第10話ーノクティスの野望
アカデミーに向かう馬車の中で、ノクティスは兄2人に宣言した。
「僕は騎士科には行きません」
どうせ入学したら分かることだ。とはいえ言うのが遅かったことは把握している。長男のイグナントと、次男のロクサスはぽかんと口を開けた。
先に口を開いたのはロクサスだ。
「何だって?それは、つまり、そういうことか?お前、公爵位を狙ってたのか」
次男は少々口が悪い。思ったことをすぐに言ってしまうので、思惑が交差する貴族社会は不向きだ。
「それは···良かったな!兄上!」
そのロクサスが言った言葉に、ノクティスは面を食らった。
(良かった?)
イグナントを見ると、顎に手を添えて一点を見つめている。
しばらく考えてイグナントがノクティスを見た。
「正直に言うとだ。それはとてもありがたい。俺も、ロクサスも―父もだが、根っからの武人気質だ。貴族社会で立ち回り、公爵領を治めるのには苦労するだろう。だが、お前はそうではない」
回帰前からも、そうだろうな。とは感じていたが、ここまでさらけ出して来るとは。
「お前がその腹づもりでいてくれるならありがたい。だが、母上や父上はまだ納得しないだろう」
「はい。アカデミーにいる間にも、公爵家の事業に加わろうと思います。父上には更に手柄を立てていただきたいので」
口元がにやりと歪む。おっと、まだ少し猫を被っておかねば。10歳だからな。
赤茶色の眼をパチパチと動かし、兄たちは顔を見合わせた。
「はは。手柄を?お前、野心家だな。何を目指しているんだ?」
「権力が欲しいのです」
ノクティスが微笑んで言うと、2人は更に嬉しそうに笑った。
「兄上!こんな野心が強い弟とは思いませんでしたね」
「ああ。だが頼りになりそうじゃないか?」
本心からの言葉に、ノクティスは少し安堵する。
回帰前の様子から、イグナントも騎士団に入団したかったのだろう。
❉❉❉❉❉
アカデミーに入学した後は、なるべくオーガストと共に行動した。寮も隣で、同じ特待クラスなので特に努力せずとも良かった。
オーガストは皇妃の画策もあり、近寄りがたい雰囲気を出していたが、なんと言ってもまだ10歳だ。懐に入るのは容易かった。
次第に皇妃より、ノクティスを優先するようになった。
「殿下、今日も皇妃が来られていたのですか」
少々、うんざりしたようにオーガストは答えた。
「ああ。だが今日は授業の間がなく、会いには行けなかった。社交界の愚痴や父上の愚痴ばかりだから、まあいいだろう」
年頃の男子だ。母親が疎くなっても無理はない。
やはり以前調べた通り、回帰前と違い皇妃に洗脳の天啓はないようだった。会う回数を減らしただけで、こうも効果が出るのだから。
オーガストの表情や態度を見る限り、皇妃の影響はもう薄いだろう。ノクティスは代わりに、休みの度に城に帰り、城の内部や兄弟たちを気にするように伝えた。彼が将来弟妹たちを蔑ろにしないように。
最初はオーガストも話半分に聞いていたが、あまりにしつこいので3年時の中休みに城に戻った。その後も休みのたびに城に戻るようになったので、良好な関係を築けたようだ。
「ライネル。これは何だ?」
ノクティスはアカデミーの寮にライネルを呼びつけた。定期的に提出させているロワナに関する報告書に、指示していないものが入っている。ロワナの肖像画だ。
「先日皇宮にて皇女様の肖像画を描いておられましたので、1枚多く描くように秘密裏に指示したものです。不要でしたか?」
淡々と答えるライネルに、ノクティスはため息をついた。
「不要ではない。だが次からはするな」
長年片想いを拗らせていると思っているライネルが、時々こういうことをする。
(まぁ間違いではないのだが)
肖像画に目を落とす。久しぶりに見るロワナの成長した姿に、ノクティスは目を逸らせなくなった。
今すぐ会いに行きたい。
アカデミー在学中は会えないことは分かっていたものの、やはり堪える。
「ロワナ様の部下に、腕の良い者が増えました。これからは影からの護衛は難しくなると思います」
「そうか」
今までは自分の部下を護衛に付けていたが、そろそろ限界のようだ。
「ロワナの護衛は本職の者に任せよう」
(これからはロワナの報告が減るな)
明らかに肩を落としたノクティスに、ライネルは戸惑った。
「ロワナ様の報告は減らさないようにします」
ライネルが言うと、ノクティスは笑った。
「ははっ」
(そんなに気落ちして見えたのか?)
「いや、いい。自分で確認しに行くからな」
とりあえずオーガストに会う口実で、皇宮へ行き、離れた場所から姿を探すか。
見ていることを悟られないよう、充分に距離をとって。
遠くからでも、一目見れればそれで良い。
❋❋❋❋❋❋❋
オーガストの立太子式。ノクティスは公爵の隣で参加した。アカデミーに入学して5年。来年は卒業して成人する年だ。公爵家の事業に口を出し続けて、今では公爵もノクティスなしでは事業が回らないことを理解している。
昨年には次期公爵をノクティスにすると貴族会議で宣言し、皇帝も認めた。だが、まだだ。もう一つ位を上げたい。誰にも文句を言われず、確実に目的を達成する為には。
(その為には―···)
ノクティスの視線の先には、隣国の王太子が居た。回帰前、ロワナが嫁いだ愚王になる男。
(この男をどうするか)
この男については放置している。何か手を下さずとも、自ら破滅するような男だ。次々と令嬢に声をかけている所を見るに、回帰前と同じく傲慢な性格と色狂いは変わっていない。
「ふむ。お前が手を回し過ぎたのではないか?ロワナ殿下に挨拶に行く者が明らかに少ないではないか」
同じく会場を眺めていた公爵が言った。
「そうですか?」
しれっと答える。諸外国の貴族や、王族など、前回のようにロワナに群がらないように手を尽くした。初めて大々的に動いたので、父も自分の思惑に気付いたようだし、オーガストも気付いたかもしれない。
父には不純な動機だと窘められると思ったが、「目的が明確で大変よろしい」と言われた。父といい兄といい、つくづく貴族社会に向いていない人達だ。
自分を挑発するように、ロワナを抱きしめるオーガストをジロリと睨む。
弟妹を気に掛けるように言ったのは自分だが、少々溺愛気味ではないか?一番の障害を作ってしまったのではと後悔したくなる。
しかし戸惑いながらも、喜びを隠しきれないロワナを見ると、やはりこれで良かったと思うのだ。
ふいに、ロワナがこちらを見て目を見開き驚いた。
(ああ、そうか。やっと私が公爵位を狙っていると気付いたのか)
あまりに驚いた表情で、目をまん丸にしてこちらを見ている姿が可愛くて、思わずニヤリとしてしまった。
(しまった)
サッと顔を背け、また視線を戻すと既に姿がない。庭に続く扉の前に姿を見つけ、ノクティスは席を立った。




