第16話ー告白
部屋に戻ると、灯りが付いていなかった。侍女が付け忘れたのだろうか?
部屋は暗いが、バルコニーから少し明かりが入る。ふと見ると、いるはずもない人物がそこに居た。
「あ、貴方何してるの?」
彼は今は大公邸で爵位の授与をされているはずだ。
正装のまま、乱れた髪で汗だくのノクティスがバルコニーに立っていた。
ロワナは慌ててバルコニーの戸を開けて駆け寄る。
(な、なに?大公邸で何か起きたの?)
呆然と立ち尽くすノクティスの手には、書簡が握られている。
大公らしい正装であるものの、暗い表情のノクティスを見て、思わず昔のまま呼んだ。
「ノクス!どうしたの。何かあったの?」
「――姫、やはり駄目なのですか?」
「え?」
「私の望みが得られないのでしたら、大公位にはなんの価値もありません」
下を向き、小さな声で言うのでよく聞こえない。
ロワナはノクティスの両頬を掴み、前を向かせた。
「はっきり言いなさい」
ノクティスの赤銅色の瞳が、ロワナを映した。
「これです。婚姻の申込を拒否すると、陛下からの書簡が届きました」
(申込?大臣たちからの提案ではなく?)
「ええ。貴方もせっかく大公にまで上り詰めたのだから、望まない婚姻など結ばなくて良いのよ」
「望まない?」
揺れていた赤銅色の瞳に、熱が籠もった。ノクティスは自分の頬にある手を握り、口元へ寄せた。
「――いえ、姫。これは私の回帰前からの悲願です。この婚姻は私から陛下へ申し上げたもの」
ロワナは目を見開いた。
「でも、今世では貴方は私の護衛騎士すら嫌だったのではないの?」
「護衛騎士では貴方と一緒になれないことを学びましたから」
突然の告白に、ロワナは頭が真っ白になった。
ノクティスの言い分では、まるで自分と結婚したいと言うように聞こえる。自分が都合の良い解釈をしているのだろうか。
「ノクスは、私と結婚したいの?」
「はい」
身体は硬直しているのに、目が熱くなった。頬を涙が伝う感触がする。
「わ、私は回帰する前からも、してからも、貴方がずっと好きだったのよ?」
ロワナがずっと胸にしまっていた言葉を口から出すと、ノクティスが口を開いて顔を近づけた。
「······」
口が重なる寸前で、ノクティスが止まる。至近距離で、相手の片目しか見えない。
「うぅっ」
たまらずロワナが声を出して泣き始めると、ノクティスはロワナの口を塞いだ。
口に感じた暖かさが胸にじんわりと広がり、ロワナはノクティスの背中に手を伸ばした。
ノクティスもロワナを抱きしめる。あまりに力が強く、ロワナはしばらくすると呻いた。
「ノクス、くるしい」
ビクッと身体を震わせ、ノクティスは少し力を緩めた。だが、まだくるしい。
「も、申し訳ありません。気が昂りすぎて力の制御が出来ません」
ノクティスはロワナの肩に顔を埋めたまま弁明した。
「――姫、私を押しのけてください」
(そんな無茶な)
がっちり腕の中にいるロワナは、ノクティスの要望に応えようと、とりあえず腕を動かして抵抗しようとした。
ロワナが身動ぎをすると、ますますノクティスの腕に力がこめられる。
(――う、嬉しいけどこれ以上は)
ノクティスが顔を埋めたまま、吐息と共に口が首に触れる。
「ノ、ノクス···」
パッと唐突に腕が離れた。
あまりに突然離れたので、ロワナの身体が後ろに傾く。
ノクティスがすぐに腕を腰に回して支えてくれた。
ノクティスの顔は赤くなり、怒っているような、何かを耐えているような、そんな表情だ。ロワナはそっと頬に触れようと手を伸ばした。―が、その手はノクティスによって阻まれた。
「――姫、私は自分が自制心が強くないことをたった今知りました。その手はお下げください」
スッと赤かった顔が正常の色に戻り、(なんなら青くなった?)眼にあった熱も消えている。
「それで、姫。婚姻の申込は受けていただけるのですか?」
腰に回った手に力が入った。
ロワナは微笑んで言った。
「はい」
赤銅色の眼から、ぽろりと雫が落ちた。落とした本人は驚いてさらに目を丸くする。
ロワナは伝った涙に口を近づけてキスをした。
恥ずかしくて、パッと顔を離してノクティスの顔を覗くと、ワナワナと震えて驚愕の表情をしている。
「お、怒ったの?愛しさが溢れてつい」
ノクティスの口から「ギリ」と食いしばる音が聞こえた。
(そんなに怒らなくても)
ロワナは身の危険を感じ離れようとしたが、ノクティスの腕にまた力が入り離れることができない。
「――姫、警告したのに相変わらず度胸がおありですね」
ノクティスが冷ました瞳に、一気に熱が戻りロワナは目を閉じた。
「わ」
ノクティスはロワナを抱き上げ、そのまま深くキスをした。




