最終話ー終着点
「ライネル、馬を」
ノクティスがバルコニーから下に声を張ると、下から返事があった。
「ここに」
ノクティスは下を確認すると、またロワナを抱き上げてバルコニーから階下に降りた。
しがみつきながらロワナは聞いた。
「どうしてそんなに身軽なの?」
「だてに回帰しておりません」
また冷めた冷ややかな眼に戻り、ノクティスは答えた。
「大公邸に戻ります。途中で抜けてきたので」
「えっ」
ライネルと呼ばれた部下が馬を引いて近付いて来た。
(あ、公爵領で会った人だわ)
「皇帝陛下からの書状を見るやいなや、すぐ馬で駆けて行ってしまわれたので、まだ爵位の譲渡を受けておられないのです」
「えっ早く戻って!」
馬に跨り、ノクティスはにやりと言った。
「目的は達成出来そうですが、やはり爵位も貰っておきませんと」
大公位をついでみたいに言うノクティスに、ロワナは開いた口が塞がらない。
「では姫、また後日改めてご挨拶に伺います」
ノクティスはふわりと微笑うと、馬で駆けて行った。
回帰前にノクティスと過ごした10年は、とても幸せだった。
(そして回帰後の10年も、幸せだったわ。家族に囲まれて。――でも、ノクティスは?貴方の新しい10年は幸せだったのかしら)
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2日後、謁見の間。何の催しか、全ての皇族が揃っていた。
「帝国に昇る太陽、皇帝陛下、並びに皇太子殿下、皇子殿下、皇女殿下に、ご挨拶致します」
ノクティスは黒地に金の装飾を誂えた正装に身を包み、胸に手を当て頭を下げた。
「このたび帝国の盾、ヴァルグレイス大公位を継承致しました」
「ふむ。若き大公。名に恥じぬ働きを期待してるぞ」
皇帝がそう言うと、ノクティスは頭を上げた。
「ならびに、第ニ皇女殿下との婚姻を許可していただきたく、参じました」
皇族たちの眉が動く。
ロワナはハラハラした。
(なんだか不穏な雰囲気ね)
「大公。爵位を継承してすぐそのような希望を述べるとは、時期尚早じゃないか?」
オーガストが口を開いた。
「全くです。姉上はまだ成人したばかり」
シオンも黙ってはいない。
「私はロワナの意向に沿うのなら、口を出したくありませんが、どうなのかしら?」
アリアナは微笑んでいるが、目が微笑っていない。
まさか自分の婚姻に、兄弟たちにこんなに渋い顔をされるとは。本当に回帰前では考えられない。ロワナは嬉しいやら、ノクティスに申し訳ないやらでいたたまれない。
ノクティスはそんなロワナと目が合うと、優しく微笑んだ。家族に大切にされているロワナを慈しむように。
「皇女はどうだ?」
皇帝の問に、ロワナは背筋を伸ばした。
「陛下、私はヴァルグレイス大公に嫁ぎたく思います。帝国の盾として、大公と共に陛下の支えになりたいです」
皇帝の眉間のシワが深くなった。
「ふむ。月日が経つのは早いものだ。ロワナがそのように言ってくれるとはな。――だが、たしかに結婚となると時期尚早だ。まだ大公になったばかり。皇女を託すとなるといささか頼りない」
ノクティスはぴくりと動いたが、眼差しに動揺は見られない。
ロワナは動揺した。ノクティスと一緒になれる希望が、ガラガラと崩れる。
皇帝はロワナの顔を見て、少し微笑った。
「そんな顔をするな。反対している訳ではない。ひとまず婚約ということにしよう」
「妥当でしょうね」
「はい。婚約期間を設けるのは当然でしょう」
皇子たちは頷いたが、ノクティスの表情が少し暗い。しかしノクティスは頭を下げて言った。
「承知いたしました」
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「反対されなかっただけ良かった。陛下は貴方をとても大事にしているからな」
ノクティスを送るついでに、2人で皇宮の庭園を散歩している。
「でも、結婚が良かったわ」
しょんぼり言うと、ノクティスに抱きしめられた。
「ふーーー」
ノクティスは長いため息を吐いた後に呟いた。
「ハァ可愛い」
予想をしてない甘い言葉に、ロワナはすぐに固まってしまう。
(な、何なの。こんなことを言う人だったなんて)
「しかしこれで貴方への求婚書も減るでしょう」
「求婚書?そんなの来てたの?」
「最近は私の手に負えない量になってきてたので、どうしたものかと思っておりました」
座った目で言うノクティスを見ながら、ロワナは驚いた。
(そんなことまで気にしてたのね)
「ふっ」
ふと顔を上げると、ノクティスが笑っている。
「どうしたの?」
「いえ、そういえば回帰してすぐ、この木の上にいる姫を見つけたなと。貴方は本当によく登ってよく落ちる」
「忘れてちょうだい」
(人を猿のように···)
思わず睨むと、ノクティスはいっそう微笑んだ。
そしてロワナの手を取りキスをした。
「回帰してからの10年は、オーガスト達に譲りましたが····これからの年月を私と共に歩んでいただきたいのです」
夕日に溶け込むような赤銅色の瞳を見つめ、ロワナは応えた。
「もちろんよ。私がこれからの10年――いえ、もっともっと。貴方を幸せにするわ」
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