一体どういうことなのか?
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「女は二人で、男は……まぁ一人だけ合格ね。まあ、こんなもんでしょ」
「今、何て言いました? それより、あなたは……どちら様ですか?」
正義の恐る恐る絞り出した問いかけに、貴婦人は誰もが思わず息を呑むほどに美しい微笑を浮かべて答える。
「これは失礼いたしました。改めまして、私はフローティア。フローティア=フォン=ライツベルグと申します。このライツ王国を統べる女王でございます」
きめ細やかな白い肌、燃えるような深紅の髪、そして黄金に輝く瞳――圧倒的な美貌を誇る女王は、流麗な所作で優雅に会釈する。その表情も動きも、隅々まで気品に満ちていて、まさに“女王”という称号にふさわしい風格を漂わせていて。
そんな彼女に正義たちはすっかり圧倒されて、自然と萎縮してしまい、まともに目を合わせることすらできずに視線を泳がせていた。
だが、気品溢れる美貌の女王を前にしても猶、平然としている者がただ一人。
「へぇ、女王様か。まさか本物を拝める日が来るとは思ってなかったよ」
重武装の兵士たちを従えた女王を前にして、物怖じもせずに軽薄な口調で言い放つ。
そのあまりに無礼な物言いに、栞たちは目を見開き、正義に至っては「お、おいっ!」と慌てて刹那の肩を掴んで止めようとする。
だが、刹那はその手を軽く振り払い、不敵な笑みを浮かべた。
「で? その口ぶりと態度からして、俺たちをここまで連れてきたのは、あんたの差し金――そう考えていいんだな?」
「強制連行と言われると心苦しいですが、仰る通りです。私たちが皆様をこの場所へお招きしました」
「ふーん……で、一体何の用だ? 何が望みだ? しかもさっき、俺たちを勇者と呼んでいたか?」
「色々と疑問はおありでしょう。当然です。そこで、これより皆様にご説明をする場を設けたいのですが――」
フローティアはぐるりと周囲を見渡してから、再び刹那へ視線を戻す。
「このような場所で立ち話も何ですし、ささやかですが宴の準備もございます。お話の続きは、そちらでいかがでしょう?」
「なるほど。準備が良いことで。……まあ、ここにいても仕方ない。いいだろう、その誘いに乗ってやるよ」
「それはまた、光栄です。さぁ、ではこちらへどうぞ」
微笑みを崩すことなく、フローティアは優雅に踵を返して歩き出す。
兵士たちがその後に続き、刹那はその列の最後尾に続いていく。
何事も無いかのようにごく自然な流れで事態が運んでいっているのだが、当然ながら全員がすぐに順応できるわけではない。
実際、刹那を除く四人は茫然と立ち尽くし、一行の背中をただ見送るしかなかった。
「ええっと? これ、一体どういうこと? もう何が何だか、全然理解できないんだけど」
「安心してください。僕もです。何がどうなっているのかさっぱりですが、ここに残っても仕方ないことと、彼らに付いていくしかなさそうだということだけは、間違いなさそうですね。彼の態度は不本意ですが……行きましょう。立てますか?」
へたり込んだままの彼女に、正義が手を差し伸べる。
女性は「えっ? ええ……」と頬を少し赤らめながらその手を取って立ち上がった。
そして、彼女をまっすぐ見据えた正義は、爽やかな笑顔を浮かべて。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。初めまして。僕は水鏡正義と申します」
「正義君、ね。ふーん、そうなんだ」
「どうぞ正義と呼んでください。それで、こちらは富士大地。僕の友人です」
「……どうも、はじめまして」
丸刈りの大柄な青年――富士大地がぺこりと会釈する。
女性も軽く頭を下げ、今度は視線を栞へと向けた。
「彼女は、葉月栞。僕の幼馴染で、クラスメイトで、そして……彼女です」
「そっか、栞ちゃんね……って、彼女?」
驚いたような声音に、正義は小首を傾げる。
「……? どうかしましたか?」
「あ、あの……葉月栞です。よ、よろしくお願いします」
おずおずと頭を下げる栞の礼儀正しい所作からは、育ちの良さが滲み出ていて。流石にフローティアほどとまではいかないが、彼女にも確かに品のある雰囲気が漂っている。
そんな栞に女性はどこか引き攣った笑みを浮かべ、「えぇ、よろしくね」と少し上擦った声で返すだけだった。
「友達に、彼女ね。あぁ、そういえばカフェで一緒に勉強してたっけ。ふぅん……三人とも仲いいんだね」
羨ましいな――彼女はそう呟いた。誰にも聞かれたくないような小声で。
だが、一番近くにいた正義には、かろうじてその言葉が届いた。
もっとも、はっきりと聞き取れたわけではなかったようで――
「……えっ? 今、何か言いましたか?」
「ん? いいえ、別に。何でもないから、気にしないで」
「そうですか? それで、あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
「……鏡花よ。緋室鏡花。一応、大学生」
「緋室さんですね?」
「鏡花でいいわよ。あんまり名字で呼ばれないし、呼ばれたくも無いから」
「そうですか? 素敵な苗字だと思いますけど……分かりました。では、よろしくお願いします。鏡花さん!」
正義の笑顔に続いて、大地と栞も鏡花へ笑顔を向ける。
眩しいくらいの満面の笑みを三人から向けられた鏡花もまた。
「えぇ、どうぞよろしく」
笑顔を浮かべて、そう答える。
だが、その声音はしとやかだが、どこか淡白で。
更に笑顔もまたどこか固く引き攣っていて、無理をして作っているかのようだった。
◇
挨拶を交わして些かの親睦を深め、更には先ほどのわだかまりも鏡花が謝罪を口にしたことで一応の解決を見た。そうして多少なりとも仲を深めたところで、四人はふと気付く。
「あれ? そういえば女王様はどこ行った?」
フローティアや刹那たちはすっかり先へ進んでしまったようで、気づけばその姿はもう影も形もなくなっている。
置いて行かれたことに気づいた四人は、慌てて部屋を飛び出して後を追いかけた。
「ええっと……どこに行った?」
彼らが部屋を出て右に進んでいったことまでは、ぼんやりと記憶にある。
記憶の通り右に曲がれば、そこからしばらくは道なり。でも、やがて通路が前方と左右の三方向に分岐する地点に差し掛かり、そこで完全に先行者の姿を見失ってしまった。
通路の広さからして、ある程度の規模は予想していたが、実際には想像以上に城の構造は広大かつ複雑だった。さすがは王女が住まう城といったところだが、今は感心している場合ではない。
「さて、どうしようか……」
正義が困り果てたように呟くが、残る三人の中で妙案を返せる者は誰もいなかった。
だが、答えが出ないのはあくまでこの四人の中だけの話で――
「姿が見えないと思ったが、やはりこうなっていたか」
呆れたと言わんばかりの、嘆息混じりの声が通路に響く。
その溜息の主は、やはり正面から悠然と歩いてくる刹那だった。
「刹那さん……待っていてくれたんですか?」
「まさか。わざわざ迎えに来てやったんだ。まったく、手間のかかる連中だ」
相変わらず冷淡で刺々しい言い回しだった。
実質的には助けられた形ではあるが、これには普段礼儀正しい正義や栞でさえも素直に感謝の言葉を口にする気にはなれない。ただ揃って、ムスッとした表情で刹那を見つめるだけだった。
そんな四人の批判めいた視線を受けてなお、刹那は涼しい顔でふっと静かに微笑んで。
「一つだけ言っておこう。ここから先は、精々用心しろよ」
耳を澄まさなければ聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、そう告げる。
しかし、突然そんな意味深なことを言われても、その意図を理解することなど誰にもできない。事実、正義は難しい顔で小首を傾げると――
「用心しろって、どういう意味ですか? 一体、何に気をつけろと?」
「何の捻りもない、そのままの意味だ。そして、何にではなく『すべてに』だ」
「……すべてに? やっぱり分からない。だから、それは一体どういう――」
問いかけを遮るように、刹那はピンと立てた人差し指で正義を指差す。
その顔からは先ほどまでの微笑は消えて真剣そのもの。とても冗談には見えない。
「忠告はしたぞ。あとは、どうなろうがお前たち次第だ」
それだけを言い残し、刹那は踵を返して歩き出す。
「……な、何だ? 一体君は、何が言いたいんだ?」
刹那の背中を見つめながら、正義は茫然と呟く。
だが、呟いたところで答えは返ってこない。
いいや、きっと最初からまともに答えるつもりなどなかったのだろう。
その意味深な言葉に、何か思惑があるのか。
あるいは、ただ意地悪く揶揄っているだけなのか――それすら判然としない。
「……分からない。君は、本当に一体何なんだ?」
「正義、考えても仕方ないって。とにかく急ごう? また置いていかれたら困るでしょ?」
栞の言葉に、正義はハッとする。
確かに、ここで立ち止まっていてはまた置いて行かれてしまう。
それに今は、刹那の不可解な言葉に気を取られている場合ではない。
状況を把握するためにも、まずはフローティアから話を聞くことが先決だ。
頷き合って同意した四人は、先を行く刹那の背中を追って駆け足で通路を進み始めた。
如何でしたでしょうか?




