番外編ー晴れた春の日《中編》
「ロワナ、お久しぶりです」
テンションが上がり飛び込んだものの、ロワナは恥ずかしくなり顔が上げられなかった。
「ロワナ?久しぶりなのですから、お顔を見せてください」
ノクティスがロワナの顎に手をかけ、クイッと上を向かせる。
「·····」
ノクティスは真面目な顔をしてロワナを眺めると、唐突に軽いキスをした。
「ちょ、ちょっとノクス!」
「あ、申し訳ありません。つい」
(つい?)
一気に顔が熱くなる。手でノクティスを押しのけ、少しの距離を取る。
押しのけられたノクティスはにこにこ微笑っているのがなんだか気に入らない。
コホンッと咳払いが聞こえた。エリシャがじとりとノクティスを睨んでいる。
ノクティスはエリシャの視線に気付き、軽く一礼した。
エリシャは小さくため息をついて言った。
「閣下、今日は皇女殿下をよろしくお願い致します。殿下は目を離しますと、すぐにいなくなることがありますので、重々注意なさってください」
「エリシャ、私はもう子供じゃないのよ」
口を尖らせながら言うと、ノクティスは微笑いながら言った。
「ああ十分注意しよう。侍女殿は心配せず皇城で待っていてくれ」
「あとでねエリシャ」
「はい。お気をつけて」
馬車を見送ると、改めてノクティスと向き合った。
鎧は身につけておらず、動き易い藍色の上着とズボン。ロワナは嬉しくてまた飛びつきたくなった。前世での護衛騎士時代も、街に連れて行ってくれる時によくしていた格好だ。
シンプルな格好だからか、ノクティスの端正な顔立ちと背筋の伸びた立ち姿が際立つ。ロワナはうっとりと見つめた。
「···姫、見すぎです」
ノクティスが居心地の悪そうな顔をして言った。
「あら。ごめんなさい」
そうは言っても、もう穴があくほど見て良いのだから許してほしい。
「二人で街を見て回れるなんて嬉しいわ」
ロワナはにっこり微笑ってノクティスの腕に自分の腕を絡めた。びくりとノクティスが跳ねる。
「な、なに?腕を組むの嫌なの?」
「···嫌な訳がありません」
過剰反応をしてしまった事が恥ずかしいのか、ノクティスはしばらく黙ったまま歩いた。
中心街。前世で何度か来たことがあるが、今世では初めてだ。
「ノクス!こっちよ。こっち」
前世でノクティスと街に来た時は、必ず訪れていたパンケーキのお店がある。大通りから少し外れた場所にある、隠れ家的なカフェだ。
ロワナは記憶を頼りにうきうきと角を曲がった。
「――あら?」
角を曲がった先にあるはずの、覚えのある茶色の屋根のお店はなかった。
(そうか。私達の運命も変わったのだもの····前世であったものが、今世でない事もあるわよね···)
ロワナに案内されるがまま付いてきていたノクティスは、しょんぼりとするロワナを見て、その視線の先を確認した。
「ああ、このお店でしたら大通りにありますよ」
「え?」
ノクティスに案内され、大通りに出てくると確かにロワナの記憶にあるパンケーキ屋に着いた。しかし規模が違う。こじんまりとしていた素朴な店構えではなく、三階建ての大きな建物だ。一階にはパンケーキやケーキが並び、二階、三階はカフェのようだ。
「あら?すごく大繁盛していたのね···?」
「ええと···このお店は前世で姫が隣国に嫁がれてすぐに潰れたのです」
「えっそうなの?」
「ですから、今世では潰れないように援助していたら、援助し過ぎたようですね」
ぽかんとノクティスを見上げる。
(援助?帝国の公爵家がパンケーキ屋を?)
「ノクティスが援助したの?何故···」
「姫はこのお店のパンケーキがお好きだったでしょう?」
「パンケーキだけでは心許なかったので、他の商品も売り始めて大成功したようですが、パンケーキだけはなくさないよう伝えました」
お店に入ると、華やかなケーキが並んでいる。その中でパンケーキだけはロワナの記憶の通り素朴なものだった。
ロワナとノクティスはパンケーキを半分こして食べた。
「ノクスとまたこのパンケーキが食べられるなんて夢みたい。ありがとうノクス」
「いえ」
ノクティスはパンケーキを頬張るロワナを、蕩けるように微笑んで見つめていた。
「あっ、エリシャにもお土産に買ってくれば良かったわ」
店から出た所でロワナは言った。
「私が買ってきましょう。姫はそこのベンチで休んでいてください」
「いいの?ありがとうノクス」
ノクティスはベンチにロワナを座らせると、自分が着ていた上着を脱いでロワナにかけた。
「ん?べつに寒くないわよ?」
「牽制です。男物の上着をかけてたら変な輩も寄ってこないでしょうし」
「こんなに明るいうちからそんな変な人はいないわよ」
「念の為です。知らない人に付いて行っては行けませんよ」
「はぁい」
ノクティスは店の方へ戻りながら、もう一度振り向いた。
「気になるお店があっても待っていてくださいね」
「分かったから」
呆れながら答える。ロワナは気配で分かっている。ノクティスだけじゃなく、少し離れた所に護衛が何人かいる事に。
(ノクティスの部下と···お兄様が寄越した護衛もいるみたいね)
だからこそノクティスはロワナを置いて戻ったのだ。それでもまだ心配するなんて。ノクティスがこんなに過保護だったとは。
ノクティスが店の中に消えて数秒後、ロワナの目に飛び込んできたのはふらふらと走る馬車だった。
馬車に気付かず歩いている子供。ロワナは考えるより先に地面を蹴った。
馬車に轢かれそうになった子供は、なんとか無事にロワナの腕の中だ。しかし馬が正常ではない。若干泡を吹きながら突進して来る。
剣術を嗜んでいるとはいえ、素手では何も出来ない。
ロワナは子供の上に覆いかぶさった。
その瞬間、馬の啼き声が大通りに響き渡った。
ロワナが目を開けると、見知らぬ少年が立っている。
「君たち、怪我は?」
「···ありません」
馬は少年に足を切りつけられたようだ。馬は別の人に押さえられ、なんとか止まった。
「ジョージ!」
子供の母親が駆け寄って来た。
母親は子供を抱き、何度もお礼を言いながら去って行った。
ロワナは笑顔で子供に手を振った。
(無事で良かった)
ふと視線を感じて振り向くと、助けてくれた少年が首をかしげながらこちらを見ている。
「·······」
しばし見つめ合う2人。
(見たことない人だけど、何かしら?この既視感は。誰かに似ている···?)
「君····」
「貴方···」
2人が同時に口を開いた時、後ろから切羽詰まった声が聞こえた。
「――姫!!」
ロワナが振り向くと、真っ青な顔をしてノクティスが走ってくる。
「姫!お怪我はありませんか?」
ノクティスはロワナの肩を掴み、上から下まで怪我がないか確認した。
「大丈夫よ」
「何があったのです?」
「ちょっと馬車の馬が暴れてて···子供が轢かれそうだったから」
「はぁぁぁ」
ノクティスはがくりと項垂れた。
「私が目を離して5分と経っていませんよね?侍女殿の言う通りだ。1秒足りとも目を離すのではなかった」
ロワナは何も言えない。
ドレスの裾が汚れているのを見て、ノクティスは顔を顰めた。
「申し訳ありません」
いつからいたのか、ノクティスの部下のライネルが後ろに立っている。
「言い訳は後で聞く。今は下がれ」
ノクティスが低い声で言うと、ライネルは頷いた。
「あ、そういえばこの方が助けてくれたの。お礼を···」
振り向くと、誰もいない。
「あら?」
辺りを見渡しても、その人物はいなかった。




