第6話 メンバー募集
翌日・1年A組教室
朝の教室に足を踏み入れたセリウスは、途端にざわめきに包まれた。
「おい、来たぞ!」
「二連続だってよ、怪談解決!」
「『夜泣き鎧』に続いて『呪われた肖像画』まで!」
どっと拍手と口笛が起こる。あっという間に人垣ができ、セリウスは逃げ場を失った小動物のように囲まれてしまった。
(……またか。恥ずかしいなぁ)
「すげえじゃんセリウス! 学園七不思議ハンターだ!」
赤毛のリディアが、悪戯っぽい笑みを浮かべ、力加減を考えない手のひらで私の背中をばんばん叩く。身体がぐらぐら揺れ、思わず情けない声が漏れそうになった。
「『血の涙の肖像』に飛び込んで、額縁から仕掛けを取り出したんだろ?」
「いやあ、俺だったら悲鳴上げて逃げてたな!」
「ち、ちがっ……そんな派手なことはしてないよ! ちょっと上を探ったら瓶が出てきただけで……」
必死に弁解するが、クラスメイトたちは耳を貸さない。
「またまた~、謙遜しちゃって!」
「英雄は控えめなぐらいがちょうどいいってな!」
茶化す声に混じって、羨望や好奇の視線が突き刺さる。
セリウスの顔は真っ赤に染まり、居心地悪そうに頭を抱えた。
そんな中、長身のオルフェ・ダランが腕を組んで歩み出る。人垣が自然に割れ、彼の大柄な体躯と鋭い眼差しに一瞬空気が引き締まった。
「ふむ……度胸と観察眼は認めてやる。だがセリウス、次は俺も同行させろ。仕掛けを見抜く前に俺の大剣で叩き斬ってやる」
「いや、それだと証拠が残らないだろ……」
セリウスは小声でつぶやく。
黒髪のレオン・フィオリは、何か舞台に立つ俳優のように髪をかき上げ、優雅な笑みを浮かべた。その仕草ひとつで周囲が静まるほどの余裕を漂わせていた。
「二度も悪戯を見破るとは、偶然ではないな。……セリウス、君は将来、探偵か魔道学者の道に進むべきじゃないか?」
「えっ……僕、騎士志望なんだけど……」
しどろもどろに答えるセリウス。
その後ろから、気配もなくすっと現れたのはフィオナだった。まるで影から抜け出してきたかのように、彼女は当然の顔で輪の中に加わった。
「みんな忘れてるけど、私も一緒にいたのよ?」
腰に手を当てて胸を張る。
「つまり、今回の『怪談調査隊』は私とセリウスとアランの三人。……セリウスだけじゃなく、私にも喝采をどうぞ?」
「フィオナは、突然現れるなあ……どこから来たんだよ!」
アランが即座に突っ込むと、教室がまた笑いに包まれた。
セリウスはますます縮こまるように肩をすくめる。
――だがその胸の奥では、ほんの少しだけ誇らしさが芽生えていた。
「上級生の悪戯にも、困ったもんだよなあ。俺たちを怖がらせて面白いのかね?」
「なんだか、毎年新入生が脅されてるみたいだよ。もう、伝統みたいなもんだね」
「もう、慣れちまって、七不思議なんて恐かないぜ!」
「来年俺達もやるか?」
「おいおい! そういう悪戯は、やめようよ。皆怖い思いをしたんだろう」
皆を止める。
「はいはい。英雄様がそういうんじゃ、しかたないな」
そんなことを言いながら、皆が席に着く。一限目の授業が始まろうとしているのだ。
ガヤガヤとした笑い声を断ち切るように、担当教諭が入室し、教壇にドンと教科書を置いた。空気が一気に改まる。
「皆、よく聞けー! 6月に野外訓練が行われる。今日は、その班分けを行う。野外訓練は王都郊外のミルリオ森林で行われる魔獣討伐訓練である。騎士団の仕事は、郊外の魔獣を減らす事も含まれる。市民の生活を守るため、増え過ぎた魔獣を減らすのは、騎士団の大きな役割だ。通常は、冒険者達が狩りで減らしているが、大量発生時には騎士団が主力だ。心して訓練に当たるように。それでは五人一組に別れろー」
セリウスとアランが視線を交わす。言葉はいらない。互いの眼差しには『当然一緒だ』という意思がこめられていた。そこに赤毛のリディアが、そこに割り込む。
「一緒にやろうぜ、英雄様!」
「だからその呼び名はやめてくれ! 私はアラン様の寄子に過ぎない」
慌てて手を振る。胸の奥にじんわり誇らしさを覚えながらも、顔に出すまいと必死に取り繕った。
「はいはい、控えめなのは分かったよ。で、入れてくれるんだろ? アラン様?」
アランが無言で頷いた。
そこへ、長身のオルフェ・ダランが腕を組んで歩み寄り、胸をはった。自信満々の歩調はまるで舞台に上がる俳優のようで、クラスの視線をさらっていった。
「俺も同行させろ。魔獣なんてお前らが出る前に、俺の大剣で叩き斬ってやる」
こいつはいつも偉そうだ。
「僕も君達とご一緒させてくれるかい?」
黒髪のレオン・フィオリが、涼やかに微笑んだ。
「五人一組にだから……これでちょうどいいね」
私がアラン様を見やると、彼も頷いた。
「うん。悪くないメンバーだ。なかなか強そうだしね」
「ふん! 魔獣など、俺一人で退治してやる。お前らは俺の後ろで、安心して見学でもしていろ」
「はいはい。オルフェは前衛決まりだね」
リディアが、手を振って、うるさそうにオルフェを払う。オルフェが苦虫を噛み潰したようにリディアを睨みんだ。
「オルフェが大剣、リディアは短槍、僕が長槍。アランとセリウスが長剣で良いかな?」
レオンは冷静に全体を見渡しながら、戦術を組み立てる指揮官のように役割を割り振っていった。
「そうなるね」
レオンの問いにアランが答える。
「じゃあ、フォーメーションは、前衛を大剣、中衛を槍、後衛を長剣っということで良いですか?」
レオンがまとめる。
「俺は前衛で満足だ」
「俺もそれで良いよ」
「前衛で剣を振いたいところだが、私も後衛で構わないよ」
言いながらも、アランの拳にはほんの少し力がこもっていた。
「アラン様がよろしいのなら私もそれで」
「じゃあ決まり!」
リディアがにっこり笑ってハンズアップする。
「ところで、リディア。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「きみ、ダンジョンの罠でも見破れるかい?」
「ダンジョンには、入ったことがないから分からないけど、森や要塞にある罠なら見破れると思うなあ」
「なら、ダンジョンでも大丈夫じゃやない?」
「なぜそんなことを聞くんだい?」
リディアが首を傾げる。彼の目には好奇心の光が宿り、聞かれること自体を楽しんでいるようだった。
「ダンジョンに一緒に潜るメンバーを探しててね。罠を見破れる人とか魔法を使える後衛がいればと思ってるんだ」
「ダンジョンねー。面白そうじゃないか。俺もやってみたいね」
リディアが即答する。
「面白い。僕は魔法も使えるよ。よかったらメンバーに加えてくれない?」
「レオンが入ってくれるならありがたい。実は、誘おうと思ってたんだ」
「おい! 大剣使いの頼れる前衛はいらないかよ?」
オルフェがじろりと睨んできた。
「どうします? アラン様」
「本当は回復魔法が使える僧侶とかが欲しかったんだけどね」
「回復薬をガッツリ背負って行ってやるよ」
「四人より、五人の方が安心かな?」
アランが小首を傾げる。
「荷物、かなりかつげそうだしね」と賛成した。
「おいおい、俺は荷物持ちじゃねーぞ!」
オルフェが真っ赤になって怒鳴り、教室に笑いが弾けた。その必死さが余計に皆の笑いを誘った。
「ダンジョンは、奥まで行くには長丁場になる。ダンジョン内で野営をすることを考えれば、人数は多い方が良いかもね」とリディア。
「夏休みになるまでは、日帰りで経験を積む予定だから野営をするのは夏休み中だね」
「俺は、いるのかいらねーのか?」
拗ねたような声に、四人は思わず顔を見合わせる。笑いを堪えきれず肩を震わせながら、オルフェに向き直って言った。
「「「いるに決まってるだろう!」」」