まで特定され、俺は家から引きずり出され、法廷の中にある牢にぶち込まれた……。
離縁裁判をするのだと。
俺が逃げられないようにするためだと言われ、愕然とした。
一週間以内に裁判は始まるのだと言う。
離縁したら……愛人の家に逃げ込もう。
そう思っていたのに、いざ裁判が始まると――。
「私が慰謝料なんて出さないわよ。愛人だって言われても困るわ」
「では、愛人ではなかったのですか?」
「……愛人だけど」
「では、貴女にも慰謝料を払う義務があります」
裁判官の厳しい言葉。
愛人は「忌々しい」と俺を睨みつけていた。
これでは裁判が終わった後、転がり込む家すらない……。
全うに働いたこともない俺が、どうやって今後生きていけば良いんだ……。
しかも、わがまま放題の金食い虫の娘がいるというのに……。
俺は断固として離縁を断った。
泥沼化しようとも、離縁はしないと言いはったのだが――数々の証拠が、十分な離縁理由になるとされ、更にこうなった経緯までもがばらされた。
まさか、あの爺の妻が生きていたなんて……。
あの爺が俺に脅されゆすられ、今の妻を泣く泣く紹介し、婚姻を果たした。
その後、俺は爺を殺したのだ。
事実を隠蔽するために。
その夜のことだけは、今でも手の感触を覚えている。
それすら、ばれていた。
殺人罪も加わり、俺は刑務所で20年の懲役となった。
その後は、規律厳しい男性修道院にぶち込まれると。
「嫌だ! 男性修道院になんて行ったら、俺の人生が」
「他人の人生を踏みにじってきた罰が今くだされているだけに過ぎない。君は間違いを犯した。いや、生きている事自体が間違いなのだろうな」
「断頭台に消える事もできるんだがね?」
「ひいい!」
――俺が断頭台に消えなかった理由は、離縁してからでないと困ると言う妻の言葉からだった。
もうすぐ元・義娘……ナディアの結婚式が近いのだから、血なまぐさいのは要らないと、その為に懲役が終わった後は、外に出ることもなく男性修道院にぶち込まれることが決定してしまった。
離縁状は、直ぐに提出され、俺は罪人だからと、代わりの男性がやってきて離縁届を出した……。
「これで、フィズリー夫人はこの男と離縁が決定しましたな」
「ほっと胸がすく思いです。全く、私の人生にも、私のたったひとりの娘の人生にも、この男は必要ありませんでした。無論この男の娘もです」
「離縁した以上、義理の娘さんの親権は、父親に戻ります」
「ありがとうございます」
「ま、待て、待ってくれ。俺が刑務所にいる間、誰が娘の面倒を見るんだ?」
「誰も見ませんよ。貴方の娘さんは既に成人済みでしょう? 働くのが当たり前なのに、今まで働いて無かったのが可笑しいのです」
「そんな……」
「とは言え、君の娘さんなら行方不明ですよ。最後に目撃されてから一ヶ月、どこにも見つかっていません」
思わぬ言葉を聞いて元妻となった彼女を見たが――。
「なぜ離縁する男の娘など面倒見ますか。遊び歩いてる間にあの子の家具や持ち物は、粗大ゴミに出しましたよ。おかげで家がスッキリしてて気分がいいわ」
「お前……なんてことを」
「なんてことを? 赤の他人にここまで今までしてやったのよ? 感謝されても文句言われる筋合いはないわ」
メアリーは街のどこかに消えたと言う。
もう会えないのに、会うことも出来ないのに、メアリーに最後にあったのはいつだったかも覚えていない。
俺にとっては、たったひとりの娘もその程度だったのだろう。
力なく呆然と椅子に座っていたが、被害者席に座っている元妻とあの娘が気に入らなくて、痛い目に会ってほしくて――!!
「うわああああ!! お前らなんて死んでしまえば良かったものを!!」
座っていた椅子を被害者席に投げつける!
しかし、ふたりの前には屈強な兵士が立っていて、椅子があたることはなく、俺は床に叩きつけられ、潰れたカエルのような声が口から飛び出た。
――その罪も問われ、俺は25年の懲役。
服役後、修道院送りとなる……。
離縁さえ終われば、俺はまた愛人の家で生きられる――そう信じていた。
きっと、誰も面会になど来てくれない。
俺の名前を呼ぶ声は、もうこの世界のどこにもなかった。
孤独と地獄の幕開けだった……。




