第65話 新たな任務
武闘大会も終わり、落ち着きを取り戻しつつある騎士養成学校《ヴァルロワ学舎》。
セリウスたちは、日々の授業と訓練に戻り、穏やかな学園生活を取り戻していた。
訓練場では木剣の音が響き、魔法演習場には詠唱の声が流れる。あの熱狂的な大会の日々が、もう遠い過去のように感じられるほどだった。
「ふぅ……今日はこれで終わりかな」
セリウスが剣を納め、額の汗を拭う。
周囲では、レオンが魔法の制御練習を終え、オルフェは筋トレの締めに腕立てをしていた。
「ようやく、静かな日常に戻ったな」
リディアが言うと、オルフェが笑う。
「静かすぎて退屈だな。俺はそろそろ外で暴れてーぜ!」
「まったく……君は戦うことしか考えてないのね」
フィオナがため息をつきながらも微笑む。
その穏やかな空気に包まれた訓練場の門前で、突然、軍服を着た伝令の兵が駆け込んできた。
「《アラン・リヴィエール》殿、並びにその仲間の方々に通達!」
訓練場に響き渡る声に、生徒たちのざわめきが広がる。
「通達?」
アランが首を傾げると、兵士は胸を張って告げた。
「王国軍総司令、ゼルディア将軍閣下より召喚命令がございます! 本日夕刻、王立軍本部にてお待ちとのこと!」
訓練場の空気が一瞬で引き締まる。
ゼルディア将軍――王国軍を束ねる最高司令官であり、王都防衛の英雄。
生徒どころか、地方の騎士ですら直接言葉を交わすことなど滅多にない。だがセリウス達はオークションの一件で、将軍から、後日、王国から依頼が届くだろうと告げられている。
「ゼルディア将軍……とうとう来たか!」
リディアが驚きを隠せずに呟く。
「なにか……あったのかもしれないね」
レオンの声が低く響く。
「この前言ってた王国からの特別任務……ってやつか」
オルフェがわくわくしたように拳を握るが、セリウスは静かに息を吐いた。
「とにかく行こう。命令なら従わないわけにはいかない」
アランが、四人を見回していった。
「いってらっしゃい。私はこの件には入ってないのよね。もし必要なら私も力は貸すけど」
フィオナはオークションの一件とは無関係だ。
「その時は、声をかけるよ。よろしく頼む」
五人は制服の上に正式な外套を羽織り、王都中心部にそびえる《王立軍本部》へと向かった。
荘厳な石造りの建物。衛兵が整列し、重厚な扉の奥からは低く響く声が漏れ聞こえる。
案内されて通されたのは、地図と軍旗が並ぶ作戦会議室だった。
部屋の奥、窓際に立つ壮年の男――銀髪を短く刈り込み、黒い軍服を着た威厳ある姿。
王国軍総司令、ゼルディア・ヴァルハイト将軍。
その鋭い眼光が、セリウスたちを一人ひとり見据える。
「来たか。《ヴァルロワ学舎》の若き鷹たちよ」
低く、重みのある声が響く。
セリウスたちは直立し、敬礼した。
アランが代表して答える。
「お呼びとあらば、ただちに参上いたします」
ゼルディア将軍は地図の上に置かれた書簡を手に取り、静かに開いた。
その表情には、戦場とは異なる険しさがあった。
「君たちを呼んだのは、ほかでもない。――密かに学園内で起こっている問題だ」
セリウスたちは顔を見合わせる。
将軍は机の上に封印紋付きの文書を置いた。
「これは王国直轄の密命だ。《ヴァルロワ学舎》内部に、近ごろ不可解な動きがある」
ついこの前《呪具の持ち込み事件》があったばかり。まだ何か起こっているのか?
アランが眉をひそめた。
「……不可解な、動きと申しますと?」
ゼルディアは頷き、重々しく言葉を継ぐ。
「《呪具の持ち込み事件》は解決したようだが、その後も不可解な動きは止んでいない。まだほかにも、教員と職員の一部が、外部組織と通じている疑いがある。あの後でも、我が国の魔導兵器の研究資料が何件か帝国に流出しているのだ」
リディアの瞳が鋭く光る。
「それは学舎から……?」
「確証はまだない。だが、王国にとって《学舎》は次代の騎士と魔導士を育てる根幹。腐敗があれば、将来の軍の崩壊につながる」
ゼルディアはゆっくりとセリウスに視線を移した。
「そこでだ、アラン・リヴィエール。お前たちには学生という立場を生かし、内部調査を行ってもらいたい」
セリウスは息をのむ。
「……学園内での、調査任務……ですか」
「表立って動く必要はない。日常の訓練や授業の裏で、不審な動きを探れ。情報は、王立軍直属の情報部経由で私に届くようにしてある」
将軍の声音は低く、しかし確実な信頼がこもっていた。
「お前たちの働きはすでに王城でも報告されている。若いが、実戦経験と判断力を備えている。……学舎を守れるのは、そこに属する者だけだ」
アランが胸に手を当て、深く頭を下げた。
「この命、王国と学舎のために。必ず真相を突き止めてみせます」
ゼルディアは静かに頷く。
「よい。――ただし、敵が教員である可能性もある。くれぐれも不用意に動くな。お前たちの身を守る者は、もういないと思え」
重苦しい沈黙が部屋を包む。
レオンが小さく呟いた。
「学園が……狙われているのですね」
将軍は視線を落とし、窓の外の王都を見やった。
「この国の未来は、若者たちに託されている。――その芽を、誰かが摘もうとしている。それを許すわけにはいかん」
言葉の重みが、胸の奥に響いた。
私は静かに拳を握る。
(学園の中に、敵が……。私たちが、守らなくちゃいけない)
こうして、私たちの新たな任務――《学園調査任務》が始まった。
《ヴァルロワ学舎》に戻ったセリウスたちは、表向きにはいつも通り授業を受けながら、裏では密かに動き始めていた。
ゼルディア将軍の命による《学園調査任務》――通称「調査班」。構成員はセリウス、アラン、リディア、レオン、オルフェの五名。
その任務は、学園内部に潜む裏切り者を探り出すことだった。
ある午後、セリウスたちは学園の資料庫に忍び込み、教員の研究記録を調べていた。
「……魔導理論科のグレイ先生、去年から実験許可のない研究をしてるみたいだ」
リディアが眉をひそめる。
「資材の搬入記録にも不審な点があるな。鉄鉱の量が妙に多い」
アランが低く呟くと、レオンが頷いた。
「兵器の試作でしょうか? あるいは……」
「……誰かが、外部と繋がってる。なかなか分からないものだね」
セリウスは小さく言葉を漏らした。
だが、それ以上の調査を進める前に、思いがけない事件が起こった。




