第53話 《呪具の持ち込み事件》 1
その日の訓練後。
器具の片付けを手伝うために倉庫へ入った私たちは、そこで妙なものを目にした。
「……ん? おい、これ見ろよ。なんだか変な欠片が落ちてるぞ」
オルフェが棚の下から引っ張り出したのは、黒く煤けた石片のようなものだった。小指の先ほどの大きさだが、表面には蜘蛛の巣のような線が刻まれていて、まるで意図的に描かれた呪紋のようだった。
「ただの破片じゃねーのかよ?」
リディアが眉をひそめるが、すぐに首をかしげる。
「うーん、見たことのない模様だなあ……気味が悪いぜ!」
私は胸の奥に氷の塊を落とされたようなざわつきを覚えた。どこか、冷気のような気配が漂っている。
「レオン、ちょっと鑑定してみてくれないか?」
「はい、分かりました」
レオンが片膝をつき、掌に石片を載せて目を閉じる。淡い蒼光がレオンの瞳に宿り、低く張り詰めた声が静まり返った倉庫に響いた。
「……はっきり分かります。微弱ですが、確かに呪詛の残滓が残っています。これは……自然にできたものじゃありませんね。意図的に、人工的に仕掛けられたものです」
「なっ……呪詛!」
リディアが声を上げる。
「もしかして、この前の剣の破損や魔導装置の暴走と関係あるのか?」
「やはりな……これで、あの一連の事故が偶然じゃなかったと裏付けられた。ちょっとおかしなことが、続きすぎると思ってたよ」
アランが険しい顔で頷く。
オルフェは黒い石片を睨みつけ、吐き捨てた。
「ちくしょう……誰かが学舎の中で暗躍してやがるってわけか。学生を狙っているのか……それとも学舎そのものを混乱させるつもりなのか……」
「にしても……こんな小さな欠片一つで、これほどの影響を与えられるなんて……」
私は石片を覗き込み、指先でそっと触れる。冷たい。触れた瞬間に、背筋を這い上がるような嫌な感覚が走った。
「うっ……! 触れた瞬間に、背骨を氷の刃で撫でられたような悪寒が走った……! ……間違いない。これが原因のひとつだよ」
レオンは真剣な眼差しで私を見やる。
「セリウス。これは、放っておけません。見つけた以上、正式に報告をすべきです」
けれど、リディアは眉をひそめ、周囲を気にしながら小声で言った。
「でも、もし……これを仕掛けたのが学舎の中の人間だとしたら? 報告した途端、俺たちが狙われることにならねーか? 報告はしなくちゃならねーが、不意の攻撃にも、備えなきゃなんねーぜ」
倉庫の空気が一瞬で凍りつき、誰も次の言葉を出せなくなった。
小さな石片ひとつ。けれどそれは、学舎を覆う影の入り口にすぎないと直感していた。
「報告をした後は、決して一人で行動するな。常に誰かと一緒にいれば、不意打ちにも対応できる」
アランの言葉に全員が頷く。
「教官室へ報告に行くぞ」
私たちは発見した黒い石片を小袋に入れ、訓練前に教官室へと向かった。
「ふむ……これは……?」
白髪交じりの教官・ガルドが石片を摘まみ、しばらく目を凝らしていたが、やがて鼻を鳴らした。
「ただの石の欠片にしか見えんがな。呪詛だと? ふん、怖がって言っているだけだろう」
「いえ、確かに呪詛の残滓がありました!」
レオンが身を乗り出す。
「鑑定で確認しました。訓練場での事故と無関係とは思えません!」
だが、ガルドは苦笑するだけだった。
「レオン。お前の鑑定眼は確かだと認めておるがな……それでも、“感知した”だけでは証拠にならん。呪詛というのは気配を勘違いしやすい。だいたい、こんな小さな石片一つで大騒ぎするとは」
「でも!」
リディアが声を荒げる。
「ここ最近の事故の多さを見りゃ、ただの偶然なんて思えねーだろ!」
「偶然というものは重なるものだ」
ガルドはきっぱりと告げ、机に石片を置いた。
「それに、もし本当に呪具だったとしても、誰が、何のためにそんなものを仕込む? 学舎の中に敵が紛れているとでも言うのか?」
オルフェが机を叩きそうな勢いで噛みついた。
「だったらなんだってんだ! 俺たちが見つけちまったんだぞ! 放っといたら、次に怪我するのは誰か分かんねーんだ!」
だがガルドは首を振るばかり。
「……いいか。お前たちは所詮、まだ学生だ。大人の領分に首を突っ込むな。これは没収しておく。お前たちは気にせず訓練に励め」
私たちは顔を見合わせた。納得できるはずがない。
廊下に出た瞬間、オルフェが小声で吐き捨てる。
「……クソッ。まるで子ども扱いじゃねえか」
「でも、仕方ないさ」
アランが冷静に言う。
「証拠が足りない。あの石片ひとつじゃただの破片って片付けられる」
「だとしても、やられっぱなしは御免だ」
リディアが腕を組む。
「どうせ教官たちが本気で調べちゃくれねーなら、俺たちで探るしかねーだろ」
「危険ですが……僕も賛成です」
レオンが頷く。
「呪具が仕掛けられていた以上、必ず持ち込んだ者がいるはずです。それを突き止めないと」
私は深く息を吐き、皆の視線を受け止めた。
「分かった。じゃあ……私たちでやろう。秘密裏に調べて、黒幕を突き止めるんだ」
沈黙の後、皆がうなずいた。




