第3話 追放令嬢、王宮の影に踏み込む
王都の朝は冷たく、澄んだ空気がリリーナ・カルモードの頬を撫でた。侯爵令息セドリック・ヴォーンの屋敷に泊まり込む日々の中で、彼女は情報屋「影の灰」から渡された資料を何度も読み返していた。王宮内部で蠢く陰謀――その糸は、貴族たちの噂や、文書に書かれた小さな数字、些細な約束事にまで繋がっている。
「……これなら、動ける」
リリーナは小さく息をつき、静かに笑った。追放令嬢としての屈辱は、もはや力に変わっている。
屋敷の地下書庫で、セドリックと影の灰が待つ中、リリーナは王宮に戻るための計画を立てていた。
「まずは……王宮の庭園を抜け、衛兵の巡回ルートを確認する」
リリーナは地図を指で辿る。単独では危険だが、近衛兵長との接触を計画すれば、王宮内部での安全確保は可能だ。
夜が訪れ、リリーナは黒衣を纏い、静かに屋敷を出た。影の灰が手渡した鍵束は、王宮の裏門にアクセスするためのものだ。セドリックは影のように付き添い、必要以上の目立ちは避ける。
王宮の裏門に到着すると、リリーナは一瞬息を潜めた。かつて自分が華やかなドレスで歩いた道は、今や暗闇に覆われ、見張りの影が冷たく光っている。
「ここから……」
小声で呟き、鍵束を使って門を開くと、夜風と共に庭園の香りが流れ込む。足音を消すように静かに歩を進め、影の灰が指定した小径を辿る。
庭園を抜けた先には、王宮の中庭が広がっていた。ここなら、誰の目にも止まらずに行動できる。だが、心の片隅には緊張が残る。もし見つかれば、追放令嬢としての立場は終わり、命すら危うい。
「リリーナ様……」
低く響く声に振り返ると、そこには近衛兵長の姿があった。彼は無言で頷き、手で進むべき方向を示す。
「助かるわ……」
リリーナは小さく笑い、影の灰と共に庭園の奥へ進む。目指すのは王宮の書庫――陰謀に関する文書が保管されている場所だ。
書庫の扉は厳重に施錠されていた。影の灰が鍵束を取り出す。だが、開ける直前に微かな足音が近づく。二人は息を潜め、扉の陰に身を隠す。
貴族の侍女が、夜の書庫を覗きに来たのだ。リリーナは心の中で呟く。「あぶない……」
だが、侍女は通り過ぎ、警戒の目を逸らす。小さく胸を撫で下ろし、リリーナは再び書庫に手をかける。
扉が静かに開くと、中には山積みの文書、巻物、そして王宮の内部事情が記された書簡が並んでいた。リリーナは一枚一枚確認し、影の灰とともに重要な情報を選び取る。
「……これで、次の一手が打てる」
小さく呟き、書庫を出ると、庭園の影に消える。王宮内部の状況が少しずつ明らかになり、リリーナは追放令嬢としての新たな役割を自覚する。
その夜、屋敷に戻ったリリーナは、セドリックと影の灰に資料を見せる。
「王子アルフォンスの側近の一部が、王宮内で不穏な動きをしている。追放は偶然ではない――すべて計算されている可能性が高い」
影の灰が言い、リリーナは深く頷く。
「……王宮に戻る道は、私自身で切り開く。王国を救うため、そして自分の真実を知るために」
リリーナの瞳は強く光る。追放から始まった物語は、策略と知略の戦いへと本格的に動き出したのだった。