第16話 謎の解明を夫に頼み、私の平和は続いていて……
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その夜、アルベルト様と一緒に湯船に浸かりながら、ふと思い出したことを口にする。
それは、幼い頃の思い出だった――。
「小さい頃、父ともよく一緒に湯船に入ったんです」
「お父様と?」
「はい、とても気さくで優しくて、お父様が生きている時は全てが輝いて見えました。けれど……風邪をこじらせて亡くなってからは、家の中の空気が変わってしまって……」
その言葉に、アルベルト様は私をぎゅっと後ろから抱きしめて下さった。
ほろりと涙が湯船に落ちる……。
お父様は本当に素晴らしい方だったのを思い出し、涙が止まらなかった。
「お父様は、無茶をよくする母を休ませるのが得意な人で……。私にも惜しみない愛情と、生きていくうえで大切なことを教えてくれました……」
「そうか……。俺も記憶にある……。君のお父様は、君の髪色によく似たとても素敵なお父様だったね」
「――はい! 母はそんな父を想い、再婚はしないと決めていたんです。それなのに……親戚の方が今のお義父様と義妹を連れて乗り込んできて……」
「それは……」
「どんな話をしていたのかまでは聞いていません……。でも、三人揃って土下座して必死に頼み込んでいたのは覚えています……。今思えば、行く宛がなかったんでしょうね……」
そうでなければ、幼い義妹を前にして母も渋々受け入れはしなかっただろう。
でも、それをあの人達は……人の善意を踏みにじって、好き放題した。
そのツケを払うかのように、今の結果があるのだとしたら、因果応報……自分にしてきたことが返ってきただけだと思う。
「でも、何故親戚の方は、あんな人を母に紹介して土下座までしたのかしら……」
「気になるね……調べてみようか?」
「でも、紹介した男性は亡くなってから随分経つんです。真相が分かるか分からないか……」
「なに、分かる分からないにせよ、調べることで愛しい妻の心が少しでも軽くなるのなら、それに越したことはない」
「アルベルト様……」
「本当の真意はどこにあるのか。俺も調べたくなった」
まるで獲物を見つけたかのような目で前を見つめるアルベルト様に、くすりと笑い「怖い顔はおやめになって?」と伝えると、ふわりと笑顔に戻った。
「君の前でする顔じゃなかったな」
「そんなお顔も素敵ですけど、いつもの豪快な笑顔の方が好きです」
「ははは! 愛しい妻にそこまで言われると……恥ずかしやら愛おしいやら」
「ふふふ」
体の向きを変えて首に抱きつき笑い合う時間。
それはとても幸せなふたりだけの空間での――甘い時間。
「俺は君には憂いのない人生を歩んでほしいと思っているよ」
「ありがとうございます……。でも、甘やかしすぎですわ?」
「俺は一目惚れして幼い頃から君だけだと思い続けた男だぞ? 愛が甘くて重いんだ」
「まぁ!」
「その重苦しい愛を受け止めてくれるナディアが、愛おしくて狂おしいんだよ」
「甘い言葉で茹だってしまいそう……」
「それはいけない。上がって一緒にベッドに行こう」
こうして私はアルベルト様に抱きかかえられて湯船を出ると、着替えを済ませてふたり寝室へと消えていった……。
そして翌日、昼になっても起きられなくて、ようやく目を覚まして湯浴みを済ませていると、玄関で言い争うような声が聞こえたけれど、直ぐに静かになった。
「何だったのかしら?」
「物売りでも来たのでしょう。奥様、本日は何になさいます?」
「そうね……。起きたのがお昼すぎだから……甘いものが少しだけ食べたいわ」
「承知しました。頼んでまいります」
「お願いね。私はいつもの部屋でレース編みをしているわ」
それだけを伝えると私はいつもの部屋に入り、窓辺に座ってレース編みを始める。
すると、どこかで見たような姿だけど、あまりにも見すぼらしい姿の女性が見えた。
誰かまでは分からなかったけれど、どうやら泣きながら走り去っていったようだわ。
「あの人、どこかで……。でも、身なりを構わなくなるなんて、あの子がするはず無いものね」
自分の見た目には人一倍気を使う義妹が、あんなに落ちぶれるはずがない。
私の中でひとつの結論として出して、レース編みを始める。
昨夜は激しかったから身体が少し痛むけれど、それだけ心の底から愛されているのだと思えば、頬が赤くなりそうだわ。
それでも、不安や怖さは一切なく、心は満たされていた。
「そういえば、そろそろ船も出港するのよね」
ふと、ロガンド商会が持つ二隻の船がこの街から片道半年掛けて向かうのだとベッドの中で教えてくれた。
乗組員の研修も終わった頃合いで、全員船に慣れるために、船の中で寝泊まりしていたのだとか。
陸に上がるのは、海を渡った半年後。
違う土地にて陸に足を載せることが出来るのだと言っていた。
「ロガンド商会って凄いのね。徹底した教育理念。その頃には結婚式が終わっているわね」
結婚式まで後三ヶ月。
三ヶ月すれば、すでに籍は入れているけれど、大手を振ってロガンド商会副会長の妻を名乗ることが出来る。
後三ヶ月で……。
「お母様もドレスは着々と出来ていると言っていたし……」
少しだけゆるく作ってもらうように頼んだのは、こちらに来てから少し太ってしまった気がするから。
家の中にいるだけでは、食べ物に気をつけないといけないのね……。
働いていた頃は、もっと痩せていた気がするけれど……。
「お義母様にスタイルを維持する方法をお聞きしたいくらいだわ……」
思わず漏れた本音は、部屋に入ってきたシシリーに聞かれてしまい、思わず赤面してしまう。
けれど、それは名案だと言われ、初めて手紙でお義母様に連絡を入れることになるのだけれど……。
そこからは、ほぼ毎日の文通友達のように仲良くなるのは、もう少し先のこと――。




