第2話 影の灰と、追放令嬢の屋敷滞在
王宮を追われ、夜の帳に包まれた王都の街を歩くリリーナ・カルモード。侯爵令息セドリック・ヴォーンの屋敷は、城からは遠くないが、人目につかない裏通りにひっそりと佇んでいた。
「ここが……」
大通りの喧騒から離れた小道に差し掛かり、リリーナは息を整える。屋敷の門前には、重厚な鉄製の門が立ちはだかる。セドリックが事前に手配した護衛の目が光る中、扉を開けたのは彼自身だった。
「リリーナ、無事で何よりだ」
深く礼をして迎えたセドリックの瞳には、信頼と友情が混ざった色が宿っていた。
「ご心配をおかけして……」
リリーナは軽く頭を下げると、屋敷の中へ案内された。外の冷たい空気とは打って変わり、暖炉の火が揺れる広間には、穏やかな空気が流れていた。
「ここなら安全だ。王宮の目も届かない」
セドリックがそう告げると、リリーナはほっと息を吐いた。だが、胸の奥にはまだ不安が渦巻く。追放された理由、その背後に潜む陰謀――すべてを知る必要があった。
その夜、広間の片隅に設けられた寝室で、リリーナは眠れずにいた。闇に紛れるように窓の外を見つめ、ふと思い出す。王宮の華やかなシャンデリア、貴族たちの視線、そして「悪女」と呼ばれた自分――。
その時、屋敷の外で物音がした。警戒心が体を走る。リリーナは立ち上がり、窓から通りを覗き込む。そこに立っていたのは、影のように黒いマントを纏った人物だった。
「リリーナ・カルモード様……」
低く、しかし確かな声が響く。闇に溶け込むその人物の目は、炎のように光っていた。
「あなたは……?」
リリーナは声をひそめる。相手の正体がすぐにはわからない。
「影の灰――王国の闇を知る者です。貴女にお会いするため、ここまで参りました」
影の灰と名乗ったその人物は、屋敷の門を越え、広間まで静かに進んできた。
「王宮の陰で蠢く者たち……あなたの追放は、単なる偶然ではありません」
影の灰はそう告げると、革製の小箱を開いた。その中には、王宮の文書や諜報に関する書類が詰め込まれている。
「……これが本当なら、私に何を望むというのです?」
リリーナの瞳が鋭くなる。王宮の裏で動く陰謀に、自分が巻き込まれている――その事実が、身体を震わせた。
「力を貸してほしい。王国を、そして貴女自身の真実を守るために」
影の灰は一歩近づき、声を低くして続ける。
リリーナは小さく息をつき、拳を握る。
「……わかりました。力を貸す。ただし、私のやり方で――」
影の灰は静かに頷いた。
その瞬間、リリーナの中で何かが目覚めた。追放令嬢としての屈辱は、もはや単なる過去ではなく、王国の闇と向き合うための力となる。
翌日、セドリックとともに、リリーナは屋敷の地下書庫で影の灰が示す資料に目を通した。王宮の内部で暗躍する組織の存在、王子アルフォンスが抱える秘密、そして自分の過去に絡む謎……。情報は複雑で、頭を悩ませるが、一つ一つ解きほぐすことで、少しずつ真実の輪郭が見え始める。
「これなら……行動できるかもしれない」
リリーナは小さく微笑む。追放から始まった物語は、ここから策略と知略に彩られた戦いへと進むのだ。
夜が明け、屋敷の窓から差し込む光に包まれながら、リリーナは心に誓う――
「王国を、私の名誉を、そして真実を取り戻す」