1:再会
「はぁ、恋しいなぁ……。」
公園のベンチに腰かけながら、ついため息をついてしまう。
変なクレームのせいで張り紙が為され使用禁止になってしまった遊具たちに、私同様早くからいるご老公。そして何かを運ぶために走り去るトラック。厳しい寒さも収まり、見慣れた桜が咲きあがる春の季節。
そしてなんと今日は高校の入学式。まさに“なんでもない”最高の朝なのだろうけど、……やっぱり色々ともどかしい。
ふと空を見上げてみれば、いつも通りの『白黒』な空。
そう、私は色が認識できない。
色の濃さやよくある漫画的表現によって何となくの色を判別し、現在は快晴であることは理解できる。だがどれだけ見返しても、瞬きしても、一切色がない。太陽に掌を重ねてみても、ちょっと白さが上がった程度。もう本当ォに、『色』が恋しい。
(なんで漫画世界、しかも白黒なのに転生するかなぁ……ッ!)
全部白黒だし、何かオノマトペを視認できちゃうし、たまにテロップの裏側見えるし……!
そんな風にどれだけ心の中で叫んでも、頭を掻きむしったとしても帰って来るのは白黒のみ。位置的に見えなかったが、効果音も出ていただろう。けれどコレを認識できているのは私だけ。つまり私以外は、この世界を『正常』に見ている。前世と同じように、色鮮やかで素晴らしい世界を認識しているのだ。
けれど私は、それが解らない。何をしようが、ずっと白黒なのだ。
(普通じゃ聞こえない様な音をオノマトペで認識できたりするから便利な時もあるんだけど、前世で知ってるからこそ恋しいのよ。後普通に、全部白黒なせいで不便なこともあるし……。)
数時間後には入学式。
2度目の高校デビューになるというのに、たまに前世の色鮮やかな世界を思い出して泣きそうになってしまう。
思い出すのは、記憶を思い出した直後のこと。確か3歳ほどの頃に親と遊んでいた私は、自分で壁に投げつけたボールが跳ね返って直撃し、頭から転倒。その衝撃で前世の記憶を思い出したのだ。
よくある全く別の人間の体に入り込む“憑依”という形ではなく、前世と繋がりのある人格と精神であったため何かしらの葛藤に苛まされたり、人格の主導権を握る戦いなどは起きなかったのだが……。人の一生がまだ未成熟な3歳児の脳みそに叩き込まれたのだ。普通に耐えきれず、私はその後高熱に魘されることになってしまった。
(ま、それも時間経過で収まったし、前世を思い出す前の記憶もあったから特に問題なく幼女生活を再開できたわけだけど……。)
さっき述べたように、『白黒』である。
色がないのである。
しかもなんか大体のモノに『トーン』が張られ色の代わりになっているのである。……あ、トーンってよく漫画とかである点々とか縞々とかそういうのね? 白黒世界で色を見分けるために使う画材。
ま、そんなわけで一目で私が生まれた世界がコミック由来のものであることを理解した私は……。途轍もなく苦労した。何せ私からすれば全部白黒と模様なのに、周りの人間は全て『色』を認識しているのである。あ、スクリーントーンの20番代ね? とこっちが言っているのに両親はそれ赤色っていうのよ? って言ってくるのだ。そりゃもう問題しか起こらない。
信号の色は解らないし、周囲との話は合わないし、あのインク塗り合うゲームは配色次第で意味不明になるし……。
(最初の内はまだ『幼いから』で何とか隠せていたけど、小学校に行く前には両親も私の異常に気が付き病院へ、かといって問題があるのは私の『目』ではなく多分『精神』とか『魂』だから……。)
共働きだった両親がわざわざ仕事を休んで医者を探し、片っ端から名医に見てもらったけど全く良くならない。
最初は色盲って診断されてはいたけど、専用の眼鏡とか使っても色が戻って来ることもないし、みんなお手上げ状態。一応特殊な症例? として偉い先生が診断書とか出してくれたおかげで学校の先生とかには色々と配慮してもらったけど……。まぁ小学生の時はヤバかったなぁ。
こっちの中身は大人だし、小学生レベルの勉強で躓くはずがない。担任の先生とは仲良くやれたけど……、それを回りの子供に要求するのは酷な話。色が解らない私が相当気持ち悪く見えたのだろう。男子からはどこで聞いてきたんだっていう暴言を投げかけられたし、女子からは陰湿なイジメを受けた。雑巾を絞った後の水が入ったバケツを上から落とされたり、とかね?
まぁ子供がやってることだし、可愛いものだと笑い飛ばせたんだけどねぇ。
(私は2度目だし『色』のこともあって自分を離れた視点、まるで別人に起きてることって考えてみることが出来た。でも両親からすれば私が最初の子だったからなぁ。)
どこにでも口さがない奴はいるもので、母は私の目のことで他のお母さん方から結構色々言われてたらしい。そこに私が毎日虐められて帰って来るわけだ。そのころには私の目のこともあって共働きから専業主婦に移っていた母は、かなりの苦痛を受けていたのだろう。
自然と彼女の精神は蝕まれていき、これまで耐えれたことが無理になってしまう。それを支えるはずだった父も、一人で私達を養うために遅くまでずっと仕事。彼も疲労が祟ってしまい、二人は何でもないことで激しく喧嘩してしまう様になった。
幾ら二度目と言えど、親は親。最初は二人を止めようとしたり、休ませたり心を落ち着かせようと動いたのだが、『子供に気遣われる程言い争っていた』ことを二人が理解してしまい、その責任の所在に関してまた言い争ってしまうということが起きていた。
そうなってしまえばもう私としても手を引くしかなく……。
(今思えばどちらかの祖父母にでも頼ればよかったんだろうけど、私は私でこんなの。『目』のことで色々負い目があったからなぁ……。一人暮らしも長かったし、全部自分でやるようになっちゃった。)
ま、それが駄目だったのだろう。
本来小学生では出来ないことを淡々とこなしてしまい、しかも両親どちらもそれを教えたことなどない。気が付けば家のあれこれを全部私が片づけてしまっている。色が解らない目のこともあり、余程不気味に見えたんだろうね。
色々と詳細は省くが、最終的に両親の言い合いが『私の目が悪いのはお前のせいだ』にまで発展してしまい、離婚。両方ともに育児できる精神状態ではないと判断され、私は母方の祖父母に引き取られることになったのだ。……もっと上手く私が年相応に振舞えれば防げていたかもしれないこと。このことに関しては、強く後悔をしている。
んで、今は元居た町から離れて別の場所へ。祖父母が維持する家、というか神社? で厄介になっている。幸いなことにこんな私でも孫として可愛がってもらっているし、感謝しなきゃね。
「でも二人とも年だから朝が激早。そのせいで私もどっかで時間潰さなきゃ、ってのが玉に瑕だけど。」
普段は神社の掃除とか手伝って時間潰すんだけど、今日は高校の入学式ってことで気を使われて仕事取り上げられちゃったのよね。中学時代は両親の関係で色々バタバタしてて、この地域の学校に通うのは今日が初めてだから色々と気遣ってくれたんだろうけど……。
(婆ちゃんや。5時出発は早すぎるんすよ。あと弁当持たせてくれたのはありがたいけど多分昼前には終わる。)
だからまぁ、こうやって公園で時間潰してるんですよね。
前世だったらスマホとかで時間潰したんだけど、祖父母に迷惑かけられんって思ってねだったりもしなかったからなぁ……。折角の高校生だし、バイトでもして手に入れようかねぇ? 確か校則的にもそういうの大丈夫だったはずだし。
「っと、そろそろか。」
公園備え付けの時計を眺めてみれば、そろそろ校門が空いてもおかしくない時間。今から出発すれば早くも遅くもないちょうどいい時間に到着するだろう。
少し時間はかかったが、ある程度『色』に関する情報は収集済みだ。
咄嗟のことになるとまだ識別できない可能性が高いが、おそらく日常生活の中で“誰か”に気が付かれることはないだろう。中身が大人とは言え、流石に小学生の時のイザコザをもう一度体験したいとは思わない。私の『目』のことを知る人は祖父母くらいだし、元々住んでいた地域からはかなり距離がある。奴らがこっちに進学して来たとしても、小学生から高校生だ。互いに顔は解らないだろうし、ボロさえ出さなければ大丈夫なハズ。
折角まっさらな状態から交友関係を始められるのだ。『普通』に過ごせるのなら、それがいい。
(高校側には伝えてるけど、わざわざ言うことでも無いからねぇ。あっちも配慮してくれるみたいだし、理由なく明かすのは控える方針で。)
そんなことを考えながら、新たに通うことになる高校への道を歩く。
歩を進めるごとに同じ立場の男女の数が増えてきて、既にいくつかのグループが出来ているのが見える。おそらく中学からの集まりが継続している、という感じなのだろう。私はそこに混ざることはできないが、個人で登校している者も何人か見て取れる、焦る必要はない。
(男女共学の公立高校。結構歴史がある学校みたいだけど、校舎は最近新造したらしく、制服も時風に合わせてリニューアル。詳しい配色は解らないけれど、デザインは悪くないよね。)
白い桜が風によって舞い流れる道を軽く眺めながら、私も足を進めていく。
二度目にはなるが、華の高校生活だ。すべてが白黒で味気なく、ずっと前世への郷愁に苛まれることになるだろうが……、多少楽しんでも罰は当たらないだろう。何より自身のことを気にかけてくれる祖父母に良い報告がしたい。
小学校ではアレだったし、中学は親のいざこざで真面に通学できていなかった。故に今世では友人らしき存在は0、私はまぁ耐えられるが祖父母からすれば心配でならないだろう。それに高校生として青春を楽しむならば、やはり友人はいた方がいい。なくても楽しめはするだろうが、いた方がより楽しめるのは前世で知っている。
(とりあえず、隣の席の子にでも話しかける……、っ。)
「あ! ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
背後から衝撃。
何とか踏ん張って倒れるのを防げば、私を弾き飛ばそうとした人物の声が前から。
駆け足を続けながらも、申し訳なさそうな顔をこちらに向けている。……私と同じ、真新しい制服。おそらく同級生だろう。
「い、いえ。お気になさらず。」
「すいません、私急いでて! じゃあ!!!」
私がそう返すと、手を合わせて謝罪しながらすぐに走り始める彼女。
まだ入学式には早かったと思うが、何を急いでいるの……、ッ!!!!!
彼女がより強く踏み込み、走り出した瞬間。
世界に、色が戻る。
転生してから初めて見た桃色の桜が風に乗って青く澄んだ空を彩る。
周囲には何でもない“普段通り”の住宅街が広がり、様々な屋根の色、壁の色、人の生活の色がそこにあった。
(色、だ。)
思わず自分の手に視線を落す。
そこにあるのは、白ではなく肌色。肌の色だ。初めて見る血の通った人間の色。そしてこの身を包む制服の袖の色。青に近い黒の上着に、暖かみのある白いシャツ。そして上着と同じ配色ながらチェック柄になっているスカート。
顔を上げれば、同じような服を着た生徒たちがいて。そのすべてが血の通った肌の色をしている。いつも見ている、真っ白な単純な色じゃない。もっと複雑で、綺麗で、懐かしくて。
けれどそれも、一瞬のこと。
先ほど私にぶつかった子が離れて行けば行くほどに、世界から色が消えていく。
「まっ!?」
私がそう叫ぼうとする頃には既に色が消えていて、彼女の姿も見えなくなっていた。
そして私の世界に、白と黒の単調な色が戻ってきてしまう。
(……たりない。)
もっと。もっとだ。
失ってから初めて理解できる。
私は、色が恋しい。あの素晴らしい世界を、もっと見ていたい。
皆が見ている色鮮やかな世界を。
私が見ていたあの色溢れた世界を。
もう一度、この眼に。返してほしい。
そのためなら、何でも……。
(考えろ、思考を回せ。)
何故、あの瞬間。
私の視界に色が戻った?
なぜこの世界『漫画の様に見る』私の眼に、色が戻った?
(あの私にぶつかった子の顔、整ってた。いやもっと言えば“気合”が入っていた。)
一瞬しか見えなかった上に“裏側”だったせいで判別がつかなかったが、彼女が私から走り去る一瞬だけ、普段とは違うテロップ。まるで『タイトル』を見せるかのようなものが見えた。そして普段たまに見る、漫画の吹き出しのようなものが幾つか。
考えられるのは、一つ。
(おそらく、新連載による巻頭カラーッ! そしてあの子が、“主人公”!)
私が転生者であることから、この世界が以前とは違う世界なのだと言うことは理解していた。現代に近い文化や価値観を持つ平行世界の一種だと。
けれどあの子。推定主人公の顔を見た瞬間に、理解できた。
この世界は、やっぱり『漫画』だ。
何のジャンルに位置しているのかは解っていなかったけど、私達の顔のタッチはどちらかというと柔らかい。思いっきりデフォルメされているわけでもなく、リアルすぎるわけでもない。どちらかというと、日常が描かれるような優しい書き方だ。
(つまり青年誌系、及びバトル系ジャンルは外れる! となれば……、やはり恋愛ッ!)
お誂え向きと言うべきか、私達が通う高校は共学!
つまり3年間コツコツと恋愛を育める土壌!
まだ誰が対象になるかは解らないが、あの主人公の子が男子とキャッキャウフフするに違いないッ! いや別に違っていてもいい! 連載開始時の“初手”が制服で入学式ならば学園を起点とした物語が紡がれていくに違いない! ならばそこに入り込まねばッ!
『普通』の学園生活なんて送ってる場合じゃない! “色”だ! 色を見るんだ!
「動き方、最適な動き方! どうすればいい!?」
主人公とジャンルは何となく理解できた! その周辺にいれば、私はたまにあの色の世界を感じることができるはずだ! なにせ主人公は物語の中心! 色を付けるのならば、そこを基準とするハズ!
だが!
そもそも編集さんから『今回カラーでお願いします』って言われなきゃ意味がない!
「読者だ! 読者がもっといる!」
この世界の掲載形式、漫画の配信方法はどう足掻いても理解できない。けれど読者がいなければ漫画は続かないことはどれであろうと同じ。雑誌掲載であればアンケートや単行本の売り上げ。WEB版であれば閲覧数やコメント数。どちらにしても読者の数が必要で、カラーページを手に入れるのは強烈な人気がいる。
無論単発の短編である可能性もあるが、それも『人気』があれば連載に格上げさせることができる。
全てが、読者の人気次第。
私がもう一度色を得るためには、より多くの読者を取込み、『もっとこの世界を見たい』と思わせないといけない。
だったら。
(やることは、決まっている。)
あの子が主人公であれば、それを中心に話が進んでいく。ならばその描かれるお話をもっと魅力的に、華やかに、楽しい世界にしなければならない。
人気だ、読者人気を得るのだ。もう恥も外聞もない。人気が出なかったら最悪連載が終わり、世界が終わる可能性もあるのだ。どんな手を使っても、読者のハートを射抜く。
物語の構成を崩さず、ほんの数コマの登場をもって読者に衝撃を与え、思わず拡散したくなるようなイメージを埋め込むことで読者の総数を増やし、購読を継続させる。私がいる時代が“現代”と考えると、この『漫画』が配信されている世界も私が知る“現代”に近しい筈。ならばSNSによる大多数への周知がその一歩となるはず。
つまり私に求められるのは、切り抜かれることを前提とした一点で全てを破壊するインパクト。
(ライバル、噛ませ、もしくは友人枠。主人公の周辺がどうなるのかまだ解らないけど……。確実に何らかの枠を取る!)
そう考えながら、主人公を追う様に私も高校へと走る。
ちょっと前まで『普通がいい』とか言ってたが、んなもんもういらん。
キャラだ、キャラを立てねば。モブのままでは絶対に置いて行かれる。
主人公や物語の構成にまで介入し作品に面白さを追加するならば、『目立つ』必要がある。無論、あまりに目立ち過ぎて主人公を喰うようであれば、この世界そのものとも呼べる作者が私を消してしまってもおかしくはない。故にバランス感覚は必要になって来るが……。それで埋もれてしまえば意味がないのだ。
私が作者なら、絶対に主人公の周りにかなり特徴的なキャラを配置する。つまりそこに入り込んでも可笑しくないキャラじゃないといけない。
(モブや準レギュラー、それよりももっと上に!)
私が読者人気を得たい理由は、色を見たいからだ。
主人公というもっともカラーにしてもらえる子の間近で、それを堪能したいのだ。
だから、目立つ。
(幸い、『巫女』ってステータスが私にはある! まだ見習いだけど!)
高校に着いた瞬間。勢いをそのままに走り込むのは、トイレ。
即座に個室に入り込み櫛と化粧道具。そして檀紙、ちょっとお高めの和紙の一種を鞄から取り出していく。普段はあまり見た目には気にしないタイプだが、そうはいっていられない。祖母に巫女として叩き込まれたことを思い出しながら、髪と顔を整えていく。
瞬く間にそれまでの野暮ったい私は消えていき、巫女としての私へと変化する。普段は神社内でしかしていないが、背筋も常に伸ばし姿勢も気を付ける。言ってしまえば常に読者という『神』に見られ続けるのだ。流石に普段付ける様な装飾は持って来てないが、巫女としては正しい姿形だろう。
ともかく、容姿はこれで十分。
「っと、喋り方も変えた方がいいか……。待っていてくださいね、主人公ちゃん。」
全てはもう一度、色に塗れた世界を手に入れるために!
あと読者の皆様! 私のこと見てるのならなにとぞ応援を! カラーページをお恵みくださいっ!!!




