意外なことばかり
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「どうだ、見つかったか?」
「いや、見当たらない。そっちは?」
「ダメだ。こっちも全然……さっき聞いた話じゃ、他の班もまだ見つけられてないらしいぞ」
「くそっ! あの野郎、一体どこへ逃げたんだ!?」
「それが分かってたら苦労しねぇよ。とりあえず、他を当たるぞ」
「ああ、そうだな。急がねぇと……今の陛下、マジでおっかねぇからな」
「バカ、口を慎め! 殺されてぇのか?」
「じょ、冗談だって……わりぃわりぃ」
「ったく……とにかく捜索続行だ。敵は武器を所持している。見つけたら周囲の部隊と連携して、数で押し潰せ」
「「「了解!」」」
広大な王城の敷地内では、屋内外を問わず、兵士や使用人たちが右往左往していた。
女王の眼前で兵士数名が殺されるという前代未聞の事件が起きたのだから、王国の威信にかけて、犯人である刹那を逃がすわけにはいかない。
そのため王城に常駐する兵士はもちろん、雑務を担う使用人や庭師に至るまでのまさに総動員体制で捜索に励んでおり、城内は異様なほど張り詰めた空気に満ちている。
しかし、そんな厳戒態勢の標的とされた刹那はといえば――
「……いやぁ、壮観だね。まるで人がゴミのようだ」
必死に動き回る人々の姿を、建物の屋根の上から文字通り“高みの見物”を決め込んでいて。
その余裕めいた態度は、まるで自分が追われている張本人とは思えないほどであり、極めつけにはまるで他人事だと言わんばかりの軽口まで叩いている始末だった。
まさに余裕綽々といった様子の刹那だが、しかし現状は彼にとっても決して楽観できるものではない。
「ふぅん……意外と動きが早いな。もう少し遅れると思ってたんだが」
どこか感心したような口調で呟く刹那の視線は、裏門へと向けられている。
そこでは十数名の衛兵が集まって、四方八方漏れなく目を光らせての厳重な警備体制が敷かれていた。
広間から脱出した直後、王城の構造を高所から一望した刹那が目をつけたのは、警備の手薄な裏門だった。
真っ直ぐに裏門へ急行して、到着と同時に警護の兵士を制圧。そうして颯爽と裏門から敷地の外へと逃げる予定でいたのだが――どうも刹那が向かっている間にも兵士の間で情報が共有されていたらしく、刹那よりも先に応援部隊が到着していた。
だが、裏がダメなら表、と行きたいところだが……流石にそう単純にはいかないだろう。
裏門ですらこの有様ならば、大通りに面した表門は更に厳重な警備が敷かれていると見て間違いない。そんな所に堂々と突撃していくなど、流石に無茶の極みというモノ。
先ほどは十数名の兵士に囲まれた状況を、隠し持っていた拳銃と奇襲で突破したが――相手も本気の警戒態勢を敷いているこの状況で、先の拳銃のように驚くべき隠し札があるワケでもない。そんな状況下での強行突破など、もはや現実的な選択肢ではなかった。
「異世界の、しかも一般人頼りの国の軍事力だし、もう少しザルかと思ってたんだけどな……流石に、見縊りすぎたか。さて、どうしたものか」
刹那は思案しながら、何か突破口がないかと目を凝らす。
そして、重装備の兵士たちを眺めていたその瞬間――ふと、ある考えが閃いた。
「そうだな。……木を隠すなら、森の中――ってやつか」
不敵な笑みを浮かべた刹那は、屋根から軽やかに跳躍し、音もなく地面へ着地。
そのまま気配を殺し、建物の陰へと身を滑り込ませた。
◇
「急げ! 休んでいる暇はないぞ。我らが女王陛下のためだ。草の根を分けてでも、一刻も早く不埒な賊を見つけ出すのだ!」
指揮官らしき男の怒声が響き渡る。
その号令に従い、兵士たちは広大な王城の敷地内を駆け回っていた。
懸命に、必死に、刹那の行方を追い続けているのだが――そんな努力の甲斐もなく、時間だけが無情に過ぎていく。
気づけば、刹那の逃走からすでに二時間近くが経過している。
王城という“自分たちの庭”で、これだけの人員を投入しても見つからない現状に、兵士たちはまるで影や霞を追っているような不気味さを感じ始めていた。
あるいは、すでに敷地外へ逃げられてしまったのでは――そんな疑念を抱く者も少なくないだろう。
だが、どれほど無駄に思えても、どれほど不気味に感じられても、女王陛下の直命がある以上、兵士や使用人に選択肢はない。
休息など許されるはずもなく、命令に背けば反逆と見なされかねない。
今の女王の機嫌を考えれば、その結果がどうなるかは言うまでもない。
だからこそ、兵士も使用人も額に汗して捜索を続けていた。
だが、いかに鍛え抜かれた兵士でも、厳しく躾けられた使用人でも、所詮は生身の人間。
特にフルプレートを纏った重装兵たちは、春の陽射しが照りつける中、何度も敷地を駆け回っており、次第に疲労の色が顔に滲み始めていた。
「……つ、疲れた……もう無理……」
一人の兵士が息を切らし、密かに隊列を外れて建物の陰に身を潜める。
ヘルムを脱ぎ、髪や額から流れる汗を拭いながら、深く息を吐いた。
「……ふぅ……いい天気だな。ったく、こんな日はこんなモン着たくないっての」
ヘルムを指先で軽く叩くと、コンコンと金属音が返ってくる。
兵士はぼやきながら、ふと口にした。
「あーあ、賊のヤツ、さっさと見つかんねぇかな……もしかして、この近くにいたりして」
「なかなか鋭いな。大正解だよ」
背後から、感情のこもらない男の声が響いた。
飄々とした口調だが、どこか冷たい響きがある。
「――っ!?」
兵士は驚き、腰の剣に手を伸ばしながら振り返ろうとする。
だが、すでに遅かった。背後は完全に抑えられており、柄に伸ばした手は難なく制止される。
フルプレートを纏い、白兵戦を想定した訓練を受けた兵士。
しかも屈強な体格に見合った膂力もある。
だが、それでも振り払えないほどに、男の左手に込められた握力は異常だった。
そして――ベキッ。
鈍く嫌な音が兵士の右手から響く。骨が砕けた音だった。
「ぎゃあ――っ!」
悲鳴を上げようとした瞬間、男の右手が伸びて口を塞ぐ。
骨を砕くほどの握力に加え、明らかに素人ではない手際で塞がれた口からは、嗚咽すら漏れない。当然だが、反撃や救援要請に、会話すらも許されない。
兵士は、まるで蜘蛛の巣にかかった蝶のように、完全に無力化された。
そして、喉元に鋭い白刃が突き立てられる。
「やれやれ。世界が変わっても、やることは変わらないな……俺は」
淡々とした言葉とともに、ナイフが横に引かれる。
切り裂かれた喉から鮮血が噴き出し、兵士は苦悶の表情を浮かべながら崩れ落ちた。
ドサッという音が、静かに響く。
兵士として、戦場で名誉の戦死を遂げる覚悟はあったかもしれない。
あるいは、王城勤務という安全な任務に就いたことで、死への実感が薄れていたのかもしれない。
だが、仲間に看取られることもなく、王城の片隅で呆気なく命を落とすなど、夢にも思っていなかっただろう。現実とは、いつだって無情だ。
「屈辱だよな、こんな死に方。でも、これも全部、敵の潜む戦場で気を抜いたお前の怠慢が招いたことだ。俺を恨むのは筋違いだ。さっさと成仏してくれよ」
物言わぬ骸にそう言い放ち、刹那は手を伸ばす。
だが、その手はふと止まり、視線は兵士の傍らに転がるヘルムへと向けられる。
ザザッ……と、ノイズ混じりの微かな音が聞こえるヘルムを拾い上げると、耳に当たる部分から、何やら声が漏れていた――。
『……応答しろ。どうした? 返事をしろ! 何があった!? おい!!』
耳を澄ませば、無線機から切羽詰まった男の声が聞こえてくる。
察するに、今しがた刹那に殺された兵士の上官だろう。隊列から姿を消した部下を心配して連絡を入れてきた――そんなところか。
「意外と現代的だな。まさかこんな手段があるとは思わなかったが……なるほど。広大な王城でどうやって連携を取っているのかと思えば、こういうことか」
フルプレートに長槍という中世然とした装備に対して、通信には文明的な技術を用いていたことは予想外だった。
つい、舌打ちをひとつ。でも、想定外ではあるが、所詮はアクシデントの域に過ぎない。
敵の手の内が割れた以上はどうとでもなるのだから、致命的なトラブルとは程遠い。
喉を整えるように軽く咳払いをしてから、刹那は無線機に口を近づける。
「あー、あー、マイクテスト。聞こえてるか? 間抜けな兵士諸君」
嘲笑交じりの声が無線を通じて響く。
その瞬間、向こうの空気が変わったのが手に取るように分かる。
さぞ、間抜けに目をひん剥いて驚いていることだろう。
その滑稽な表情を見られないのが惜しまれるところである。
『お前は誰だ!? 一体何者だ!?』
「その質問、今日二度目だな。……ったく、世界が違っても人間ってのは変わらない。どいつもこいつも、そればかりか。やれやれ、人に名前を聞くなら、まず自分から名乗れって教わらなかったか?」
『……貴様、我々を愚弄する気か!?』
「愚弄はしていない。バカにはしているけどな。俺が何者か、そんなの聞かなくても分かるだろう?」
『やはり……! では、オットーは!?』
「オットー? ああ、このヘルムの持ち主か。それも聞くまでもないことだ。俺がこの無線機を手にしてる時点で、答えは出てる」
『――なっ……貴様、よくも私の部下を!』
「怒るなよ、たかが一兵卒の命ごときで? 大体、そうやってすぐ感情的になるから、厳戒態勢を敷いている中でもたった一人に出し抜かれるんだよ。こっちは静かで居心地がいいぞ。お前たちの騒々しい足音が響く城内とは、大違いだ」
『…………何だと? 貴様、まさか城の外にいるのか!? いつの間に!?』
「さて、どうだろうな。だが、そこまで必死に探しても見つからないなら、少しは視野を広げて探し方を変えた方がいいんじゃないか? 何度同じことを繰り返しても、結果は変わらないぞ。今、お前たち自身が証明しているように」
『ぐぅ……許さん……許さんぞ! 伝令! 捜索範囲を拡大しろ!』
無線越しに響く怒声に、刹那はニヤリと笑みを浮かべる。
「まあ、無駄だと思うが……精々頑張ってくれ。機会があれば、また会おう」
そう言い残し、ヘルムに仕込まれた無線機の電源を切る。
さらに念のため、ナイフで無線機そのものを破壊した。
「通話機能だけならまだしも、GPSや他の追跡機能まで仕込まれてたら厄介だが……状況からして、それは無さそうだな。もしあったなら、もっと早く俺を補足できていたはずだし、会話も引き延ばしてきただろう」
これで居場所を突き止められる心配はなくなったし、意図せず攪乱もできた。
でも、何だか物足りさは否めない。
どうせなら、もう一押しくらい何か嫌がらせをしてやりたい――そんな悪戯心が刹那の中に芽生えていた。
ヘルムを適当に放り投げ、地面に横たわる兵士には一瞥もくれず、背を向けて歩き出す。
当初はフルプレートを奪って兵士に成りすまし、攪乱工作を行うつもりだった。
だが、無線機が仕込まれている以上、成りすましは高リスク。
それに攪乱という目的がどんな形であれ達成された今、血で汚れた鎧を着る理由もない。
「無線機にしろ、末端の兵士に配る物は気をつけないといけないよな」
嘲笑混じりにそんなことを呟きながら、ポケットから四つ折りの紙を取り出す。
それはオットーとかいう兵士の喉笛を掻き切って殺す寸前、その懐から抜け目なく奪い取っておいたものだ。
広げてみれば、王城敷地内の地図。かなり大雑把ではあるが、全体の構造は把握できる。
これだけ広い敷地だ。迂闊に歩けば迷うのは必至。
だからといって、末端の兵士や使用人に詳細を記憶させるのも現実的ではない。
そこで地図の一枚くらいは配布されているだろう――そう踏んでいたが、まさか初手で当たりを引くとは。
本来、こんなものを末端に配るべきではないし、配るとしても部隊長クラス以上に絞るべきだろう。
だが、贅を凝らした王城に住まう者たちらしく、非常時の対応よりも平時の業務遂行を優先した結果なのだろう。
「だが、そういう思考こそが命取りだ。さて、どんな痛い目に遭わせてやろうか……ん?」
地図全体をざっと確認していた刹那の目が、端に小さく描かれた一角に引き寄せられる。
王城の中枢からも兵舎からも遠く、敷地の壁際ギリギリに存在するその場所は、裸眼視力の良い刹那ですらよーく目を凝らさなければ読めないほど小さな文字で記されていた。
「ち……か、ろう? 地下牢? 王城の敷地内に牢獄だと?」
牢獄とは、言うまでもなく不届き者を留め置く場所。
そこに繋がれている者と好んで関わりたい者などいない。
ましてや王族や貴族なんてやんごとない身分であれば、なおさらだ。
「それなのに、わざわざ敷地内に設けている……これは、何かあるな」
興味と好奇心の後押しもあって、刹那の方針は決まった。
ならば、あとは行動するだけだ。
迷いも足音もなく、誰にも気づかれぬよう慎重に目的地へ向かって歩き出した。
如何でしたでしょうか?
もしよろしければ、ブクマや評価頂けますと幸いです。
次回もよろしくお願い致します。