風鈴の宿
急な出張が時間通りに終わるはずもなく
現場を出た時はすでに日付が変わりつつあった
駅前にはホテルどころかコンビニすらない田舎
だが野宿というわけにもいかない
途方に暮れていると
遠くに看板が見える
ありがたいことに民宿のようだ
【 民宿 風鈴の宿 】
玄関から常夜灯らしき明かりが見える
引き戸を開けると
そこには老婆が座っていた
天井にはビッシリと
無数の風鈴が吊り下げられている
「ひひ……いらっしゃいませぇ……」
「あの、予約なしの飛び込みですが、大丈夫ですか?」
「ひひ……宿泊でも……ご休憩でも……」
「いや、休憩ってなんやねん」
老婆は部屋まで案内してくれた
木造の廊下は歩くたびに軋む
突き当りの襖 (ふすま) を開ければ
そこに一式の寝具が置かれていた
「ここを……お使いなされ……」
老婆は静かに襖を閉める
和室の部屋には机が置かれ
BGM放送が聞ける設備が設置されていた
「昔のホテルって、こんなのあったよな」
時間も時間だしむしろ静かに眠りたいのだが
つい好奇心でスイッチを入れてしまった
天井のスピーカーから流れる
木魚と念仏……
無言でスイッチをオフ
俺は布団に入る
なお、この時は気付かなかったが
実は各宗派の念仏がチャンネルとして設定されているらしい
「そうそう……忘れておりましたが……」
「うわ、うわああああああああああ!」
突如、音もなく襖が開き
老婆が話しかけてくる
心臓が止まるかと思った
「朝は無料の……ビュッフェが用意してありますぇ……」
「わかったから急に入ってくるな!」
音もなく襖は閉まる
そして朝が来た
朝食は米と煮物、味噌汁と漬物の食べ放題
ビュッフェと聞いていたのだが……
まあ安ホテルではよくある光景だ
味は素朴で旨かった
「お帰りですか……またのお越しを……」
宿を出るとき老婆が頭を下げた
すると一斉に風鈴が鳴る
どういう仕掛けなんだ……
まあ、とりあえずは出張も終わり
仕事も済んだことだし帰るとするか
老婆は手を合わせる
ここは成仏できなかった霊が集う宿
出張先で事故に遭い
帰らぬ人となったあの男は
この季節になると毎年訪れるのだった




