第14話ー窓辺の再会
伊達に回帰してから鍛錬を欠かさなかった訳ではない。バランスは崩したものの、窓枠を掴みなんとか転落は免れた。飛び降りようとした訳ではなく、壁の出っ張りをつたって降りようとしていたのだが、こうなれば飛び降りるほかない。
下をチラリと見た。少し高いが、おそらくなんとかなるだろう。···おそらく。かじかんだ手の力がなくなる前に、ロワナは意を決した。
「何をしてるんですか」
耳元で声がした。ロワナの手は窓枠を離れたが、別の手が窓枠を掴んでいる。ノクティスは片方の手で窓枠を掴み、片方の手でロワナの腰を抱いている。壁に両足を着きバランスをとっている。
ノクティスはため息をつくと、ロワナを抱え危なげなく下に降りた。
「2階と言えど足を骨折してましたよ」
「あ、あなたが逃げるからじゃない」
「逃げてなどいません····」
ノクティスはロワナが寝着であることに気付き、素早く自分のコートを着せた。
「骨折と、風邪を引きます。皇太子殿下に怒られますよ」
月が隠れた。ランプの淡い光では、下を向くと表情が見えない。会って聞きたいことがたくさんあったのに、ノクティスの顔が見れないことにロワナの胸はザワついた。
「小公爵?」
「·····皇女殿下、部屋へお戻りください」
振り返り、背を向けるノクティスにロワナは叫んだ。
「ま、待って!聞きたい事があるのよ」
ノクティスは足を止めなかった。
「ノクス!」
久しぶりに口から出た呼び名に、ノクティスはピタリと止まった。
「――姫、何故来たのです。父は、私の爵位継承に迷いを感じてしまった」
「え?」
ノクティスがまた一歩足を踏み出したので、ロワナは背中に飛び込んで捕まえた。小公爵という立場でありながら鍛え抜かれた肉体は厚みがあり、ロワナの手ではしがみ付くしか出来ない。
「じゃあ、どうしてアデラジャの新王を討ったのよ。単独で向かうなんて前代未聞だわ」
「貴方が来なければ、こんな馬鹿な真似はしませんでした」
「どういうこと?」
しがみついた腕をはがされ、ノクティスが振り向いた。
冷たい赤銅色の瞳に、ロワナだけが映っている。
「皇女殿下をお部屋までお送りしろ」
ノクティスが言うと、いつのまにそこにいたのか背後から人が現れた。
「殿下、こちらへ」
ノクティスの部下であろう人物に促され、ロワナが言うことを聞くべきか迷ってる間に、ノクティスは背を向けて去って行った。
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「皇女殿下はお部屋までお送りしました」
「そうか。もういい、下がれ」
ライネルからの報告を聞き、ノクティスは階段を登り始めた。
謹慎場所である、離れの最上階が今のノクティスの部屋だった。部屋に行くには無駄に長い階段がある。
謹慎場所とはいえ、皇都へ行く前の地下の部屋より数倍広い。
一目会えれば。と、足が向かった。まさかあのタイミングで窓を開けるとは。
(降りようとした時には肝が冷えたが)
部屋の扉を開けると先客が居た。ノクティスの部下が通したということになるので、警戒はしない。
「謹慎中じゃなかったのか?」
「殿下。わざわざ登って来られたのですか」
オーガストはノクティスを見るなり不満を言った。
「そうだ。わざわざ北方まで来たというのに、既に事が終わっているとはどういうことだ。何故あんなに無茶をした?公爵位が欲しいのではなかったのか?」
「――殿下こそ、なぜロワナ様の同行を許したのです」
「なに?」
アデラジャに1人で向かった訳ではない。ライネルと、部下数人と向かった。それでも無謀だと罵られて当然だ。狂気の沙汰と言われてもおかしくない。
自分が殺すつもりではなかった。ヴァルグレイスまで誘い込み、現公爵である父に首をとってもらうつもりだった。武功を上げ、更に上を目指すために。
ロワナがヴァルグレイスに来ると知って、ノクティスは我慢ならなかった。
レバノンの目に、もう一度ロワナを映すことなど考えられない。
「なんだ?アデラジャの新王は立太子式の時にロワナに何かしたのか?」
オーガストは怪訝な顔をした。
「········」
しばらく待っても何も言わないノクティスに、オーガストは諦めたように息を吐いた。
「まぁいい。お前には恩がある。爵位の継承権は変わらないようにしておく」
「それは結構です。父が渋ったとしても、私が生きている限り兄たちは継がないでしょうから。殿下に借りを作りたくありません」
呆れた顔をしてオーガストはノクティスを睨んだ。
「お前な···」
「私にとっても殿下には恩がある。なので返そうとなさらなくても結構です」
突拍子もない言葉に、オーガストは驚いた。
「私には覚えがないのだが?」
「そうでしょうね」
これ以上は言うつもりがないとでも言うように、ノクティスは背を向けた。
オーガストは納得がいかない顔をしていたが、席を立ったので諦めたのだろう。
だが扉に手をかけたところで、意地の悪い顔で振り向いた。
「ノクティス。お前が公爵位を望む理由なのだが、もし私が仮定している理由ならば、話が変わってくるのだが」
ノクティスは冷ややかな瞳でオーガストを見た。
「何のことでしょう?皇太子殿下ともあろう方が、一度言った言葉を覆す事のないように願います」
「ああ。願っておけ」
そう言ってオーガストは扉を閉めた。階段を降りる足音が聞こえなくなるまで、ノクティスは扉を睨んだ。
「いまさら気づいても遅いですよ殿下」
(とはいえ、当の本人に断られることもありえる。充分に)
しかし、万に一つでも可能性があるのなら。
「殿下の即位前に何としても爵位を継がないとな」
ロワナが不幸になった原因を、思い当たるもの全て取り除いた。その上で、彼女がどう選択するのか。
ノクティスは目を閉じて願った。
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しばらくして、ヴァルグレイスの若き次期公爵が新王を討ち取ったと報じられた。
ヴァルグレイス公爵は、アデラジャの王の首を皇帝に献上した。皇帝はアデラジャを公爵領に含めて治めるように通達し、ヴァルグレイス公爵家を大公家へと昇爵させた。
これによりアルカダイアに初となる大公家が誕生した。
立太子式から1年。
ロワナが15歳になった歳だった。




