7:覚醒
場面は変わり、さくらが怪異を払った地点から少し離れた所。
そこではこの世界の主人公である『樹里』が未だに走り続けていた。目的はただ一つ、自分を襲ったバケモノから逃げ延びることだけ。
しかしながらその表情には、ほんの少しの理性が。
おそらく必死に体を動かすうちに、冷静さを取り戻したのだろう。ただ闇雲に走るだけではなく、その足が向かう方向は一定の理があるものへと変化していた。
(あ、あの化け物が私を襲うのなら、もっと人のいないところに逃げなきゃ!)
彼女の脳裏に過るのは、先ほどの光景。タコのような紫色の怪異が、住宅街を破壊する姿。
たった一振りでいくつもの建物が吹き飛ばされてしまい、一瞬にして一軒家たちが瓦礫の山になってしまったのだ。あの時の彼女からすればそんな攻撃が自身に向かって放たれていたわけで、これまで単なる高校生。先月まで中学生だった彼女が冷静さを保てるわけがない。生きた心地はしないし、逃げる以外の考えは浮かばない。それが普通だ。
しかしながら彼女は『主人公』、剣道という武の道を歩いていた経験が役立ったのだろうか、体を動かすことで少しの冷静さを取り戻すことができたのだ。
けれど。
(いったい、どれだけ……。)
脳裏に浮かび上がってしまう『被害』の大きさ。
樹里からすればあの家たちにどれだけの人がいたかは解らない。けれど中にいた人は瓦礫で押し潰されてしまっただろうし、運よくその中にいなくても持ち主の大事な住む家を破壊してしまったことになる。
彼女が壊したものではないにしても、心優しい彼女からすれば『自分が逃げたからそうなった』と考えてしまう。無論あの場で犠牲になるつもりはなかったし、死にたがりでもない。ただ生き残るために走った彼女だったが、その心に重いものが乗せられてしまったのは事実だった。
(……私の、せいで。)
樹里自身、未だ“追われている”と考えているため、その心の奥深くまで判別する余裕はなかったが……。少しでも誰かが犠牲にならない方法、自身に伸し掛かる重荷が少しでも軽くなる方を選ぶのは、そうおかしな事ではないだろう。
(闇雲に逃げちゃったら、もっと沢山の人が犠牲になっちゃう。)
故に彼女の足が向かう方向は、町の外れにある大きな山。
あまり深い所まで樹里は入ったことはないが、住宅街に比べれば格段に人の少ない地域。木々などの遮蔽物も多く、そこまで逃げてしまえば怪異を撒き完全に逃げることが出来るだろうという考えだった。
(でも、山に行くにはまずこの住宅街を抜けないと。出来るだけ人の少ない場所を通りたいけど……、ッ!?)
そう考えながら走っている際に、見えてしまう異物。
余裕が出来てしまったからこそ、理解してしまうもの。
既に覚醒してしまった彼女の『眼』は、日常に潜むより多くの怪異を捉えてしまっていたのだ。
「あ、あんなに、沢山。」
怪異と言うものは、いたるところに存在している。
屋根の上に集まるモノ、部屋の窓からこちらを覗くモノ、曲がり角の先で集まるモノ、電柱やマンホール、いたるところの陰から見えてしまう、『怪異』。
室内室外問わず、怪異と言うものは何処にでも出現しうるバケモノの幼体だ。流石に先ほど彼女が襲われた巨大なタコのようなサイズとなると早々みかけることはないが、犬猫サイズのものであれば無数に存在しうる。
本来であればこの町。さくらが所属する『往霊神社』のおひざ元であるこの場所では、そんな小さな怪異ですら発生しないように入念な結界が張られているはずなのだが……。何かしらの異常が起きているのだろう。
少なくとも樹里の瞳には、数えきれないほどの怪異の姿が映し出されていた。
「ひぃッ!?」
その多さと、怪異特有の不気味さに声を上げてしまう彼女。
しかしそれが、致命的だったのだろう。
通常の人間では認識できないはずの怪異たちに、『こちらが見えている』ということを教えてしまったのだから。
「ミミミ、ミエ、テル」
「タマシイ、マブシイ」
「クワセロ」
「メシ、メシ。」
怪異の姿が見えるということは、一定以上の霊力を保有しているということ。それ以外の理由や手法もあるが、怪異からすれば『自身をより高位の存在へと昇華させる』為に必要なエサであり、すぐにでも飛び掛かりたい獲物。
高い知能を持たないがせいか、樹里の様子を少しだけ伺っていた彼らだったが……。樹里が悲鳴を上げてしまったがゆえに、『戦う手段を持っていない弱者』であることがバレてしまったのだろう。
エサに向かって、一気に動き出す怪異たち。
「ッ、はや、もう!」
逃げなければと思ったときにはもう遅く、囲まれてしまう彼女。
何処を見ても怪異しかおらず、逃げ道はゼロ。思い切って体当たりし突破するという考えも過るが、相手の強さが判別できない以上ただの自殺行為となるかもしれない。そもそも彼女は怪異を見たのは今日が初めて、さくらのように『怪異に限ればサイズが強さに直結しやすい』という情報を知っていればその選択も取れただろうが……。
彼女を囲む小さな怪異たちがあのタコの巨大怪異と同様の強さを持っている可能性を拭い切れなった彼女は、立ち止まる以外の選択肢はなかった。
(にげ、られない。……だったら。)
ここで更に自分が逃げれば、より大きな被害が起きてしまうのではと考える彼女。
既に何件もの家が破壊されてしまっており、十数人以上の被害は避けられない。そこから更に多くの人命を犠牲にしてまで生き残る。彼女はそれを“選べない”人間だった。
そもそも囲まれている時点で逃げ切れる可能性は0に等しく、抵抗すればより大きな犠牲を払ってしまうかもしれない。ならばもう、全て受け入れ耐えるしかない。彼女がその思考に至ったころには既に怪異たちが動き始めており、彼女の身へと飛び掛かってしまっている。
樹里がそれを受け入れ、これから来るであろう痛みと恐怖を紛らわすため、瞳を深く閉じた瞬間。
脈動。
「……ぇ」
怪異が見えるようになった直前よりも、大きな振動。何度も胸の奥から響くそれが、数を重ねるごとにより大きくなっていく。
そして彼女の胸を中心に引き起こされる、青い衝撃。
彼女に飛び掛かろうとしていた怪異たちを吹き飛ばしながら、全身から霊力を発していく彼女。驚愕に染まる彼女の表情から、自身でも何が起きているのか理解できていないようだった、生き長らえれたのは確かだった。
そして更に高まる、脈動。
「か、かたな?」
徐々にその体が浮いて行き、青い光を灯し始めるその胸部。
一段とその光が強くなった瞬間、全てを飲み込む光と共に“浮き上がってくる”1本の刀。
「な、なんで。」
驚愕、そしてより大きな恐怖。
自身の心臓から刀が出て来たのだ。その反応はおかしなものではない。しかしながら同時に、彼女の胸中に起こる深い納得。自身の胸から浮き上がって来て、今現在目の前で宙に浮いている刀剣。これは自身の一部であり、彼女そのものだということ。
そして、これを使えば目の前の怪異を倒すことが出来ること。
「ッ! ならッ!」
即座にその柄を握り締め、近場にいた怪異目掛けて大きく振り落とす彼女。
何の抵抗もなくその刃は通り過ぎ、水色の線と共に両断されるバケモノたち。その感触に酔う事なくすぐに次の敵へと斬りかかっていく樹里。既にその顔には一切の恐怖はなく、ただ人に害をなす怪異をこの場で全て倒さなくてはならないという強い意思のみ。
(この刀がなんなのか全くわからないけど、これで戦える。これで生き残れる。……私が逃げてしまったせいで、死んでしまった人には何もできないけど。今ここで誰かを守ることなら!)
「はぁぁぁああああ!!!!!!」
未だ彼女に向かっていく怪異たちを、ただ我武者羅に切り結んでいく樹里。
そんな彼女を、少し離れた高所から眺める人物が、1人。
「“成って”しまった、か。」
先程まで付けていた眼鏡をゆっくりと懐にしまいながら、彼女の観察を続ける男。
そしてその男のより背後の物陰から、2人を観察する巫女が1人。
(おわ!? おわ!? おわぁぁあああ!? な、なんか主人公の胸から刀出てきてるぅ!? んでそんな主人公がお熱な笹沼先輩がそれ見て意味深なこといってるぅぅぅ!!!)
……失礼。
発狂している巫女が、1人。
(あ、明らかに先輩暗躍してる奴じゃん! 裏でなんか悪いことしてる顔してるじゃんッ! 効果音もなんか意味深な奴じゃん! は? もしかして作者、バトル要素入れるだけじゃなくて、『片思いしてる相手とバチバチの殺し合いさせる』みたいなこともしようとしてる!? ほわぁぁぁ!!!!!!)




