23:増殖
「実はまだ実戦経験が1度しかなくてですね? ちょうどいい機会ですし……、“付き合って”頂きますよ?」
そう言いながら、“遊び方”を考える。
さっきも言ったが、この空間は『外枠』。コマとコマの間に存在する空白地帯だ。さっきまで私達が居た世界とは全く別の“何もない世界”。人だったり物だったりはもちろんないし、生物の生存に必要な酸素どころか空気もない。もっと言えば世界を構成する元素すら存在しないし、霊力みたいな不思議なエネルギーすら存在しない。
本当に“無”の世界。
(でも、私が一度入り込んでしまったせいで“元居た世界”の法則が入り込んでしまった。)
完全なる無に異物が入り込んだせいで、異物に合わせた環境が出来てしまう。
正直自分でも何を言っているのか理解しにくいところがあるのだが……。とりあえずは『好き勝手していい』空間と認識しておけば問題ない。周囲への被害を気にせず堂々とストレスを発散できるなどそうそうないのだ。楽しく元気にぶっぱなしてみるとしよう。
「最初は、単純なものから。」
「ッ!?」
この体に宿る霊力を軽く掬い上げ、そのまま投射。
その瞬間目の前に現れるのは、真っ白な光の奔流。一軒家が軽く呑み込まれてしまうほどの光柱が文字通り光速で四方八方へと舞い散り、全ての視界を埋め尽くしていく。特に狙わずに放ったのだが、運良く鹿の怪異へと当たったようで、その片腕を武器諸共消し飛ばしてしまう。
彼からすれば『少しでも生存時間を延ばすために腕と武器を犠牲にした』という所だろうが、此方としては特に問題はない。
「『槍鹿』ッ! 下がれ!」
「ッ!? すまない……ッ!」
このままではさらに頭数を減らされてしまうと考えたのだろう、光の奔流の合間を潜り抜けながら熊の怪異が鹿の元に向かい、彼を担ぎ上げる。戯れにその地点に向かって幾つか霊力を投げ込んでみるが……、やはりリーダー格と言うだけあって能力だけはあるのだろう。攻撃するほどの余裕はないようだが、何とか回避に成功している。
残る1体、狐の頭を持つ女型の怪異だが……。こちらは少し霊力に対する造詣があるようだ。“単なる霊力の放射”ということを見抜き、自身に降りかかるそれを何とか弾き続けている。
……それにしても、私を攫うなんて言っていた奴らがこうも逃げ回る姿を見せられるのは。
「滑稽ですねぇ? ほら、もっと跳ねないと死んでしまいますよ?」
業腹だ。
口では滑稽と言ったが、本音を言えば全く面白くない。この場にいる全てを瞬時に消し飛ばしてやりたいほどキレてはいるのだが……。まるで哀れな姿が面白くて仕方ないといった風に、嗤う。
さっきも言ったが、私の実戦経験は未だ1度。主人公の樹里ちゃんが覚醒する原因となったタコの怪異戦しかない。その後婆ちゃんとの修行の練度を上げたり、樹里ちゃんを後ろから見物したりと能力の向上自体にはずっと勤めて来たのだが……、こと“実戦”となると経験不足で思うように動けないのでは? というのを感じている。
(使える術も使える霊力の総量も上がってるけど、これが実戦で使えなきゃ意味がない。……まぁこいつら相手を“実戦”と言っていいのかは甚だ疑問だけど。)
そんな時に、これほどまでに私を舐め腐った愚か者が出てきてくれたのだ。一気にふっ飛ばしてすっきりしたい気持ちを抑え、どんな精神状態でも戦えるように“実験”しておこうというわけ。それにどうせ的にするらな激しく動き回って反撃して来る方が練習になるでしょう?
さっきの『霊力放射』みたいに術は習得しても使ったことがないのも結構あるのだ。君たちのご主人、たぶん『笹沼先輩』の代わりに……。サンドバックになってよ。
「『扇狐』! すぐに……」
「あら、私の番はまだ終わっていませんよ?」
そう言いながら既に展開していた式神たちに号令を出す。
以前は単なる足場や、自爆特攻させるための駒としてしか使えなかった式神たちだが……。
「“増殖指示”及び“捕縛”。」
菌類の魂を式神に込め、引き起こすのは永遠なる増殖。
私の霊力をエネルギーとし供給が尽きるまで延々と増え続けるそれは、津波のように視界を覆い尽くしていき、即座に怪異たちを飲み込んでいく。それぞれが持つ武器や能力で対処しようとするが……。際限なく増える数に勝るものなどない。
すぐに覆い尽くされてしまい、出来上がる3つの白い繭。
対人であれば外周だけでなく、口などからその体内にまで式神を這わせるんだけど……。今日はこれでいいだろう。
「“自爆命令”」
その指示と共に、爆散する式神たち。
連鎖的に暴発していくソレは確実に怪異の肉を砕き、破壊していく。そしてこの式神たちの“本体”に出した増殖指示は未だ継続中。自爆するように命令したのは“分体”のみであるため、相手が死ぬかこちらが停止の指示を出すか、そのどちらかまで相手を発破し続けるものだ。
今回は威力を抑えているのでそこまでだが……
既に狐と鹿の怪異は残骸に。熊の怪異は両断され物言わぬ骸に成ってしまっている。
「……全力の2%ぐらいなんだけど。まぁいいや、全然足りないし復活させてあげましょうか。“回復指示”。」
蜜蜂の魂を込めた式神にそう指示を出し、骸に成ってしまった怪異たち、その亡骸に霊力を輸送してやる。
本来は燃料の霊力が切れてしまった式神の補給として使用するものだが……、術の開発者である遠い先祖が“怪異にも効果がある”ことを証明済みだ。私の霊力を純粋なエネルギーとして精錬し終わったものを彼らに投下した瞬間、バラバラになっていたはずの彼らの肉体が元通りに成っていく。
「……なッ!?」
「た、確かに今、死んだ?」
「……直前の妾より性能が?」
「……。」
一斉に復活する怪異たち。
これまでの反応を見る限り、怪異を無理矢理進化、妖怪にするために“人”の要素を織り込んでいるのだろう。通常の怪異では存在しないはずの“記憶の連続性”が見受けられるようだ。あと渡す霊力を大きくし過ぎたせいで死ぬ前よりもちょっと強くなってるっぽい。
……こいつらの製作技術。かなり高度なものなのだろうが、あまり有用性は感じられない。百均に行けば手に入る様なものを数千円かけて無理矢理自作する様な感じ。
怪異の進化に必要な人の魂が根本的に足りていなくて、科学の発展によって怪異の存在を否定された今の時代では有用な技術なのかもしれないけど……。
まぁいい、サンドバックには変わりないのだから。
「ッ! 嘗めるなッ!!!」
そんな急な復活を行ったのが私だとすぐに理解できたのだろう。一番速く動き出した熊の怪異が勢いよく接近し、私に大きな腕を振り下ろしてくる彼。
「我ら『怪異五人衆』! その筆頭であるこの『覇熊』が敵に情け……」
「それが、ほんき?」
人差し指で、受け止める。
通常の熊の数十倍の筋力、それを全力で振り下ろしてきたのだろうが……。呆れかえる程に、弱い。
確かに怪異の中では上位に位置するパワーだろうが、私を相手にするには全く足りていない。そもそもこの程度の能力でウチの神社に攻め込もうとしたことが理解できないほどに弱い。……は? 私この程度に誘拐されると思われてたの? しかもさっき私に殺されて力量差は理解できていたはずなのに? そこから何の策も技もなくただ腕を振り下ろしただけ?
ごめんちょっともう我慢できない。
「死んで?」
振り下ろされていた腕を止めていた手、寄って来た虫を祓う様に振ることで、その全身を吹き飛ばす。
瞬時にその胴体が塵以下となり、地面に転がるのは唯一残ったその頭部だけ。既に興味どころか的としての役割すら与えたくない。足裏から地面を遠し霊力を送り込むことで“怪異を構成する要素”全てを焼き切り、溶かし潰してしまう。
それを見せられた怪異たち。自分たちのリーダーがあっけなく死したため動揺こそ見受けられたが……、流石“作られた”だけあるのか復帰は早く、生き残った2体の怪異が飛び込んでくる。
これは……、猿と鹿か。
「きぇぇえええええ!!!」
「おぉぉぉおおおお!!!」
猿叫と雄たけび。こちらの意識を引こうと“あえて”叫んでいるだろう2体だが……、既にそのたくらみは把握済み。もう1体の狐の怪異が既に復活地点から移動しており、私の死角から何かしらの術を打とうとしている。残りの彼らは時間稼ぎのつもりなのだろうが……、全て“式神”で把握済みだ。
そもそも、私が扱う式神は少々特殊だ。
祖母から受けついた形式をとっているが、そこに新たな術式を複数埋め込んでいる。細かなものを上げ過ぎるときりがないが、メインは2つ。視界の共有と記録、だ。
元はといえば主人公の樹里ちゃんやその他を監視するために埋め込んだものなのだが、これを戦闘用にも流用している形だ。私の周囲に浮かぶ式神、そして『隠蔽』を付与した式神が周囲一帯を見つめ続け、そのすべての視界が私に共有。頭の中に3Dマップが常に展開されているイメージが一番近いだろう。この漫画の世界では“他の利用法”もあるのだが……。
とにかく私に、死角など存在しない。
「煩い」
猿と鹿を先ほどと同じように消し飛ばし、背後から飛んできた光弾をそのまま右手で受け止める。
仲間の死を覚悟して放った攻撃を簡単に受け止められてしまった狐の顔に驚愕が浮かんでいるが……。どうでもいい。受け止めた光弾をそのまま周囲に浮かばせ、少しその術式を読み解いてみる。
「……あぁ成る程。“無効化”の術式か。」
霊具や結界など、私達霊能力者が使うような術式を丸ごと無効化する様な術。張り巡らされた電気回路の一番太い線に霊力を集中させる命令を与え、暴発させるような仕組み。使い方次第で術の無効化のみならず、一定時間相手が霊力を使えなくするなどの効果を見込める。
……うん、いい術ではあるね。
私みたいな圧倒的な格上には効かないことを除けばだけど。
「これで神社に張られた防衛用の結界を無効化しようとしたのかな? どうやらこの町に張られた結界への“侵入方法”も知ってるみたいだし、先月までならいい作戦だったかもね。」
街の結界は私が止めたので未だアップデートされていないが、神社の結界は既に再構築が完了している。つまり彼らがもし『往霊大社』に侵入しようとすれば、何かしようと考える前にその全身を焼き尽くされ消し飛ばされていただろう。無論“無効化”など効くはずがない。
そう考えれば……、私に殺されるのは幸せだったかもしれないね?
もうすでに使う必要のない力。この体に宿る霊力を鎮めながらゆっくりと。最後の一人になった狐の怪異へと歩いて行く。
仲間全員を簡単に殺され、頼みの綱の術すら無効化されてしまったのだ。彼女からすれば絶望でしかないのだろう。たとえ霊力を落した状態であれど、今起きた事実は覆りもしないし、存在の差は埋まらない。恐怖に震え、まるで人のようにその場に崩れ落ち嗚咽を漏らしながら後ずさりをしているが……。
全く、面白くない。
「た、たすけっ」
「怪異が命乞いするなんて、珍しいこともあるんですねぇ?」
「な、何でも! 何でもしま」
「では来世はより良いサンドバックに成ってくださいね?」
そのまま素の力で、蹴り飛ばす。
想像以上に軽く千切れ、真っ白な床を転がる狐の頭。
……当初考えていた“練習”には程遠い結果となったが、まぁストレスは少し発散できた。更に霊力を与えればまた復活させることが出来るだろうが、『記憶の連続性』がある以上ここから先はただ恐怖に震える的でしかない。実戦ではない的当てなんかいつでもできるし、これ以上何かが手に入ることはないだろう。
物足りなさは感じるが、これでよかったということにしておく。
「さて。確か『弓鳥』でしたっけ? アレが樹里ちゃんたちと戦い始めてるでしょうし、その様子でも眺めに行きますか。」
言葉を紡ぎながら、懐に収めてあった札を展開。起動することで元の世界へと帰還する。
本音を言えば前世の世界、もしくはこの漫画を描いている現実世界に飛びたかったのだが、まだ“ページ上”から飛び出すのは難しいようで。もうちょっと時間がかかりそうな感じだ。この『目』のおかげか、思ったよりも簡単に外枠への移動が出来たし、何かしらのきっかけを掴めばすぐにい行けそうだとは思うのだけど……。
そんなことを考えながら、転移。
即座にいつもの世界、漫画の世界へと戻って来たのだが……。
目の前に広がる、異常。
(…………あれ?)
何故か私の視界に存在している、“怪異五人衆”の残り4人。
半ば反射的に“生きている”彼らを確保し、元の『外枠』の世界に戻ってみれば……。
さっき殺した死体が4つと、今連れてきた怪異が4体。
(……うん??)
即座に生きてる方を殺して死体を8体にした後に帰還してみれば……。やっぱりまた同じ場所に生きてる怪異が4体。もっかい戻って死体を12にして戻ってみれば、やっぱり生きてるのが4体。最後にもう一度連れ戻って死体を16にして戻っても、私の目の前には生きてるのが4体。
……え、作者。
私が“枠外”に連れて行った奴を『今ここで書き足してる』の?
も、もしかしてソッチの想定では作劇的に結構重要な役割がある……、感じ?
「ちょ、ちょ~っと待ってくださいね。今、この後どう動くか考えるので……!!!」




