第54話 《呪具の持ち込み事件》 2
翌日の放課後。人気の少なくなった学舎の裏手。私たちは顔を突き合わせ、小声で打ち合わせをした。
「じゃあ、手分けして怪しい場所を探ろうぜ。器具庫だけじゃねえ……演習場や人形置き場も怪しい」
オルフェが低い声で言うと、リディアが腕を組んで頷く。
「了解。俺は人形の方を見てくる。あれは、中が空洞だから仕込みやすいんじゃねーかと思うぞ」
「私とセリウスは魔力炉を確認する。レオンは鑑定があるから、一緒に回ろう」
アランが素早く分担を決め、私たちは散開した。
――訓練用人形置き場。
リディアとオルフェが、人形の腹部をナイフで割った瞬間、黒い破片がカランと転がり出た。
「……出やがったな」
リディアが顔をしかめる。
「ほら見ろ! やっぱり中に仕込まれてたんだ!」
「くそっ、これで二つ目か……。完全に意図的だな」
オルフェが石片を睨みつける。
そのころ、私とアラン、レオンは魔法演習場の炉心室を調べていた。
鉄の扉を開け、魔力炉の制御盤の裏を覗いた瞬間――。
「……あった!」
私が声を潜めて指差すと、小瓶のような容器が出てきた。中には黒い粉が渦を巻いている。
「ただの粉じゃありません。……これは、魔力を乱す呪具です」
レオンが素早く鑑定し、鋭く告げる。
「こんなもんが炉に仕掛けられてたら……」
アランが顔をしかめる。
「魔力炉が暴走して、演習中の学生が吹き飛ぶところだったな」
背筋が冷たくなった。
「まさか……まだ他にもあるんじゃないか?」
「可能性は高いな」
アランがきっぱりと言う。
「探れば探るほど出てくるかもしれない。つまり、相手は本気でこの学舎を壊すつもりだ」
そこへリディアとオルフェが駆け込んできた。
「おい! 人形の腹から呪具が出てきたぞ!」
「こっちもだ……炉の裏から仕掛けが見つかった」
私が答えると、リディアが口を歪める。
「これでもまだ偶然だって言うつもりかよ、教官連中は……!」
レオンが硬い声で告げた。
「……これで三つ目。間違いありません。呪具は学舎全体にばらまかれています」
「となると……仕掛けた奴はまだ中にいるかもしれない」
アランの言葉に、全員が一瞬息を呑んだ。
「ふざけんなよ……!」
オルフェが拳を握りしめる。
「学生を狙うなんて! これだけ大々的にやってるってことは、個人じゃねーな。犯人は、帝国の連中か、それとも裏切り者か……どっちにしても許せねえ!」
私は全員を見回した。
「分かった。見つけたものは私たちだけの記録に残そう。証拠を積み重ねれば、もう偶然なんて言わせない」
「秘密調査、続行だな」
リディアが不敵に笑う。
こうして私たちは、学舎に潜む影を暴くための証拠集めを本格的に続けることになった。
数日後。
調査を進めるにつれ、呪具は次々に見つかった。
「こっちの棚の裏にもあったぞ!」
オルフェが工具棚をひっくり返すと、板の隙間から黒い針のようなものが出てきた。
「こんなのが手に刺さったら……ただじゃすまないな」
リディアが顔をしかめ、封印袋に収める。
魔導演習場だけではない。図書館の古い書架の裏、寮の水路、さらには馬小屋の藁の中にまで――。
黒い石片や粉末、針、刻印の彫られた木札。形は様々だが、共通して「呪詛の残滓」が漂っていた。
「こんなに広範囲に……。まるで、学舎そのものを腐らせるつもりみたいだ」
私がつぶやくと、レオンが真剣な表情で頷く。
「そうです。時間をかけてじわじわ効くように設計されています。事故を装いながら、確実に人を削っていく……卑劣です」
「卑劣だが、賢い手でもある」
アランの声が低く響いた。
胸の奥が冷たくなる。
生徒たちの間では、すでに「学舎は呪われている」という噂が駆け巡っていた。
「また機材が壊れたらしいぞ」
「昨日も剣が折れて、怪我人が出たんだろ?」
「俺、正直訓練場に行きたくねえよ……」
廊下を歩くだけで、そんな囁きが耳に入ってくる。
「……まずいな」
リディアがぼそりと呟く。
「敵はただの破壊じゃなく、不安を狙ってる。学生全員が疑心暗鬼になれば、それだけで学舎は機能しなくなる」
「こうなったら、俺たちが止めるしかねえんだろ」
オルフェが拳を握りしめた。
「仕掛けは全部見つけて、証拠を固めて、絶対に白日の下にさらしてやる」
夜。学舎の廊下は静まり返り、月光だけが石床を淡く照らしていた。
五人は懐中灯を灯し、互いの距離を詰めながら歩く。
「……この辺、怪しい場所は全部確認したはずだが」
オルフェが壁沿いを歩きながら呟く。
「いや、まだ裏口の倉庫通路や、屋上回廊も残っている」
私が応える。
「敵は人目につかない場所を好むはずだ」
静寂を破るのは、自分たちの足音と、時折聞こえる風のざわめきだけ。
だが、角を曲がった瞬間――黒衣の影が廊下の奥に立っているのを見つけた。
「……誰だ!」
リディアが短槍を構えるが、影は動かず、ただ不気味に揺れるように見える。
「……逃げるな!」
アランが叫ぶと、影が一瞬にして廊下全体を覆うように黒い霧を放った。
「くっ……!」
私は霧を押しのけようとするが、手がかじかむように動かない。
レオンも呪術の影響で魔力が不安定になり、魔法はまともに発動できない。
「これ、呪術だ!」
オルフェが叫ぶ。
「通路を塞がれてる。迂回するしかねえ!」
しかし、黒衣の影は音もなく追いかけ、仕掛けの一部を発動させた。壁に仕込まれた呪具が微かに振動し、火花が散る。
「危ない、下がれ!」
アランが全員に合図し、何とか退避する。
影は一瞬で姿を消した。廊下には黒い霧だけが残り、冷気と嫌な気配が漂っていた。
「……逃げたか?」
私が周囲を見渡す。
「少なくとも、奴はまだ学舎内にいる」
レオンが顔をしかめる。
「これ以上放置すれば、大事故に発展するかもしれません」
その時、学舎の鐘が深夜にもかかわらず鳴り響いた。
三度、低く重い音が石床に反響する。
「……緊急招集だ」
リディアが眉をひそめる。
「誰が、こんな時間に?」
「学長か……それとも教官連中か?」
オルフェが肩をすくめる。
「間違いなく、呪具騒動に関係してるな」
私たちは互いに視線を交わし、無言で走り出す。
学舎全体を覆う不安と恐怖の影――敵の手の存在を、鐘が知らせていた。




