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迎賓の場にて

更新します。


「お待たせしました。さあ、それではどうぞ始めてください、女王様」


 無遠慮に扉を開け放つと同時に、相変わらず敬意の欠片も感じられない軽薄な口調で言い放った刹那は、やはり礼儀も遠慮もなくズカズカと室内へ足を踏み入れた。

 そんな彼とは対照的に恐る恐る扉をくぐった正義たちだが、ドアの向こうに広がる壮麗な光景を前に思わず言葉を失ってしまう。

 高窓から柔らかく差し込む昼下がりの陽光が大理石の床に淡い模様を描いていて、空間全体に静謐な温もりをもたらしている。

 天井は高く、幾重にも重なる装飾梁が荘厳な陰影を落としていて、そこから吊るされたシャンデリアが昼の光を受けて虹のような輝きを放っていた。

 壁面には金糸で織られたタペストリーが並び、歴代の王の偉業を描いた絵画が重厚な額縁に収められている。

 広間の中央には、純白のクロスが掛けられた長大な晩餐テーブルが鎮座しており、その上には彫刻のように精緻な燭台が並び、昼の光に照らされて金属の艶をきらめかせていて。 テーブルの周囲には深紅のベルベットで覆われたアンティークチェアが整然と並んでおり、客人の着座を今か今かと待ち構えているかのよう。

 広く、静かで、そしてどこか張り詰めた緊張感を孕んでいる――そんな広間の中で最も目を惹くモノといえば、最奥の壁に交差する形で飾られた二振りの白銀に輝く剣だろう。

 その磨き抜かれた刃は昼の暖かな光すらも鋭くて冷たい光に変えてしまうほどで、その威圧感たるやまるでこの空間の静けさを守る番人のよう。

 調度品や設備からして、この広間の役割が迎賓であることは間違いない。

 だが、それだけではない。同時にここは足を踏み入れた者に、否応なく“格”と“権威”を思い知らせる示威的な意味合いのある場所でもあるのだろう。

 事実、この贅と品が見事に調和した空間を前に正義たちはすっかり気圧されてしまっていた。尤も、正義たちにとっては創作物の中か、せいぜい教科書でしか見たことのない世界なのだから、その反応も当然といえば当然のモノではあるのだが……。

 さて、正義たちにとってはお世辞にも居心地がいいとは言えないその空間において、壁際で整然と並んで控える執事やメイドの尊敬と敬愛を一身に浴びるフローティアは、最奥の上座に淑女然とたおやかに腰掛けていて。

 その佇まいはこの部屋の雰囲気に見事に溶け込んでおり――いや、むしろこの空間そのものを着こなしていると言っても過言ではない。

 その威風堂々たる様はまたしても正義たちに格の違いを思い知らせるには十分であり、またしても風格十分な女王に圧倒されてしまう。

 一方で、女王の威厳を前にしてもどこ吹く風と言わんばかりに臆することなく飄々とした態度を崩さない刹那は、何も言わず勝手にテーブル脇のアンティークチェアへと勝手に腰を下ろす。

 彼が選んだのは、フローティアから最も遠くて逆に扉へ最も近い下座の席だったが――さてそれはせめてもの遠慮なのか、単に面倒で手近な席を選んだだけに過ぎないのか。


「……ん? 何をボサッと突っ立ってるんだ? さっさと座ればいいだろう」

「えっ? いや、でも……」


 こういう場では、客人といえども主人に促されてから着席するのが礼儀である。

 常識としてそれを理解しているからこそ、刹那に促されても正義たちは躊躇してしまう。

 そんな彼らの躊躇う様子を見ていたのだろう。


「ええ、どうぞ気になさらず。さあ、好きな席へお掛けください」


 相変わらず穏やかな微笑を浮かべたフローティアが、柔らかな声でそう促す。

 その言葉に迷う理由も断る道理もなく、正義たちは一瞬顔を見合わせたのち、それぞれ思い思いの席へと腰を下ろした。

 全員が着席したのを確認すると、フローティアはゆるやかに立ち上がり、優雅に一礼する。


「異界よりお越しくださった勇者様方を、心より歓迎いたします。では、始めてください」

「畏まりました、陛下」


 使用人の長と思しき燕尾服を着こなした壮年男性が恭しく礼をすると、彼の目配せを合図にして控えていた使用人たちが一斉に動き始める。

 こうして、ついに宴席は幕を開けたのだった。



 フローティアは「細やかな宴の用意をした」と口にしていた。

 だが、その言葉とは裏腹に、巨大なテーブルに次々と運ばれてくる料理はどれも華美で、素人目にも明らかに豪勢な逸品揃いだった。

 学生の身では、冠婚葬祭の場であっても滅多に対面することのない贅を凝らした食事。

 食欲を刺激され、思わず唾を飲み込んだ四人は、フローティアの促しもあって、それぞれ思い思いに眼前の料理へと手を伸ばし始める。

 食事を楽しみ、満面の笑みを浮かべる正義たち。

 そんな彼らの様子を、フローティアは満足げな微笑を浮かべながら見守っていた。

 だが、視界の端でただ一人――料理はおろか、水にも手をつけず、室内の様子と慌ただしく動く使用人たちをじっと観察している者が一人。


「どうなさいましたか? もしかして、お口に合いませんでしたか?」


 その様子に気づいたフローティアが声を掛けると、刹那はキッと鋭い視線を返す。


「生憎、人前で食事をするのは苦手でね」

「そうでしたか。それは大変失礼を――」

「それに、俺はここに食事をしに来たわけじゃない。話を聞きに来ただけだ」


 刹那の鋭い眼光に晒されても、フローティアは微笑を崩さない。

 だが、如何に美貌の女王といえども、笑って誤魔化せる相手ではないと悟ったのだろう。

 観念したように静かに立ち上がると、しかつめらしく咳払いをして言葉を続けた。


「場の空気が和んでからと思っておりましたが……よろしいでしょう。では、皆様にご説明いたします。私たちが皆様をこちらへお招きした、その理由を」


 ここまで一貫して、フローティアは柔和な表情と穏やかな雰囲気を保ち続けていた。

 それこそ、正義たちの脳裏には彼女の微笑が焼き付いてしまうほどに。

 だが今、彼女は真剣な表情を浮かべ、どこか張り詰めた空気を纏い始めている。

 その変化はあまりに急激で、料理に夢中だった正義たちも思わず手を止め、居住まいを正してしまうほど。

 現に、和やかだった広間の雰囲気は、瞬く間に厳粛な空気に呑み込まれていく。


「まず初めにお伝えしておきますが……ここは、皆様が元いた世界とは異なる世界です。時間も空間も、次元すらも超越して、こうして皆様をこの世界へとお招きいたしました」


 そうかもしれない――誰もが心のどこかでそう考えていた。

 ただ、その確信が持てなかっただけで。

 だからこそ、その言葉に対して「信じられない」と反応する者はいなかったが、断じて動揺していないわけではない。

 正義たちの表情には緊張の色が浮かび、ざわめきは抑えきれなかった。


「驚かれたことでしょう。ですが、これからお話しすることは、さらに驚かせてしまうかもしれません。何より、受け止めるには少々重たい内容かもしれません。

 ですが、これらはすべて真実であり、私の言葉に一切の偽りがないことを、ここに誓わせていただきます。どうか、心してお聞きください」


 フローティアの前置きからして、これから語られる話が重いものであることは明らかだった。故に正義たちは一様に息を呑み、覚悟を決めた合図として小さく頷く。

 その様子を見届けたフローティアは、静かに口を開いた。


「実は、今このライツ王国には未曽有の危機が迫っております。

 悪しき者たちによる侵略と蹂躙――その魔手が、国と民を脅かしております。

 そこで皆様には、どうかこの“危機”から我が国と民を救っていただきたいのです。

 古よりこの国に語り継がれてきた伝説の英雄――勇者として」


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