表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『男装の令嬢は男になりたい』  作者: 米糠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/71

第55話 《呪具の持ち込み事件》 3


 学舎の中心部にある教官室。扉を開けると、明かりに照らされた長机の周囲に教官たちが集まっていた。学長もその中央に立ち、眉をひそめている。


「セリウス、アラン、リディア、オルフェ、レオン……お前たちか」

 学長の声には驚きと緊張が混ざっていた。


「はい、学長。私たちも巡回中に不審な気配を察知しました」

 私が答えると、学長は短く頷いた。


「報告を聞こう。すべて正直に」

 教官のひとりが補足する。

「訓練用人形や魔法演習装置に異常があったという件か?」


「その通りです。今までにたくさんの呪具を回収してきましたが……」

 レオンが小瓶と石片を机に置く。

「今もなお、呪具が仕掛けられ続けており、事故の原因となっています。これ以上放置すれば大規模な事故につながる恐れがあります」


 教官たちは互いに視線を交わす。ガルド教官の顔も引き締まった。

「……これは、ただ事ではないな」

 ガルドが低く呟く。


「学長、今も私たちは巡回しましたが、正体不明の黒衣の者と遭遇し、呪術で妨害されました」

 リディアが拳を握り、緊張感を露わにする。

「学舎内に潜む者が、さらに呪具を次々に仕掛けようとしている可能性があります」


「……ふむ」

 学長は机に手を置き、沈思黙考する。

「お前たち学生が危険に晒されるのは、看過できぬ。だが、教師だけで全てを防ぐことも難しい」


「俺たちも協力するぜ」

 オルフェが鋭く言った。

「情報収集や怪しい場所の発見には、俺たちが率先して動ける。教官の目だけじゃ届かないところも、俺達なら気付くかもしれねー」


「……そうか」

 学長はゆっくりと頷く。

「よろしい。君達に特別に捜査することを許そう。いや、お願いしたい。だが、危険な行為、特に単独行動は絶対にしないようにな。必ず二人以上で動くこと。そして、発見した呪具は直ちに私に届けよ」


「了解です」

 アランが力強く返す。

「それから、要望です。夜間の警戒体制も強化してください。学舎の外部、通路、演習場すべてを重点的に」


 学長は深く息を吐き、額の汗をぬぐう。

「わかった……。お前たちも無理はするな。敵は内部に潜むかもしれぬ。慎重に、だ」


 私たちは互いにうなずき合い、緊張感を胸に刻む。

 学舎全体を覆う闇の存在を知った今、私たち五人は、夜間巡回と秘密調査を続けながら、次の一手を考えなければならなかった。


***


 月明かりが差し込む学舎の廊下。私たち五人は慎重に足音を殺しながら進む。

 訓練場、人形置き場、魔力炉の間を順に巡回する。


「……異常はなし」

 オルフェが呟きながら周囲を見渡す。


「気を抜くな。奴は隠れてるかもしれない」

 リディアが警戒を緩めない。手には短槍を握っている。


「……あれ、影だ」

 オルフェが低い声で指を差す。廊下の先、薄暗い影が人影のように動いた。


「黒衣……間違いない」

 私が息を呑む。影は廊下の端にすっと消えたかと思うと、私たちの前に現れる。


「動くな!」

 アランが長剣を構え、リディアも警戒の構えを取る。


 影は低く呟き、手をかざすと、空気がうねるように揺れた。


「な、何だ……これは!」

 私の体が思うように動かない。背中に冷たい感覚が走る。


「呪術だ……打ち消す!」

 レオンが叫び、即座に唱えた光の魔法がぶつかり合い、かろうじて呪詛を跳ね返す。


 オルフェが突進し、大剣を振り下ろすが、黒衣の影はすっと消える。まるで幻のようだった。


「奴、消えたか……?」

 オルフェが息を荒げる。


「消えたと言えど、絶対にまだ学舎のどこかにいる」

 アランが周囲を見回し、冷静に指示を出す。

「分散せずに、互いに連絡を取り合いながら捜索を続けよう。危険だから単独行動だけはさけるぞ」


 私は深く息を吐き、皆の顔を見渡す。

「……分かった。確かに夜間の学舎は油断はできない。奴は学舎内部のどこかに潜んでいるはずなんだからね」


 影の存在が、私たちの胸に重くのしかかる。

 夜の学舎に漂う冷気が、さらに危険な空気を濃くしていた。


 そして、五人は互いに距離を取りながらも、互いを確認し合い、夜間巡回を続けるのだった。


「静かに! あそこで影がなにかしている」

 アランが声を潜めながら指さす。


 影は壁際に身を沈め、懐から黒い石片を取り出した。

 それを柱の継ぎ目へ押し込むと、符のような薄紙がぱっと浮かび、淡い紅色の光を帯びる。


「……今の、見たか!?」

 オルフェが思わず声をあげる。


「静かに!」

 リディアが制止するが、その眉間には緊張の皺が寄っていた。


 黒衣は呪を結び終えると、振り返りもせず走り去る。まるで廊下の構造を熟知しているかのように、迷いなく非常口の扉を選んで。


「……今の動き。学舎の内部構造を知りつくしてなきゃ無理です」

 レオンが低く呟く。


「つまり、ただの外部の刺客じゃない……?」

 セリウスが喉を鳴らす。


 すぐさま五人で柱へ駆け寄る。そこには、黒い石片とともに焼けた灰がわずかに残されていた。


「これは……」

 レオンが鑑定の術を施すと、符の灰がかすかに紫の光を放つ。

「間違いありません。帝国式の呪術です。魔力の残滓がそう示しています」


「帝国……? でも、どうやってこんなところに……」

 リディアが目を細める。


「しかも仕掛けた場所は訓練場の要となる柱だぞ。柱が壊れれば、天井が崩れて大惨事になる」

 オルフェの声が硬くなる。


 セリウスは灰を見下ろし、唇を噛んだ。

「帝国からの侵入者か、内部の裏切り者か……どちらにせよ、これはもう国家レベルの事件だよ」


「決まりだな。ここで影を逃がすわけにはいかない」

 アランが長剣に手をかける。

「俺たちで追うしかないぞ!」


 私たちは柱に残された灰を確かめると、すぐに駆け出した。

 黒衣の影は非常口の扉を選び、迷いなく奥へと消えた。


「急げ! まだ遠くへは行ってない!」

 アランが先頭を走り、長剣を抜き放つ。


 廊下の奥、窓から差し込む月明かりに、黒衣の端が翻るのが見えた。


「いたぞ!」

 オルフェが大剣を担ぎ上げ、勢いよく飛び込む。

 だが影は壁を蹴り、信じられない身軽さで廊下の梁へと飛び乗った。


「高い! 逃がすか!」

 リディアが短槍を投げるように突き出す。だが、黒衣は符を一枚投げ捨てると、赤い火花のような幻影が立ち上り、槍の刃先を逸らした。


「また呪術か……!」

 私は思わず息を呑む。


 その隙に、影は梁を伝って裏階段へと姿を消す。


「痕跡を見ろ!」

 アランが鋭く指差す。灰の小さな粒が、影の通った跡をまるで道標のように残している。


「この呪符は燃え尽きても魔力を帯びる。追えるはずです!」

 レオンの指摘に、アランが頷き、私たちは灰の痕跡を追って階段を駆け降りる。


 石造りの踊り場を抜けた瞬間、影が立ち止まって振り返った。

 その手には、黒光りする刃の短剣。


「……来るぞ!」

 オルフェが叫ぶと同時に、影が呪文を吐き、廊下一帯に黒い靄が広がった。


 まるで視界そのものを奪うような闇の中で――追跡戦は本格的に幕を開けた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ