3:恋慕
「すごいなぁ、山本さん。」
「ん~? どうしたのジュリジュリ、恋煩い?」
「そ、そんなんじゃないよ!? ただ、あっち凄いことになってるな、って。」
「あぁ。なんか先輩たちまでも駆け込んでるみたいだからねぇ。」
教室の中央で後ろを見ながら話すのは、さくらによって主人公と見なされている塚本樹里と、彼女の中学生時代からの友人である夏みかん。
その視線は人混みによってちらちらとしか見えないが、顔に笑みを張り付けながら占いを行っているらしい彼女へと向けられていた。
樹里は人の表情からその真意を見抜くことに長けているわけではなかったが……、一人の席に数十人が集まって囲んでいるのだ。全てを包み込むような優しい微笑みを浮かべているけれど、内心すごい大変なんだろうなと彼女は考えていた。
「みかんちゃん、山本さんって知ってた?」
「んにゃ、初めましてさん。あ、でも彼女の隣の席の“まつっち”から聞いたけど、こっちに引っ越してきた人なんだって。しかも本物の巫女さん! ……まぁあの見た目から解ってるだろうけど。」
みかんにそう言われ、あははと小さい笑い声を漏らす樹里。
友人の言う通り、山本さくらの髪型はどこからどう見ても『あ、巫女さん』と思われるものに成っている。わざわざ和紙で髪を纏めてる人など一般人にはそうそういないというか、多分ゼロ。さくら本人からすれば単なるキャラ付けの一種であったのだが、わざわざ学校にしてくる髪型かと言われると少し疑問の残るものだと樹理は感じていた。
まぁ樹里たちが通う『公立井坂高校』は、校則が緩く髪型などに対する制限が無いことで有名な学校だ。
今風の高校といえばそうなのだが、同時にこれまでの学生たちが大きな問題を起こすことなく近隣住民に受け入られているというのも理由の一つである。故に、この緩さを維持したいのであれば学外でも節度ある行動をするようにと担任から新入生へと通達されていたのだが……。
(まぁカラフルに染めてる人もいるし、そういうのと比べればあの髪型もおかしくないのかも。むしろ本物の巫女さんだったらそれが正解というか? 神社の決まりとかありそうだし。)
「あ、ジュリジュリ知ってる? あの人のお家? の神社ってさ。住霊大社みたいだよ?」
「そうなの!? はえー、あそこかぁ。」
樹里の脳内に浮かぶ、ちょうど家族と初詣に行ったときの記憶。
山本さくらの実家に当たる『住霊大社』は、この辺りで一番大きな神社で古くからこの地に根付いたものとなっている。樹里が生まれるよりずっと前から『おーれさま』と住民に呼ばれ慕われており、何かしらの行事となれは真っ先にその名があがることから地元住民の生活に根付いていることが伺える。
まぁ神社仏閣にはあまり興味のない樹里からすれば何を祭っているのかさえよく解っていなかったが、とにかくすごい神社で、毎年お世話になっている神社であることは確かだった。
(あそこ、なんだか解らないけど好きなんだよね。)
歴史がそうさせるのか、鳥居の奥に広がる神社だけでしか感じられない様な特別な空気。
樹里はそれを、何となくではあるが好んでいた。
そんな雰囲気を形成する重要な要素である巫女さん、そんな彼女が同級生。しかも自分と同じクラス。改めてそう考えるとなんだかとてもすごいことなのではないかと思う樹里だったが……、何故かにやにや顔を浮かべながら頬をつついてきたみかんによって、意識が現実へと戻る。
「それでジュリジュリ~、もう愛しの先輩との仲は占ってもらったの~?」
「え、そんな! 笹沼先輩とは私、そんなんじゃないし……。」
「そーお? でもせっかく同じクラスなんだしさ! 占ってもらえばいいんじゃない?」
なんでもないように、しかし親友の恋路を応援するように問いかけるみかんだったが、対する樹里の顔はあまり良くない。
人に揉まれながらも、なんとかみかんの言葉を耳に捉えたさくらが『そうだぞ! 聴け! 聴けぇ!』と心の中で叫んでいるのとは全く関係なしに、樹里は樹里なりに考えがあったのだ。
なにせ彼女にとって、笹沼先輩というのはとても大きな存在だ。
自分が剣道を始めた理由であり、追いかける背中であり、2つも上の先輩。この高校に進学したのも、中学時代に同じ剣道部に入っていたことがきっかけで、先輩がいるから追いかけて来たから。確かにみかんが弄って来るように、樹里の心が惹かれているのは確かだが……。
いまもし行動を起こしてしまって、それで失敗してしまえば。
常にそう考え、行動することを諦めてしまう。
何せ今の関係が、やさしい先輩と可愛がってもらっている後輩という得難いものなのだ。そもそも樹里自身、先輩と自分が釣り合っているなどと微塵も思えない。何せ顔どころか成績も剣道の腕も性格も何もかも良いのだ。まるで物語から出てきた理想の王子様みたいな人で、実際に会っていなければ何かの作り話かと思うほどの人なのである。後輩として面倒を見てもらっている事実だけで、奇跡に他ならない。
ここから一歩踏み出してしまったせいで、全て崩れてしまうのは途轍もなく嫌。そして受け入れてもらえなかった時、いやそれ以前に占いで『受け入れてもらえない』と知ってしまったとき。自分はどうなってしまうのかというのも……。
「……。」
(え!? 来ないの! 来ないの!? 来てよ!!! いや私から行かなきゃダメな奴かコレ! ええい邪魔だお前ら! 巫女の恰好しているせいで神社の名前背負ってるようなもんだから、ちゃんとした応対しなきゃいけないんだけど! 邪魔なんだよ散れ! 普段だったら殴り飛ばしてるからなお前ら! だからさっさとどけぇ!)
「でもま。あの混雑状態を見ればいつ順番回って来るか解んないけど……。あ、まつっち。避難?」
「ひぃぃ~。人に呑まれる! あ、みかん。そんな感じ。……山本さんが悪いわけじゃないんだけどさ、ちょっと人多すぎて不便だねこりゃ。」
人混みから逃げるように出てきたのは、さくらの隣の席に座る松原という少女。みかんから『まつっち』なるあだ名をつけられた存在だ。
さくらからすると『作画の安定しないモブ扱いなせいで毎日顔が若干違う』という事情から顔ではなく声で判別されているのだが、そんな異常を察知できない彼女たちからすれば大事なクラスメイト。樹里は先ほどまでの表情を隠しながら、みかんはあまり踏み込まない方がいいのかなと密かに考えながら彼女を受け入れる。
「た、大変そうだよね。」
「休み時間ごとにもみくちゃにされるの大変そ。」
「わかるか2人とも……! まぁそのおかげか毎回授業前に謝ってくれるし、隠れて私のこと優先的に占ってくれるからプラスではあるんだけどね!」
「お? さーすがまつっち。抜け目ないですなぁ!」
「でしょー! ……でも流石に人多すぎるし、山本さん断れないっぽいし。これこっち上手く散らすべきじゃね? しんどいでしょアレ。」
「確かに! ではではこの稀代の名女優みかんちゃんが、ちょっと悪役引き受けてあげましょうかねぇ!」




