お願いします。世界を救ってください。
更新します。
「ゆ、勇者? それって……どういう意味ですか? そ、それに“悪しきモノたちによる侵略と蹂躙”って、一体何がどういうことなんですか? それに――」
ここまで黙っていた大地が、堰を切ったように矢継ぎ早に問いかける。
気弱な性格が如実に表れた怯えた声であり、普段から口下手であまり喋り慣れていないことが伝わってくる喋り口だが、言葉を尽くそうというその姿勢から必死さと真剣さと不安感は痛いほど伝わってきた。
だが、そんな懸命に紡ぎ続けた言葉は、不意に途切れてしまう。
理由は単純で、自分に向けられた鋭い視線に気が付いたから。
ぎこちなく首を動かしてその視線の主を探してみれば、やはりというべきか刹那が獲物を前にした猛禽を思わせる眼力で睨みつけていた。
黙っていろ。殺すぞ。
そう言わんばかりの殺気に中てられて、大地はもう何も言えなくなってしまう。
ただ、ビクビクとその巨体を震わせるだけ。
「……大地」
「な、何? 正義君」
「少し落ち着け。気持ちは分かるよ。僕だって混乱してるし、聞きたいことは山ほどある。でも、今は話を聞こう? そして質問は、あとでまとめてだ」
「……う、うん。そうだね。み、皆さんも……ごめんなさい」
顔を赤らめながら、ぺこりと頭を下げる大地。
そんな彼に、正義と栞はまるで子供を諭すように優しい微笑みを向けたのだが、一方で鏡花は苛立ちを隠しきれずに小さく舌打ちし、刹那はなおも険しい表情で大地を睨むだけ。
空気が一気に剣呑なものへと変わる中、正義は微苦笑を浮かべながら助けを求めるようにフローティアへと視線を向けた。
「すみません。どうぞ、話を続けてください」
「いいえ。動揺させてしまったのは私の責任です。申し訳ありません。ですが、すべてを包み隠さずにご説明いたしますので、どうか落ち着いてお聞きくださいませ」
「……はい。すみません」
「では、話を戻しましょう。セバス、例のモノをここへ」
「畏まりました、陛下」
フローティアの合図に、燕尾服を着た使用人の長――セバスと呼ばれた壮年の男性が、恭しく一礼する。彼が目配せで指示を出すと、巻紙を携えた女給二人が静かに動き出し、足音一つ立てずにドアの前まで進んでいく。
そこで巻紙を広げると、ロール状だったそれは四六判ほどの一枚の地図となり、五人に見えるように掲げられた。
「こちらは、大陸全土を示した地図です。赤い線で囲まれている部分――それが、ライツ王国の版図となります」
「赤い線って……じゃあ、この地図の陸地の半分近くが王国の領土ってことですか?」
「ええ。我がライツ王国は、大陸を二分する勢力の片翼。建国より数えて数千年の歴史を持ち、文化においても最先端を行く、まさに大陸屈指の大国です」
フローティアの語り口は熱を帯びていた
尤も、その熱量の背後には、「そんな大国の玉座に座る私」という自尊心が見え隠れしているようにも感じられるのだが……
「すごい国なんですね、ライツ王国って」
「そんな大国の女王であらせられるフローティア様が、一体どうして私たちをここへ?」
「様だなんて、滅相も無い。どうぞフローティアとお呼びください。勇者様たちをここへお招きした理由、それは……確かに我が国は大国ですが、同時に深刻な問題も抱えているからに他なりません」
「深刻な問題、というと?」
「先ほど申し上げた通り、ライツ王国は大陸を二分する勢力の片翼――つまり、まだこの大陸には、我が国に匹敵する国力を持つもう一つの国家が存在するのです。その名を、魔帝国」
「ま、魔帝国? じゃあ、“侵略と蹂躙”っていうのは……」
国号からして伝わってくる不穏な響きに、正義は思わず息を呑む。
そんな正義の緊張を肯定するかのように、フローティアは静かに頷いた。
「魔帝国の話をする前に、もう少しこの大陸に関してご説明いたしましょう。この大陸には、大きく分けて二つの種族が存在するのです。
一つは人間族で、ライツ王国は人間の国家となりますその一員です。そしてもう一つが、“魔族”と呼ばれる存在――力を絶対とし、人間族を脆弱な存在と見下し、力によって支配しようとする、野蛮で強欲な者たちです」
「じゃあ、その魔族の国が……魔帝国?」
「ええ。そして今、魔帝国はライツ王国への侵略を開始しようとしています。この国を打倒して大陸の統一を成し遂げるという、彼ら魔族にとって長年の宿願を果たすために」
「そんな……」
「悔しいですが、魔族の力は人間を遥かに凌駕しています。彼らは常人を超える膂力を持ち、上位の個体に至っては理を超えた超常の力を宿しているとも言われています。
そんな敵を前にしては、我が国の近衛兵の精鋭でも太刀打ちは難しく、そうなれば何時の日かこの国は蹂躙されて魔族の軍門に下ってしまうことでしょう」
「「「「………………」」」」
「だからこそ! この未曽有の危機に対抗するため、私たちは一縷の望みに賭け、古来より伝わる儀式を執り行いました。異界より神の恩恵を授かりし勇者を召喚するという儀式を」
「で、では……フローティア殿下は、その儀式によって召喚された勇者が、僕たちだと?」
「ええ。その通りです」
「でも、“神の恩恵”なんて言われても、私たちは何も――」
動揺から問いかける正義の言葉を、フローティアは静かに片手を上げて制した。
そして、彼女の言葉を借りるならば“勇者”である五人へ、真っすぐに視線を向ける。
「召喚の儀式が成功し、この世界へ招かれた瞬間から、皆様にはすでに“破邪の聖具”が授けられております。その証拠に、我々は異なる世界の者同士でありながら、こうして言葉で意思を通わせることができている」
「……言われてみれば、確かに」
「それこそが、神より賜りし聖具の加護による恩恵なのです。ただ、皆様は“破邪の聖具”を顕現させる方法をご存じないだけ。そこで、どうか『リリース』と唱えてみてください」
俄かには信じ難い話だが、一国の女王にここまで真剣な面持ちで促されては断りづらく、何より好奇心が湧かないはずがない。
五人は顔を見合わせたのち、口々に「リリース」と唱えた。
すると――
「うわぁ……」
「す、すごい」
「これ、マジ?」
「これが、破邪の聖具?」
驚きと感嘆の声が広間に響く。
栞の手には杖、大地には盾、鏡花には弓、そして正義には両刃の剣。それぞれ形も用途も異なるが、いずれも“破邪”の名にふさわしい、清らかで眩い白銀の輝きを放っていた。
どこからともなく現れた武具の神秘性と、異世界へ召喚されたという事実――それらが重なり、フローティアの言葉はもはや疑いようのない“現実”として彼らの胸に刻まれた。
だが、例外は常に存在する。
聖具を手にして歓喜する四人とは対照的に、刹那だけは冷めた声で呟いた。
「……なんか、俺だけファンタジー感ゼロだな」
彼の手に握られていたのは、漆黒の軍用拳銃。
冷たく重厚なその姿は、他の聖具と比べてあまりに無骨で、ロマンの欠片もない。
「珍しいですね。通常は皆様のように白銀の武具が顕現するのですが……こうした例外もあるようです。まさに“神のみぞ知る”ということでしょう」
フローティアは静かに言葉を継ぎ、再び五人へと視線を向ける。
その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
「さて、これが紛れもない現実であることを、勇者の皆様ご理解いただけたことかと存じます。では、この国を――いいえ、この世界の人間を代表して、改めてお願い申し上げます」
フローティアはゆっくりと立ち上がると同時に、使用人たちも一斉に姿勢を正して、正義たちへと向き直った。豪奢な王城の広間に、得も言われぬ緊張が走る。
「お力を、お貸しいただけないでしょうか。この国を――いいえ、この世界に生きる人々の未来を守るために。我々には、勇者様の力が必要なのです。故にどうか、お願いいたします」
その言葉と共に、フローティアは深々と頭を下げる。
そして彼女に続いて、使用人たちも一斉に頭を垂れた。
総勢十数名による懇願は壮観であり、しかもその中心を飾るのは女王自身。
この状況を前にして、断るという選択肢を取れるモノなどそうはいない。
まして、この状況は現代日本を生きる彼らにとっては一種の“憧れ”でもあった筈。
苦労や困難に悩みの絶えない日常を打破する非日常への入り口にして、国の女王直々に勇者という誰もが憧れる称号まで授けてくれるのだ。
まさに至れり尽くせりなこのシチュエーション、拒否する要素の方を探すのが難しいというモノだろう。
「どうか、頭をお上げください、陛下。ご安心ください。僕たち、きっと期待に応えてみせます」
「それでは、皆様……」
「もちろん、引き受けさせていただきます。勇者として、この世界のために」
「そうねぇ。まっ、王女様にお願いされちゃ断れないか。それに、ちょっと面白そうだし」
「せ、正義がやるなら、私も頑張るよ!」
「ぼ、僕も……皆がやるなら、やるよ!」
意見は様々だが、正義たち四人はそれぞれの言葉で受諾の意思を示した。
その答えに、フローティアは安堵の笑みを浮かべ、潤んだ瞳で彼らを見つめる。
「皆様……ありがとうございます。本当に、心より感謝申し上げます」
何度も繰り返される感謝の言葉に、正義たちはどこか気恥ずかしさを覚えながらも、胸の奥に温かなものが灯るのを感じていた。
そして、この広い空間を満たしていく温かく和やかな雰囲気を、正義たち勇者とフローティアだけでなく、使用人の末席に至るまでの誰もが漏れなく噛み締めている。
しかし、そんな空気を打ち消すような乾いた拍手が、突然広間に響いた。
当然、この広間にいる全員の視線は、その“空気の読めないただ一人”へ注がれる。
「いやぁ、皆すごいね。何ともおめでたい……いや、大したもんだよ。そんな自己犠牲精神、俺には到底真似できない。理解も出来ない。尤も、真似も理解もしたくないけどな」
「……せ、刹那? 君は、一体何を――」
「でも、お前たちがそう決めたなら、好きにすればいいさ。まぁ、その高い志と固い仲間意識があれば、どんな困難も乗り越えられるんじゃないか? ……知らんけど。というか、どうでもいいけどな」
冷たい声音と嘲笑混じりの言葉が、広間の空気を一変させる。
そんな空気をばら撒いた張本人たる刹那は静かに席を立つと、振り返ることなくドアへ向かって歩き出した。
「まぁ、精々頑張ってくれ。縁もゆかりもないこの世界、そしてこの国のために。健闘は祈ってやるよ。それじゃ話も終わったようだし、失礼する」
手をひらひらと振りながら、そう言い放つ。
飄々とした態度だが、その背中からは『拒絶』という確固たる意志を感じさせた。
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