2:占術
ということで私の高校生活が始まったわけだが……。
「山本さん山本さん! つぎ! 次私お願い!」
「あ、ずるい! 私並んでたでしょうが!」
「ねーねー! 昨日ボクからって言ってたよね! それでいいよね!」
「えぇ勿論。あと皆さん占って差し上げますから並んでくださいね。」
(お前ら邪魔だァァァ! どけぇぇぇぇ!!!)
顔は巫女としての微笑みを浮かべながらも、心の中では怒りの絶叫を上げる私。
おま! お前ら邪魔なんだよ! 主人公が何してるか解んないだろうが! せっかく席が名前順だったおかげで後ろの方! 観察にはもってこいの席なのに休み時間になった瞬間集まるな! というかそこのお前別クラスの奴だろ! 今! 授業と授業の間にある実質10分もない休み時間! そんな短い時間で見切れるわけねぇって昨日説明しただろ! 帰れ!!!
(あぁぁぁ! こんなことなら『占い』なんて持ち込むんじゃなかったァァァ!!!)
そう心の中で叫びながら、半ば現実逃避としてここ数日の記憶。
あのトイレで身を整え気合を入れ直した後のことを思い出していく。
入学式。
正直、『作者の手癖とかで、なんか変なイベント起きても可笑しくないよな……。』と思った私は、祖母に叩き込まれた巫女としての笑みを顔に貼り付けながら、ずっと周囲を警戒していた。何せこの世界は、漫画の世界だ。
いくら絵のタッチが柔らかいものとは言え、最近の流行じゃ可愛らしい2頭身のキャラたちが化け物や邪神教団と戦う話とかもあるのだ。よくよく考えてみれば、本当に何が起きるか解らない。テロリストが入学式に突撃して来るなど可愛いもので、現実じゃありえない程に権力を持った生徒会とかが出てきて『今から殺し合いをしてもらいます』とか言い始めるかもしれない。
(だからガンガンに目立ちながら、起点となるだろう主人公から目を離さないように。それと併せて周囲をずっと警戒してたんだけど……。)
特に、何もなかった。
よくある校長先生の挨拶と、各クラスでの担任からの挨拶などなど。
ちょっと拍子抜けしてしまったが、とりあえずこの世界の『作者』は最初からアクセルを踏み切る気がないと安心できた私は、気を取り直して例の彼女の周辺を探ることにした。
そう、例の“主人公”ちゃんである。
(名前は、塚本樹里。)
幸いなことに、彼女とは同じクラス。早速交友を結ぶべきかとタイミングを計っていたのだが、どうやら中学時代の友人が同じクラスにいたようで、結局その日は彼女と接触することはできなかった。何度か目が合うことはあったのだが……。今の全力巫女フォームの私と、今朝の野暮ったい私が同一人物だとは思わなかったのだろう。
まぁ確かに初日から関係を繋げなかったのは痛いが、同じクラスならば幾らでも話しかけるタイミング、話しかけられるタイミングがある。そう考えた私はその日のうちでの接触を諦め、主人公以外との交友関係の構築と、情報収集に勤めることにした。
確証は持てないが、短編でない限りは少なくとも3話ぐらいは枠を貰えるはず。あまり激しく動き過ぎて“作者”に消されるのは絶対に避けないといけないし、どう動くかにも直結するから情報は絶対大事なんだよね。
(幸いなことに、私の今の苗字が“山本”なせいか一番後ろの隅っこ席。とりあえず周りの席に座る3人とは軽い関係を築けた。……あとは、尾行するか。)
というわけでバレないようにかなり距離を放して主人公の尾行を開始。やはり主人公なだけあって、周囲に浮かぶオノマトペやテロップの数が多く、ある程度離れていても見つけやすいのは助かった。というわけで周囲に違和感を抱かれないようそっと彼女の様子を伺い続け、夕方まで観察し続けた結果わかったことが幾つか。
まずは、2つ。
(入学式が終わった直後に剣道場に向かったこと、そして新入生ながらそこで先輩たちと幾つか談笑を行った後、彼女は部活動に参加していたということ。)
入学直後に部活するか? という疑問もあったのだが……。その疑問は、先日この高校に付いて教えてくれた祖母の言葉の中に答えがあった。
私達が通う高校は、公立ではあるが非常に校則が緩いことで有名らしい。早い話、生徒の自主性を重んじ自由で売っている高校の様だ。放任とも取れるかもしれないが、自分で考え行動することで成長を促すことが目的らしい。部活動も同じようで、顧問こそいるが大半の運営は生徒が行うとのことだ。
つまり中学時点でこの高校の剣道部に伝手を持っていたりすれば……、初日から部活動に参加することが可能。というか入学前の春休みの時点ですら『来学期から入学します~』という身分であり在校生から受け入られていれば、参加は不可能ではないだろう。
(覗いてみた感じ、既に二年生三年生の先輩方と“初対面”ではない会話をしていた。というか自分の道着を剣道場近くの部室に置いていたようだし、前々から参加していたんだろうね。)
これならば入学式前に急いで高校に向かうことも説明できる。物陰に隠れながら彼女たちの練習風景を眺めていた私は、一人納得しながらより思考を巡らせていた。
主人公ちゃんの立ち位置、剣道部員であることが解ったのならば、その後の展開、そしてこの漫画のジャンルを予想しなければならない。私が見たいのは“色”以外ないが、それを得るためには読者の心を震わせ人気を得る必要がある。カラーページを手に入れるには、最適な行動が必須。
なにせ恋愛ものをやってるはずだったのに、急にガチの殺し合いが作中で起これば読者は困惑し離れてしまう。ジャンル違いの行動は避けなければいけない。
(今の所あり得そうなのは……、スポコン系だろうか? 単純に剣道漫画の可能性もあるかもしれないけど。)
もしそうであれば、私も剣道部に……。いや“巫女”の特徴も出すのであればマネージャーあたりが最適だろうか。
ある程度自由に動きたいし、私が持つ強烈なキャラの一つであるこの要素を生かさないのは不味い気がする。主人公の周りにいたとしても、この世界の意思とも呼べる『作者』が、『こいつ花ないし、もっと他の子にフォーカスしよ』と思われ折角のカラーページの際に除け者にされては堪ったものではない。
正直、何かの部活動に入るのは自由時間が削られ、家の神社での手伝いに割ける時間が減るのであまり好ましくないのだが……。色は全てにおいて優先される。私は、何が何でも色が欲しいのだ。
(確か明日には在学生からの部活紹介があったはずだ。剣道部もそこで何か言うはず。マネージャーを募集しているかは解らないが……。その時に自分を売り込みに行くことにしよう。それで今日は、情報収集に徹する。)
そう考え、再度主人公たちの観察を続けようと思ったとき……。
私の視界に映る、擬音とテロップ量が増加する。
「あ! 先輩! お疲れ様です!」
「ん? あぁ塚本くんか。入学式はもう終わったのかい?」
(あ、恋愛だわコレ。)
視線の先に見えるのは、おそらく高三生。
かなり背が高く、眼鏡の好青年。理性を感じさせる瞳と、やさしさを感じさせる口元に浮かんだ笑み。清潔感を持ちながらも野暮ったさを感じさせない整った髪。
そして何よりも……。かなり気合の入った作者の書き込み量と、一瞬だけ見えた背後の花々たち。
もう完璧に、アレである。主人公の憧れで理想の先輩にして恋愛対象の一人である。
あーね、そっち系ね。完璧に理解した。
(多分あの先輩以外にも恋愛対象とか、恋敵とか出てくるな。……んで多分これ私が間に入り込んで対応ミスったら傷害沙汰もあり得るな。竹刀だけど剣持ってるし。)
ちょっとギャグよりの恋愛モノならそこまで警戒しなくてもいいかもしれないけれど、シリアス寄りだったら死人が出ても可笑しくない。私のような作中キャラが作者の趣味嗜好を把握する方法がない以上、近寄り過ぎたらいけない奴だコレ。色見たいだけであって死にたいわけじゃないもん。
と、とりあえずマネージャーは保留と言うことで……。
「……ん? だれかいるのかい?」
(あ、やべっ!)
「先輩?」
「あぁすまない。誰かいたかと思ったんだが……。気のせいだったようだ。」
そんなわけで即座にその場から離脱した私は速攻で家、というか神社に帰還。
恋愛みたいなドロドロするかもしれないモノに関わり過ぎれば、最悪WSS(私が先に好きだったのに)で後ろからグサグサされても可笑しくない。少女系漫画だとギアを途轍もなく上げてくる実例が幾つかあるのだ、距離感はすごく大事。
けど関わらないと“色”が見れないとなれば、『そもそもこいつは恋愛対象ではない、取られる心配なし。ヨシ!』みたいな立ち位置が必要になって来る。
つまり……、お助けキャラだ。
ほらよくゲームとかである好感度教えてくれる奴!
「婆ちゃん! なんかこういい感じの恋占いみたいなのない!?」
「あらお帰りさくら。入学式はどうだったかい?」
「普通! でも友達は出来たよ! 多分!」
「おぉ、そりゃよかったねぇ。……それで、恋占いだったかい? 確か書庫にそういう呪いの本があったとは思うけれど……。もしかしてもう気になる人がいたのかい?」
「話題作り! あとありがと! お弁当も美味しかった! じゃ!」
あらあらと笑ってくれる祖母に感謝しながらも、全速力で走り込むのは家の書庫。
何でも祖父母の神社はかなり古い歴史を持つ神社らしく、かなり昔の書物も保管している。取り扱いはかなり気を付けないといけないが、私も巫女として自由な閲覧を許されているわけだ。
普段は過去の神主の日記、特に6代ほど前の納豆が好きすぎておかしくなっちゃった人の日記を面白くて読んだりするのだが、今日はそんな暇ない。日記などを保管してある棚でなく、儀礼や呪いに関しての棚に直行。片っ端からひっくり返してみる。
「高校でも使えるあんまり大がかりじゃない奴! これは……、甲羅? どこで手に入れるんだよパス。他は口寄せ……、口寄せ? 何を? これもパス。あとは……、手相? あぁ手相か。とりあえず使えるかもしれんから置いとくとして……。水晶! そう! こういうの!」
見つけたのは、水晶を使った呪い。何でも光の反射などで吉兆を占うものらしい。なんか詳しく読み込んでると占いを行う者と、占う者の霊力を掛け合わせて光の屈折率を変化させ、個々人の運命とかそういうのを見るって話だけど……。
霊力? んなもん眉唾……。いや仮にも巫女がそんなこと言っちゃダメか。それに私転生者だし、個々漫画の世界だし。非現実的なものがあっても可笑しくはないよね。
そんなことを考えていると、背後に影。
振り返ってみると、いつの間にか自身の祖母がそこに立っていた。
「あらら。それにするのかい?」
「あ、婆ちゃん。」
「そうだねぇ~、さくらなら問題なく出来ると思うけど、ちょっとそれは練習がいる奴だよぉ。恋もだけど、その他色々占えるものだからねぇ。……そうだ、こっちの手相じゃダメなのかい? 確か本屋さんとかで売ってるのと似たような内容だから、覚えるだけで済むよぉ?」
「どっちの方が確実?」
「水晶だねぇ。」
「じゃあそっち!」
というわけで始まった、婆ちゃんとの修行。
何がどうなっているのかはちょっと解らないが、水晶の使い方を教わった後は、言われた通り神前で一晩中神楽。かなりきつかったのは確かだけど、色を見るためには疲労や眠さなど塵芥。頑張って踊り続けて、朝日が昇る頃に婆ちゃんから『もう大丈夫だよぉ』と言われた後には、なんか出来るようになってた。……ま、まぁこの世界漫画だし、ね? ちょっと色々不安なのは確かだけど。
(そんな感じで、入学式の次の日から私は占い水晶を担いでの高校生活がスタートしたわけです。)
正直、朝一番に主人公に話しかけて『占ってあげましょうか?』とサポートキャラのムーブを決めたかったのだが、あいにく主人公は早朝から朝練。
流石に剣道場に殴りこんで『占わせろ!』ってことをするわけにはいかなかったので、ちょっとした予行演習と『本当に占いを習得出来ているのか』という確認の為に、先日挨拶した隣の席の子に『やってみない?』と声をかけたわけなのだが……。
『すごいすごい! 無くし物ほんとにここにあった!』
『その節は、本当に、本当にありがとうございます! おかげさまでようやくあの人と! これで新生活から独占出来ます! もう誰にも渡さない……!』
『ねぇねぇねぇ! 今日良いことばっかだったんだけど! 言われた通りにするだけで超ラッキーだったんだけど! やばい! あと宝くじ当たった! 3万!』
えー、女子高生の占いとの適合率嘗めてました。
あと占いのヤバさも嘗めてました。
何せこっちは、よく解らん霊力? ってのを使った正真正銘の占いで、的中率は100%だ。婆ちゃんが言うには『相手の霊力を起点にして、その人の可能性を見る技術だねぇ。頑張ったらさくらの望むようにその人の可能性を決められたりもしちゃうから、使い方には気を付けるんだよぉ。とりあえず今は見るだけにしておいた方がいいねぇ。』ってことだったけど、マジでコレヤバい奴じゃないの? あと宝くじの人、1万でいいからください。
とまぁそんなことが出来ると知られてしまえば、好奇心の塊な女子高生のみならず、色んな生徒たちが大量にやって来るわけで……。
「西先輩との相性! 相性占ってください!」
「次の実力テストの範囲!」
「また無くし物しちゃった!」
「こっくりさん呼び出せる!?」
「あいつから彼氏を取り戻さなきゃなの! どうしたらいいのか教えて!」
「あ、あの。一人ずつしか出来ませんので、順番にお願いします。本当に。」
(だから主人公が何してるか見えないだろうがァァァ! あとクソ人多いぃぃぃ!!!)




