第7話 王都郊外・ミルリオ森林 魔獣討伐訓練 1
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6月の澄んだ青空の下、一年生たちは王都郊外のミルリオ森林へ向かった。
馬車を降りた一年生たちは、鬱蒼としたミルリオ森林の前に整列していた。
深い緑の向こうからは、どこか野生めいた唸り声が断続的に響いてくる。
「うわぁ……これが訓練場所か。思ったよりも深い森だな」
腰に下げた長剣の柄に手をやりながら、緊張気味に周囲を見回す。
「ふふん、びびってんのか? 英雄様」
リディアが短槍を肩に担いで、にやにや笑う。
「び、びびってないよ!」
必死に否定するが、アランが小さく肩をすくめた。
「セリウスは、いつも始めは凄く警戒するんだ。周囲の状況をいち早くつかんで、危険がないか、状況に合わせて対応する。警戒心が強いのは良いことだと思うよ。油断して怪我するよりましだからね」
教官のガレスが一歩前に出て、生徒たちをぐるりと見渡した。
「よし、全員揃っているな。では改めて説明する。――今回の訓練は、このミルリオ森林に巣食う魔獣の討伐だ。主な目標は、牙猪だ」
「ファングボア……」
ざわりと一年生の間に小さな緊張が走る。
ガレスは手にした指揮杖で地面に図を描きながら続けた。
「ファングボアは体高が一・五メートル前後、成獣は馬ほどの大きさになる。硬い毛皮と突き出た牙が武器だ。突進力は凄まじく、真正面から受け止めれば即死もある」
「……真正面から受け止めるなってことだな」
オルフェが腕を組んで唸る。
「そういうことだ。前衛は横に受け流し、中衛と後衛が横腹を狙え。よいか? 正面からぶつかりに行って斬り伏せられるのは、よほどの熟練騎士だけだ」
ガレスの目が鋭く光り、一瞬オルフェの方に向いた。
「ぐっ……そ、そんなの俺だって分かってる!」
オルフェが慌てて顔をそむける。リディアが小声で「怪しいなあ」と笑った。
「他にこの森で出る魔獣は?」
レオンが静かに手を挙げて尋ねる。
「よい質問だ。――ファングボア以外には、森林狼の群れ、それから毒蛇が報告されている。ウルフは群れで連携する。蛇は草むらに潜み、奇襲してくる。噛まれれば一発で毒が回るぞ。気を抜くな」
「ひぇ……蛇は苦手だなぁ……」
セリウスが思わずつぶやくと、隣のアランが淡々と囁いた。
「落ち着け。毒消し薬を持っているはずだし、まずは噛まれないことを考えるんだ」
「こ、心強いよ、アラン……」
「それからもう一つ。森の奥に樹熊の痕跡がある。もっとも、今の諸君には倒せん。遭遇したら即座に撤退しろ。いいな!」
どよめきが走る。リディアが短槍を握り直し、目を輝かせた。
「うわぁ、クマまで出るのか! すごいな!」
「すごいじゃないよ、危ないんだよ!」
セリウスが慌てて突っ込むと、クラスメイトの笑いが広がった。
ガレスが咳払いをして、場を締める。
「以上がこの森の主な脅威だ。――討伐数を競う必要はない。何よりも重視するのは連携だ。独断専行した者には、容赦なく減点を与える。忘れるな」
(独断専行、か……オルフェ、大丈夫かな)
セリウスは隣で胸を張っている長身の姿をちらりと見やり、心の中でため息をついた。
「では班ごとに散開して森へ入れ! 討伐訓練開始だ!」
ガレスの号令が響き渡り、一年生たちはそれぞれの組に分かれて森の奥へと進んでいった。
セリウスたち五人も、緑深い小径を進みながら、配置を確認した。
「前衛は俺に任せろ!」
オルフェが背中の大剣を引き抜き、得意げに先頭を歩く。
「僕は中衛で援護するよ。リディア、息を合わせて突っ込もう」
「任せて!」
レオンとリディアが頷き合う。
「私とセリウスは後衛から援護……横と後ろからの不意打ちはさせないよ」
アランが淡々と確認し、セリウスも緊張しながら頷いた。
「オルフェ、足元毒蛇に気負つけて進んでね」
「お、おう……」
セリウスの忠告で、ぐんぐん進んでいたオルフェの歩みが慎重になる。
やがて――。
「グルゥゥ……!」
茂みの奥から、牙猪が数頭、鼻を鳴らしながら現れた。
体格は馬ほどもあり、硬い毛並みと突き出た牙が陽光を反射して光る。
「来たな! 俺の大剣で一刀両断だ!」
オルフェが嬉々として雄叫びを上げて飛び出す。
(やっぱりな……)
「待て、突っ込みすぎるな!」
レオンが制止するが、すでに遅い。牙猪の突進を正面から受け止め、土煙が舞い上がる。
「ちょっ……オルフェ、無茶だ!」
セリウスが慌てて走り出そうとするが、アランが腕で制した。
「落ち着け、セリウス。まだ崩れてない」
「リディア! 横から狙え!」
アレンの適切な指示が飛ぶ。
「了解!」
リディアが機敏に回り込み、槍の穂先で牙猪の脇腹を突く。獣が苦悶の声をあげた隙に、レオンが冷静に長槍の刃を閃かせる。
「……よし、オルフェは突っ込みすぎだけど、力は確かだ」
アランが冷静に呟き、セリウスに指示を飛ばした。
「セリウス、私と一緒にもう一頭を止めるぞ!」
「は、はい!」
セリウスは剣を抜き、迫り来る牙猪へと身構えた。
「ガアァァッ!」
牙猪のもう一頭が唸り声を上げて突進してくる。
「セリウス、左へ跳べ!」
アランの短い指示に従い、セリウスは地面を蹴った。牙猪の牙が間一髪で空を切る。
「う、うわっ……危なっ!」
「怯むな、今だ! 足を狙え!」
「は、はいっ!」
セリウスは半ば反射的に剣を振り下ろし、獣の脚を裂いた。牙猪がぐらりと体勢を崩す。
「よくやった、止まったぞ!」
アランが横から駆け込み、冷静に剣を獣の首筋へ突き立てた。牙猪は地面を震わせて倒れる。
「やった……倒した……!」
セリウスの心臓は早鐘を打ち、膝が震えそうになった。
だがその直後――。
「グルルル……!」
茂みの奥から、さらに一頭が姿を現した。目の奥に血走った光を宿し、こちらを射抜くように見据えている。
「まだいたのかよ!」
リディアが声を上げ、短槍を構える。
「セリウス、下がれ!」
アランが庇うように前に出る。だが牙猪は狙いを定めたように、セリウスへ一直線に突進してきた。
「ひっ……!」
反応が一瞬遅れた。足がすくみ、体が動かない。
「おいバカ、つっ立ってんじゃねー!」
オルフェが叫び、大剣を振るうが間に合わない。
「セリウス、伏せろっ!」
鋭い声が飛ぶ。レオンだ。
その瞬間、リディアの短槍が稲妻のように閃いた。
「おりゃああっ!」
獣の鼻先を正確に打ち、進路を逸らす。
「グギャアァッ!」
牙猪は横に逸れて地面を抉り、その隙をレオンの長槍が冷徹に突いた。
「……動きが直線的すぎる」
低く呟きながら、槍を引き抜く。牙猪は血を吐き、ついに動かなくなった。
「はぁっ、はぁっ……助かった……」
尻もちをついたセリウスの顔は真っ青だった。
「おい、セリウス! 命が惜しけりゃ、突進の前に退け!」
オルフェが大声で叱る。
「ご、ごめん……体が勝手に止まっちゃって……」
「まぁまぁ、結果的には倒せたんだし」
リディアが笑って肩を叩く。
「それに最後のは、俺の槍が決まったからだな!」
「いや、決めたのは僕だ」
レオンが槍を布で拭いながら、さらりと返す。
「ただしリディアの援護がなければ、僕の一撃も無駄に終わっていた」
「ふっ……やはり俺が正面から受け止めておけば、こんな手間はなかったな!」
オルフェが胸を張るが、リディアが即座に突っ込んだ。
「はあ!? あんた最初から突っ込みすぎて危なっかしかったじゃないか!」
「ぐぬぬ……」
そんなやり取りを横目に、セリウスは胸に手を当て、深呼吸した。
(……怖かった。だけど、みんなが助けてくれた。良かった。でも、私はまだまだだな。恐怖で体がかたくなっちゃう。もっと強くならなくちゃ……)
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