28:未遂
「み、みかんちゃん……」
「ジュリジュリ……」
この世界の主人公である『塚本樹里』、完全に例の巫女に目を付けられてしまっている『夏みかん』の二人は、朝から駅近くのカフェに足を運んでいた。
彼女達の眼の前には所狭しと料理や飲み物たちが置かれ、二人の服装も制服ではなくちょっとした外出着。傍から見ればゴールデンウイークということで気の合う友人と朝からカフェを満喫しているように見えるだろうが……。二人があげる話題は勿論、アレのこと。
「あ、あんなにボロボロだったのに朝起きたら治ってるんですけどッ!」
「ふ、普通に数か月ぐらい長引くとおもってたのに……」
「「怖いッ!!!!」」
まぁそれもそのはずである。
何せ二人のダメージは、傷がない個所を探す方が難しいレベル。圧倒的な強者である『弓鳥』に完膚なきまでボコボコにされてしまったのだ。命に別条はなく後に響くような怪我がなかったのは幸いだが、それでも感知するまで長い月日を必要とするようなものだった。二人ともそれを覚悟していたのだが……。気が付いたら全部きれいさっぱり治っているのである。というかむしろ前より調子が良くなっている始末。
確かに治って良かったという嬉しさや安堵もあるにはあるのだが、それを軽く上回り埋め尽くすほどの恐怖が彼女達の胸中には湧き上がってきていたのだ。
「こ、これも霊力っての不思議パワー? だ、だったらもう怖すぎるんだけど……! わ、私達まだ人間だよね、ジュリジュリ!」
「心臓から刀出してる私にそれを言うの?」
「確かに。……私達、人間やめちゃったかぁ。迫害されても一緒に手を取り合って生きていこうね!!!」
若干涙目になりながら目の前の彼女の両手をぎゅっと掴むみかんに、『流石にないと思うよ』という言葉を紡げず頷くことしか出来ない樹里。
勿論二人とも自認も種族も人間ではあるのだが、彼女たちの常識がそれを否定する。だって心臓から刀を引き出せる人なんてバケモノ以外の何物でもないし、みかんもみかんでちょっと計ってみたら手袋のせいで陸上オリンピックの記録を軽く超えてしまっている。落ち着いて考えてみれば不安に思ってしまうのもおかしな話ではなかった。
なお上には上がいるというか、この土地の正式な守護者である“婆ちゃん”はもっとヤバいし、その孫である例の巫女もヤバいというか規格外と言うか本当に人間? と疑問に思ってしまう性能をしているのだが、ちゃんと種族的には人間なのだ。
気にする方が負けである。
「……話戻すけどさ、何で治っちゃったんだろうね。これまではこんなことなかったでしょ?」
「うん。一応“刀さん”にも聞いてみたんだけど、確証はないみたいだった。」
「あ、あの人。人? まぁ人でいいか。起きたんだ。」
「うん、私達と同じで寝たら回復してたみたい。」
彼女達がいう『刀さん』とは、樹里の心臓に宿る霊刀であり、意思を持つ霊具のこと。
この存在からしても突然の回復は予想外のこと。そもそも昨日の戦いで彼自身も溜め込んでいた霊力を使い過ぎてしまい、スリープモードへと移行していた。それがたった一日で回復するのである。普段通りに言葉数少なめで感情の宿っていない声を樹里に届ける彼だったが、その節々に困惑が混じっているのは樹里も理解していた。
「刀さんもか……。それで、確証はない、って?」
「うん。私達の“最初”って突然だったでしょ? それと同じなんじゃないか、って。」
二人が思い出すのは、お互いの初戦闘の時。
樹里もみかんも、去年まではただの一般人であったのだが……。樹里はタコの巨大な怪異、みかんは足の巨大な怪異と出会ったことで力が発現したように見えている。意思があり所有者と意思疎通できる霊刀がまだ未覚醒であり、解放されている情報が少ないため確証は得ていないのだが……。二人の身体には『危機に陥った時何かしらの力が発揮される』という特徴があるのではないか、という推測だ。
それを聞き、一瞬納得しそうになるみかんだったが……。すぐに怪訝そうな表情を顔に浮かべる。
「それだったらあのトリ野郎と戦ってる時にパワーアップしない?」
「まぁそれはそうなんだよね。」
「……つまり原因は全く解らない、ってことかぁ。」
意見を出した霊刀も、そしてその意見を最初に聞いていた樹里もこれが正解だとは思っていなかったのだろう。
そうだよねぇという言葉をつづけながら、少し乾いた喉を潤すために飲み物へと口を付ける彼女。それに合わせて小腹が空いていたのであろうみかんも料理に口をつけていく。
一応声を小さく抑えているとはいえ、二人がいるのはゴールデンウイーク真っ只中の駅前のカフェだ。人が多く話し声も多いため早々自分たちの話を捉えてしまう人はいないだろうが、不自然な動きは出来るだけ少ない方がいい。普段の行動を意識しながら、二人の話は次のものへと移っていく。
「まぁ、考えても解らないことは置いておくとして……。今後どうするか、だよね。」
「……そう、だね。」
普段よりもその視線を鋭くするみかんに、より強い意思を感じさせる瞳を浮かばせる樹里。
二人が思い起こすのは勿論、『弓鳥』と名乗った怪異。
「あの存在が何を考えているのか解らないし、何で私達を生かしたのかも解らない。それに誰かに仕えてるみたいな感じだった。」
「こっちも解らないことばかり、でも……」
「止める力を、手に入れないと。」
そう言いながら、自身の掌を強く握りしめる樹里。
まだ二人とも霊能力者になって一月も経っていない様な状況ではあるが……、『怪異が何をもたらすのか』というのは理解してしまっている。
人の魂を食い物にし、徐々にその数を増やしていくバケモノ。この地に現れる怪異の多くが『人の死体』を寄せ集め模られたものが多いことからも、『怪異に殺された人々の末路』がどうなるのかという事実も、二人は薄っすらと気が付いていた。
そんな時に現れた強敵、『弓鳥』というこれまでと違う怪異。
これまでの経験が役に立たず、しかもあれほどの強さを持っているというのに誰かに仕えているのだという。主人がいるのであれば部下より強いというのは“お決まり”だし、もしかしたらもっと多くの配下がいるのかもしれない。そのような存在が町で暴れれば、どれだけの被害が生まれるだろうか。
命ある限り抵抗するつもりではあったが、自分たち以外頼れない彼女たちは少しずつだが精神的に追い込まれつつあった。可能であれば頼れる大人か、もっと悩みを共有できる友が欲しい所だったが……。
「ッ、と! ウジウジしてる場合じゃないよね! これからどうするのか考えなきゃ!」
「……だね。んじゃジュリジュリ? こういう時はやっぱり……?」
「「特訓、だよね!」」
無理矢理思考を取りやめ切り替える樹里に、その様子を心配そうに見つめながらも話を合わせるみかん。
勝てない相手が出て来たのなら、勝てるまで強くなればいい。一番簡単で一番シンプルな解決法。樹里がこれまでの人生の中で見つけた最適解であり、それを横で見ていたみかんの良く知る方法。勢いで頼み過ぎてしまった料理と飲み物を口の中に放り込み、そのまま外に向かって走り出そうとする2人だったが……。
そもそも、霊能力者の修行方法を二人はまだ知らない。
「……あ。」
「どうしよ。」
あと普通にお会計を忘れている。
「あの~、お客様?」
「あ! すすすすいませんッ! 払い、払いますから! 食い逃げじゃないです!!!」
「ごごごごめんなさい!!!」
「あ、いえいえ大丈夫ですよ。忘れそうになることありますよね。」
なお無事にキーが作動し、霊刀から修行法を教わることで事なきを得たという。
(勿論監視&盗聴しているさくら、友人が食い逃げしそうになり財布を持って走り出そうとしていた件)




